「…起きろ。」

「………え。え?……ザンザスさん…?」

「……俺以外を部屋に入れてんのかテメェは。」

「あ、いえ、すみません寝ぼけてただけです。えーと、あっ!ご飯ですよねご飯ご飯。今日は何食べたいですか。」



と、慌ててベッドから跳ね起きると、いつものようにいつの間にか現れたザンザスさんは、いつものようにぶっきらぼうに、しかしやっぱりいつものように、「カルボナーラ」と具体的にリクエストしてくれた。

時計を見れば、これもいつものように深夜と括られる時間帯を指している。そして当然いつものように寝ていたあたしは睡魔を何とか追い払って、いつものようにザンザスさんの夕飯を作るわけだ。

ちなみにここはあたしの部屋で、ザンザスさんには自分の部屋がきちんとあって、ワンコール24時間体制で一流のお食事ができるというのは言わずもがなの大前提なんだけれど、もうそんなことをいちいちつっこむ程この習慣は浅いものじゃなくなっていた。ていうかほぼ毎日です、はい。お陰様であたしは昼寝が必須になりました。いや、ほぼ毎日のように会えるのは大変嬉しいことなんですが。


が、連呼しているようにそれが毎日続いているのにも関わらず、冒頭のあたしの疑問っぷり具合。これは確かにザンザスさんからしたら不思議に思うかもしれませんが、正直不思議に思いたいのはあたしの方なんですよ。不思議を超えて摩訶不思議なんですが。



「……あの起こし方は一体…。」

「何か言ったか。」

「あ、すみません独り言です。ザンザスさん先にシャワーでもどうぞ。」



と、またまたいつものように促せば、極自然に勝手知ったるあたしの部屋のお風呂場に向かうザンザスさん。

ここまでの反応はいつも通りなんだけどな…何で起こし方だけ…。

ブツブツいいながらも手は進めて、烏の行水のザンザスさんが上がってくるタイミングを見計らって下拵え終了。落ち着いたところで改めて、さっきのザンザスさんの意外な行動の理由を考えてみる。

意外な行動、それは、とんでもなく不自然なさっきのあの起こし方。

あたしの痛覚が麻痺していないというのならば、ザンザスさんはさっき、あたしの頬と首の間辺りに手を添えて、不快じゃない程度にゆるゆる揺する、という何とも優しい起こし方をしてくれたのだ。

それは非常に気持ちよかったのだけれど、同時にこの人はザンザスさんなのかと一瞬本気で疑ってしまいましたよ。だってザンザスさん、いつもなら叩き起こすか蹴り起こすか引きずり起こすか、兎に角痛いんですよ起こし方が!お仕事で疲れてるのは解りますけどね!完全に八つ当たりされてますね!

それを毎回当然のようにされて、夕食を作り、ほぼ無言の食事に付き合って、ほぼ無言で立ち去った後片付けして眠るという毎日を繰り返していれば、まあいくら好きな人に毎日会えると言えど、微妙な気分になっても仕方がないと思う。いや、別に嫌なわけじゃないんだけれども。わざわざあたし何かの料理食べてくれるわけだし。


まあ兎に角、そのパターンが今日は出鼻から違ったから何だか変な感じがするのです。今のとこ変わりはないから気にすることでもないかもしれないんだけど…妙に引っかかるんだよなあ…もしかして具合悪いとかじゃないだろうか。



「……何だ。」

「いえ、ちょっとまだ頭が動いてなくて。」



と、誤魔化しながら、お風呂から上がってそのまま流れるようパスタを食べるザンザスさんを観察してみたけれど、どうやら具合が悪いわけではないらしい…。これもいつも通り、夜中にも関わらずいい食べっぷり且つ綺麗に平らげて下さった。

まあ具合悪いんじゃないならいいか。気にしすぎだなあたし。



「巴。」

「………は、い?」

「昼間は何をしてた。」

「ひ、昼間、ですか?」



ていうかあれ?え?ザンザスさんまだ食べ終わってませんよね?…ん?何、今話題を振られたのは幻、聴…いやいや違う凄い目で話を促されてる!え!?何で!?いつも食べてる時は勿論、食べた後もほぼ無言のザンザスさんが話を!?しかも話題を振ってきた!!?しかも普通に名前を呼ばれた!!

たった今、冒頭のザンザスさんの行動は気にしないことにしようと決めたばかりなのに、また何かパターン違いが出てきて益々混乱するのは要領の悪いあたしの頭。

やっぱりザンザスさん具合悪いんじゃ……いや…これはもしかして、あたし昼間にザンザスさんを怒らせるようなことをしたってことですか!?とりあえず黙っていれば黙っているほどザンザスさんの憤怒ゲージが溜まりそうなので、早々に口を開くに限る!



「ええと…ひ、昼間はお菓子を作ってました、よ。あ、今出したデザートがそれです。」

「そうか。」

「あ、後は〜…掃除したり昼寝したりえっと、はい、いつも通りに…すみません…。」

「…何で謝る。」

「いや、ザンザスさんが働いてる時に呑気に過ごしてたなあ〜…と…。」

「……美味かった。」

「、」



どうぞ怒られませんようにと、迂闊に他の人の名前を出さないように今日の一日を端的に説明すると、あろうことかザンザスさんは相槌を打って下さって(普段スルー多々)、しかもデザートまでペロリと食べ終わった後に、感想、を…!!普段ごちそうさますら言わないザンザスさんが…!!



