「見て見て山本君。じゃん。」

「おお、自転車新しくしたのか?荷台がついてる。」

「うん、この間転んで大破しちゃったからね。買い換えたんだ。」

「大破って…それ大事じゃねーか?いつの話だよ?怪我とかしたのか?俺何も聞いてねえんだけど。」

「先週の日曜日に調子扱いて遠出したらうっかりうっかり。…いやいやほんの掠り傷だけだったんだよほんと隠してたとかじゃないからホラこの肘の小さい絆創膏これだけだから受け身得意だからねだからあの睨むの止めてもらえませんかすごく怖いです!」

「ははは、自業自得だよな。」

「こんなに爽やかさのないはははを聞いたのは初めてだよ。今後気をつけますので許して下さいませんかね。」

「んーどうすっかなー。」

「…機嫌直してくれないようならあたしは山本君を置き去りにして一人で優雅に自転車で帰ります。」

「ごめん調子乗りすぎました。」





と、結局勝てないやり取りに、いつものパターンだなあと苦笑いして荷台に跨る。

朝に引き続き、最近は部活帰り…巴は少林寺の帰りに、ほんの数分一緒に帰るのが日課になっていたのだけれど、荷台付きの自転車で二人乗りっていうのは初めてだ。低い荷台にケツを下ろすと、巴はいつものように行くよーと声をかけて危なげなく走り出す。

そういや今までの巴のチャリは荷台なかったから、ずっと立ち乗りだったんだよなー。こういう二ケツは久し振りだ。

ていうか、な。うん、すっげえ近いのな。あー…これはあれか。お決まりっちゃお決まりのアレをやってもいいってことだろうか。いいってことだよな、うん。暗いしな。朝やるよりは全然いいよな。ていうか折角のチャンスなので是非。つーわけで。



「う、わあ゛っ!!?ちょっ、や、山本君何してるの危ない!!ていうかセクハラ!セクハラです!!」

「ははは、いやこれ学生カップルの特権だなーと。」

「いや!確かに見てるのは微笑ましい!微笑ましいけど実際自分がやるとなると死にそうだってことが今分かりました!!そして危ないから離れて!!」

「何だよ、そんなに嫌か?」

「嫌っていうか…色々危険っていうか…!!」



と、巴がまくし立てて自転車を揺らす事態を起こした『これ』っつーのは、まあ二人乗りで後ろから腰に抱きついてることで。

一度やってみたかったんだよなーや、いつもの立ち乗りの肩掴むのも(掴まれるのも)好きなんだけどさ。これは彼氏彼女っぽい。つきあってるっぽい。

まあ朝登校中とかにやったら振り落とされること必至だけどな。未だに周りの女子の目を気にする巴はそこんとこ変わらず厳しい。曰わく楽しく、周りにも自分達にも迷惑にならないように付き合う為の処置だと言うけど、真面目というか何というか。それで時々俺がイライラすることもあったり。まあ、情けないことに。

…でも何だかんだで今、この体勢をはっきり嫌だと言わなかった巴ににやりとする。あれだ、恥ずかしいだけで、嫌ではないんだよな。あー駄目だ巴のこういうとこ見ると普段のドライさからかけ離れててほんとハマる。無意識の飴と鞭だな。



「…山本君、だめだ叫んだら疲れた。運転代わって…。」

「ん?ああ、悪い悪い。」



暫くそのままの体勢でふらりよろりといつもより大分頼りなく進んでいたチャリが止まって、ぐったりとした巴がサドルから降りる。

あーしまったはしゃぎ過ぎた。元々巴、少林寺の練習で体力ギリギリまで使い果たしてんだもんな。下手な刺激で限界まできちまったか。

あの柔らかさと密着度は名残惜しいけど、潔くポジションを変えて、新しくて慣れないチャリを漕ぎ出す。おお、ブレーキが軋まない。



「思えば前のチャリも潮時だったのかもなー。あれ何回ブレーキに油さしてもき、し…」



よろける車体が軌道に乗って、話す余裕が出てきた口は、一言全部を話しきる前に勝手に閉じた。

ん、いや、おい、あれ?何か、腹が、温かいん、だけど、も。…え?いや、まさかだろ?



「どうですか山本君、慣れない自転車の運転中にセクハラをされる気分は。」

「いや、あー、その、なー。………すみませんでした…。」



背中に直接響く声に、腹にしがみつく二つの腕。風は後ろに流れる筈なのに、妙に香る巴のいつものシャンプー(トリートメントだっけか)の香りが、馬鹿みたいに動悸を上げる。

………自分からやっといて、まさかやられる方がこんなにも緊張するとは、思いもよらず。



「…確かにこれは危ないな。」

「でしょう。そうでしょう。」

「…色々危ないな。」

「…その色々があたしと同じことを指してることを願います。」

「いや、どうだろうなー…。」

「………。」

「………(ヤベ、ひかれた?)。」

「山本君。」

「ん、ん?」

「こういうの、嫌ですか。」







ああ、今思いっきり心臓が跳ねたの、この密着度じゃあバレバレだよなあ。

ていうか本当に巴に勝てた試しがない。付き合う前も今も。勝てたと思ったら大敗だもんな。しかも負けたっつーのに、それでも嬉しいんだから、多分根本的なところで、俺は一生こいつに勝てない。


勝てなくてもいいから、ずっと此処にいてくれよな。








「すんげー嬉しい。」







俺の熱が巴を溶かすのが先か、巴の熱に俺が溶かされるのが先か。

そんなバカップルみたいなことを考えるのも、偶にはいいと思うんだよなあ。







【滑らかに溶ける】




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -