思えば、エースさんとこんなに長く話したのは初めてかもしれない。あんなにあたしを嫌っていたのにどういう心境の変化だろうと疑問に思うより先に、兎に角嬉しくなってしまう。さっきまであれだけ肌寒かったのに、テンションが上がったせいか体までポカポカ温かくなってきた。いや、これはポカポカ以上だな。何というか、石油ストーブの前に座っている時のあれ。そう、じりじりって感じだ。じりじり、じりじり…



「って、熱っ!!?え!?火事!?」



思わず叫んで隣を見ると、ランプも何もなかった筈なのに、エースさんの向こう側で何かが燃えている。彼の真横でメラメラと燃える火が見えるのだ。ちょ!!エースさん危ない!なんでそんな怪訝そうな顔でどっかり腰据えてるんですか!!



「エースさん!後ろで火が!」

「…後ろじゃねェよ。」

「え、」

「燃えてんのは俺の腕だ。」

「え。」



事も無げに差し出された─今まであたしの死角になっていた方の右腕に目をやれば、彼の言葉の通りだった。腕が、燃えている。

それを確認した次の瞬間、あたしの両手はその腕を握っていた。多分、火を消そうとしたんだろうなあと、他人ごとのように自分の無意識行動を解析していると、その手を力一杯振り払われた。それができるのは勿論、エースさんしかいない。



「、っ…何してんだ!!火傷すんだろ!!!」

「あ…すみません…じゃなくて!!エースさんの方が火傷しますよ!ていうかもう火傷じゃ済まない勢いじゃ…!み、水!!」

「違ェ!!これは俺の能力だ!!イゾウ達から聞いてねェのかよ!!!」

「えっ…あ…!」



パニックになりかけて、兎に角水をと立ち上がりかけたあたしの肩を、エースさんの両手が掴んで床に押し戻した。両手、で。



「火が、消えてる…。」



肩を掴んだままのその右腕を、まじまじと見てそっと触れた。ピクリと一瞬反応した腕は、筋肉質で、少し高めだけど人の体温で、張りのある人肌。炎に包まれてもなく、熱くもなく、火傷もない。ただの逞しい男の人の腕。



「何でそんなにビビるんだよ…ジョズの時は大して驚かなかったって聞いてたのに…」



と、決まり悪そうな声色で呟いたエースさんの言葉にようやく合点がいった。そうだ、この間、ダイヤモンド化したジョズさんの横で、マルコさんが言っていたあの言葉。



『悪魔の実の能力者は他にもいるよい。エースとかな。』



「エースさん、悪魔の実の能力者なんですか?」

「…マルコから聞いてんだろ。」

「聞いてましたけど、エースさん本人から聞いてなかったですし…。」



それに、どんな能力かも知らなかった。あの時はエースさんに嫌われているのを自覚し始めた頃で、エースという名前を聞くだけで気まずい気持ちになってそれどころじゃなかったのだ。けど、今のがエースさんの能力ってことは。



「エースさんは火の人なんですね。」



やっと落ち着いてその結論に至れば、エースさんは目の前に差し出した人差し指の先に、ポッと小さな火を灯した。おぉ…!



「メラメラの実の能力だ。」

「うわあ…すごい…。念の為聞きますけど、これエースさん自身は熱くないんですか?」

「熱いわけねェだろ。俺の体自体が火なんだから。」

「そうですよね。」



確かによくよくそれを観察すれば、指先に火が点いてると言うよりは、指先が火になっている感じだ。体が変化するのはマルコさんやジョズさんで見慣れたとは言え、やっぱり不思議な光景すぎる。

…あれ?でも…。



「エースさん、普段は普通の体ですよね?」

「当たり前だろ。」

「じゃあ今、何で急に燃えてたんですか?」



今までエースさんが能力を使ってたのは見たことないし、操れないなんてことはない筈。別に暗くたって話はできるし、明かりとして点ける必要もなかった。

じゃあなんでかな〜とチラッと思っただけだったんですが、



「っ…そんなの俺の勝手だろ!!!」

「すみません!」



どうやら触れてはいけないところに触れてしまっていたようです。やってしまった…折角結構まともに会話が続いていたのに…!エースさんの逆鱗ポイントが相変わらず分からないよ!



「で、でも、びっくりしましたけどエースさんの能力見れてよかったですし、あたし今寒かったんですけど体温まったんで助かりましたよ!」



これを機に少しでも仲良くなれればと密かに企んでいたので、慌ててフォローを入れる。どうかこれ火に油になりませんように!

どきどきしながらエースさんの様子を窺えば、彼は突然回れ右の勢いで顔を背けた。え。…あれ?この反応は見覚えが…。



「……そうかよ。」

「…はい。」

「……。」

「……。」

「…エースさん。」
「…何だよ。」

「背中から火が漏れてます。」

「!」



あ、引っ込んだ。ていうか本当に体だったらどこからでも火が出るんだなあ。ああ、だからいつも半裸なのか……じゃなくて。

何だろう、この獄寺君を彷彿とさせるアクション。…まさか照れ…いや、ないな。照れる要素がないもの。ない…筈。

…でも、例えばエースさんが、あたしが寒いだなんだのを言っていたのを汲み取って、火を出してくれてた、とか、なら。



「エースさん。」

「……。」

「ありがとうございます。」



投げる声が聞こえない筈がないこの距離で、エースさんのくれた返事は沈黙。出会ってからもう何回無視されたか分からないけど、今のは一番優しい沈黙だった。

たまらず顔がニヤつく。まあ、どうせお互い顔見えないんだから、いいや。



「エースさん、優しいですね。」

「な、に言って…!!」

「あたしみたいな嫌いな奴にも優しくしてくれるんですから、優しいですよ。」



躊躇うように、ほんの少し肩越しに振り返ったエースさんと、殆ど横目で睨みつけられる形で目が合う。

あたしってやっぱりツナと双子だよなあ…呆れるくらい単純だ。気まぐれかもしれないたった一度の優しさだけで、今まで息苦しさがスルリとなくなってしまうんだから。



「…お前、馬鹿だろ。」

「それは否定しませんけど、誰が何と言おうとエースさんは優しいと思いますよ。」

「っ黙れ馬鹿!!!」

「それに、何か親近感湧きました。うちの兄も体から火出すんですけど、エースさんの火も、その色に似てます。」

「…何の実だ?」



怒鳴るけど掴みかかってはこないエースさんをいいことに、強引に話を進めれば意外と流されてくれた。もしかしたら、今までのあたしは顔色窺ってビクビクしてると思われてたのかもしれないなあ。

それはそうと、やっぱりここの人達は『不思議な能力=悪魔の実』としてしまうらしい。あたしもマルコさんの炎を死ぬ気の炎と間違えたから何も言えないけれど…とりあえず今は違いますと両手を軽く振って否定しておく。



「悪魔の実じゃないんですよね…何というか、そういう血筋?道具…?まあ兄はエースさんより断然貧弱です、がっ…!?」



言葉が終わるか否かのその時に、突然手のひらを襲った痛みに体が揺れた。いた、痛い。予測していなかった痛みに、一瞬何が起きたのか分からずに瞬きを繰り返せば、目の前には大きな男の人の手に掴まれたあたしの手が…



「って、痛い痛い痛い!!ちょっ…何ですか!?」

「お前が何だよ!!火傷してたんなら早く言え!!」

「えっ…あ。」



そ、そうか!手のひらを掴まれて痛いなんておかしいと思ったら、さっきエースさんの腕掴んだ時に火傷してたのか!確かに触った時熱かったけど、火傷って時間経ってからジワジワ痛くなるもんね!

ようやく気付けば痛みが増してきた。この火傷特有の痛みはどうにも慣れない。うう、と小さく唸るとエースさんはサッと手を離して、そのまま今度は腕を掴んで立ち上がった。



「来い!医務室行くぞ!」

「は、はい。あ、場所分かるんで一人で行けますよ。」

「火傷させたのは俺なのに放置していけるか!」

「でも触ったのはあたしですから自業自得なので、そんなに気にされなくても…!」

「っ…!お前は俺が嫌いなのか嫌いじゃねェのかはっきりしやがれ!!」

「え!?嫌いじゃないですよ!?嫌いって言ったのはエースさんじゃないですか!」

「避け始めたのはお前じゃねェか!!」

「避けてないです!ちょっと引きこもってただけで!」

「その引きこもった原因が俺なんだろうが!!!」




思わず立ち止まったのは、至近距離で怒鳴られてビックリしたからか、図星でビックリしたからか。

答えは前者だ。立ち止まってしまった足はそのままに、眉間に深い皺を寄せるエースさんを見つめる。

本当は、薄々気付いていたのだ。いつもどこかしらで遭遇してしまうのは別としても、わざわざエースさんが夜にこんな所に来る用事なんて無い。今までこの時間帯にここを通った船員さんはほんの二、三人だし、樽の影に座り込むあたしに気付いた人に限っては、たった一人だけ。


エースさんは意図してあたしに会いに来た。それは分かる。でも、その目的が、分からない。




「そう思って会いに来たのは、何でですか。」




こうなったら素直に聞いてしまった方が吉だろうと、開き直ってエースさんを正面から見つめる。と、初めてエースさんはたじろいだように目線を外した。

すぐ返らない返事に、自分なりに答えを考えていたらふと嫌な予想が頭をよぎる。あれ、いや……もしかして…。



「あの……イゾウさんに、何か言われましたか…。」

「…イゾウだけじゃねェ。」



…誤魔化せてなかったらしい。しかもイゾウさんだけじゃないって、まさかおおよその人にバレていたってこと…!?いや嘘なんてバレてると思って吐くものだけども!!

それは兎も角としても、何故エースさん本人にそれを話したんですかイゾウさん他の皆さん!!先日のエドワードさんの件で、それは逆効果だということは知っている筈でしょう!?



「……何か、すみません…。」

「すぐ謝るな!!そういう所が嫌いなんだよ!!」

「(イゾウさんにも同じこと言われたなあ…)でも、あたしはエースさん好きですよ。」

「、っ!?っさ、けてた癖に、何言ってんだ!!」

「いや…あたしはエースさんが好きですけど、エースさんはあたしを嫌いなので、これ以上会って苛々させると、益々エースさんに嫌われますし、あたしは勝手に傷つきますし…。と考えた末の行動なんですが。」

「……あんだけイゾウ達に過保護にされてんのに、俺が嫌えば引きこもるのか。」

「はあ…実際そうしましたね。」

「オヤジに好きにしろって言われてるのにか。」

「はい。だから好きにしてます。」

「………お前は、贅沢だ。」



何故だか、さっきまでの勢いを抑え込むようにして俯いたエースさんは、何で俺なんか、とぽつりと零した。

そこは謙遜されなくていいのに。エースさんが元気で面倒見が良くて優しいのは、端から見ていて充分分かってるんですから。そして、そんな人に嫌われてるあたしは相当不快な人間なんだろうと。

そう言おうとして口を開くより早く、エースさんがまた呟くように言葉を発する。あ、



「…俺は、そんな風には……生き」

「エースさん。」



思わず、掴まれたままの腕を振り払って、彼の口に手のひらを押し当てた。

今、何を言おうとしたかなんて分からない。でもきっとそれは、言わなくてもいい言葉だ。言わなくて、いいんです。







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