「あ、ありがとうございます。じゃっ、じゃあ片付けますね!」

「……。」



あまりの展開に慌てて流れをいつもの軌道に戻そうとしたら、あ、あれー!?今度はザンザスさんが食べ終わったお皿を流しまで運ぶという有り得ないことがー!!!



「………。」

「………。」



とんでもなく非日常的なことが続き過ぎて、遂に頭の中でのツッコミに集中するというパニックに陥りつつも、外面では黙々とお皿を運ぶという我ながら器用なことをしていると、蛇口に手を伸ばしかけた瞬間、体の重心が変わる。

…何故だろう、足の裏に感覚が、ない。あれ?これって…。



「ざっ…ザンザスさん!!?」

「何だ。」

「いやっ、お皿洗わせてもらいたいんですけど!何で抱っこされてるんですかね!?」



そう、体の重心が変わった感覚、これは後ろから腰に片腕を回されて、そのままヒョイと抱えられているんですよ!!ていうか!なんで!抱える!!

と自覚した途端、完全にあたしの混乱した頭の中が外に出た。つまり顔が赤い。今までの混乱と焦りと羞恥が一気に大爆発した今の顔は、さぞ凄いことになってるに違いない。



「朝にやれ。」

「ど、え、な、何で、あの、今日に、限って。」

「…気が向いた。」

「は、」




き、気が向いたってな、何に…あ、もしかしてお皿運んだことですか?いやしかし今あたしが聞いているのは何故こうやって皿洗いを後に回してまで運ばれているのかということでありまして…



「……。」

「……。」




しかも、ベッドに座ったザンザスさんの膝の上で横抱きされているのかということでありまして。





「……すみませんザンザスさん。気に障るかもしれませんがもう限界なので言わせて下さい。何で今日はこんなに出血大サービスなんですかね…!!」

「…気が向いたっつったろうが。」

「だから何にですか…!正直に言いますと起こされた時点でかなり動揺してました!」

「………。」



あ、ここでようやくスルーというかだんまりが。人の話を無視するのは感心できないけど、これぞ通常のザンザスさんでちょっと安心…じゃなくて。ここで黙られると解決しないんですよ!説明する気がないならせめて放して欲、し…




「…ザン、ザス、さん。」

「………。」

「誤魔化されませんからね…!」




いくら思考がぶっ飛ぶくらいに優しい手つきで頬やら額やら瞼やらを撫でられたりしたって絶対に説明はしてもらいますから…っ!!!頑張れあたしの理性!平常心!無の心!現実逃避に気絶しちゃ駄目だ!

と、精一杯去勢を張って、ぐ、とザンザスさんを下から見据えるも、ザンザスさんに観念するような雰囲気は見当たらない。それどころかサイドテーブルのお酒に手を伸ばす始末です。はあ…もう…この人はマイペースでほんと…。



「…って!注ぎすぎ!ザンザスさん注ぎ過ぎです!溢れてますって!」

「……。」



つ、つくづく今日のザンザスさんの行動が分からない…!サイドテーブルにグラスを置いたまま、ボトルからお酒を注ぎ始めたと思えば、並々一杯どころか溢れ出しても止めようとしない。

その腕を掴んでようやく止めさせると、ザンザスさんはまたあたしを見た。いや…あたしは零れたお酒を拭きたいんですが…。



「溢れた。」

「溢れましたね拭かせて下さい。このままじゃカーペットまで行き渡りそ…」

「だからお前に注ぎ返す。」

「…………あ、の、」



話が繋がってないんですけど。何でそこで私が?

と、ツッコミ属性のあたしならばそう言うのが当然なのに、何故だろう。言葉が出ない。

ザンザスさんは相変わらずあたしを横抱きにしたままこちらを見てるだけだ。それ以外に何もされてるわけでもないし、何も説明しないし、でも、無言を強要されたわけでもない。

なのにつっこめないのは、あたしまでいつも通りじゃなくなってしまうのは、




恐らくあたしの血にも流れる、都合のいいようで悪いような、この、力が。







「あた、しは、」

「……。」

「…そんなに注いだ覚え、ないんです、けど。」

「無遠慮に注ぐ奴が何言いやがる。」

「いえほんとに。大体、ザンザスさんなんて、底無しな感じ、が。」

「もう認めろ。」








気付いてしまった。
解ってしまった。

囁かれて確信してしまった。ザンザスさんの行動の原因。


自惚れかもしれないけど、もしかしたら本当にザンザスさんの具合が悪いのかもしれないけど、まさかまさかで寝ぼけてるかもしれないけど、



ザンザスさんというグラスから溢れたお酒は、どんなに理不尽な仕打ちをされても、不思議となくなってくれないあたしのこの、気持ち、ですか。










「同じだけ、愛してやる。」









いつもの高圧的な笑みとはまた明らかに違う笑顔に、もう既にあたしのお猪口サイズの胸は一杯だ。

どこを触れるにしろ何を囁くにしろ、何もかもが優しくて、有り得なくて、でも彼は間違いなくザンザスさんで、ああ、もう何だか泣きたくなるのは、やっぱり溢れている、から、









「巴。」











明らかに返されている量が多いのは、ザンザスさんからの+αだと、馬鹿なあたしは目一杯自惚れますよ。







【偶に食べるくらいでいいじゃないか】

(………。)
(…お、おはようございます…。)
(…………。)
((よかったいつものザンザスさんだ…!))





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