船の皆さんとは大分仲良くなった。相変わらずイゾウさんのお世話になりながら、彼やサッチさんを通して他の隊長さん達とも仲良くなり、時々やって来る同盟関係だという他の海賊の方ともお会いした。

しかし唯一人、どうにも一向に仲良くなれない方がいる。それがエースさんだ。







「寒い…。」



どうやらまた気候の違う海域に入ったようだ。今まで静かな夏の夜、という感じだった空気が、秋のような冷たい夜風に取って代わられて、暫く外で縮こまっていたあたしには少し辛い。上着羽織ってくればよかった。

見上げなくても目の前に夜空が開ける船の上は、天気さえ良ければプラネタリウムに勝る絶景だ。あたしはここ最近、毎晩こっそりとナースさん達の部屋から抜け出して、船の片隅に小さくなってこれを眺める。時々見知った星座を見つけられると、自分の元の日常との繋がりを感じられてちょっと嬉しかった。



「………はあ…。」



しかし、口から頻繁に出るのは絶賛溜め息オンリーです、はい。いや一人でぶつぶつ言ってても不気味だけどさあ…幸せが逃げていってしまう…。

いつでもどんな場所でも、人の悩みというのは似たり寄ったりだ。それが集団生活となれば尚更絞られる。つまり、人間関係の諸々。

正直、あたしの対人運はかなり良い。それはリボーンの関係者の皆々様を見れば一目瞭然で、今だって心の広いエドワードさんに拾われて、こんなに良くしてもらっているのが何より証拠。本当に、充分過ぎるほど充分だ。そんな環境の中であたしが悩んでいることは、非常にくだらないかもしれない。

まあ、その…エースさんと、どうしても仲良くなれないのだ。

エースさんというのは露出度の高いこの船の代表、大体常に鍛え抜かれた上半身が裸体の、柔らかい癖のある黒髪とそばかすが特徴的な船員さんだ。イゾウさん達と比べると若干お若そうで、多分歳は十代後半。サッチさんから聞いたところによると、元々は独立した海賊船の船長だったらしく、この船で一番の新参とのこと。まあうちの末っ子だ、と言っていた彼の後ろから、嫌そうにこちらを見ていたエースさんの姿は記憶に新しい。

相手のことを別の人に聞いたのが悪かったのか、それ以前の問題だったのか、エースさんはあからさまにあたしを嫌う。それを表情に露骨に出す上に、無視は当然、極稀に言葉を返されてもそれはそれは鋭い棘がある。流石にそこまでされると気にしないってわけにはいかないのだ。

人数が大勢居れば、性格の合わない人の一人や二人は当たり前だ。学校なんかに通っているんだから、それは嫌と言うほどよく分かってる。でも、ここは学校じゃない。あくまであたしがお世話になっている、あたしの存在がイレギュラーな場所なのだ。できれば船の皆さんには迷惑も不快な思いもさせたくないというのが本意なあたしとしては、エースさんの反応は非常に申し訳なくなってしまって、ヘコむ。

が、勝手にヘコむのもワガママだし、不快にさせるくらいなら会わないようにすればいいことだと最初は気を取り直せたのだけれど…何故かいやに遭遇するのだ。こんなにこの船広いのに…。どうやらあちらも避けようと場所を選んで、結果的に同じ場所やら道やらに来てしまっているらしい。

そして先日、エドワードさんとお話させて頂いていた時が極めつけだった。今日も今日とてまたエースさんとお会いし、こんにちはお疲れ様です、と挨拶すると、初めエドワードさんにしか見えてなかったらしい彼は無邪気な笑顔から一変、みるみる内に顔を歪めていった。ああ、今日もそんなに嫌なのか…そう思ってしまったのがエドワードさんに伝わってしまったようで、彼は一言、



『エース、女相手にそう敵意を飛ばすもんじゃねェ。』



と仰って下さったのでもう大変。見ている限り、エースさんは素直故に素直じゃないお人という感じだったので、尊敬する『オヤジ』に、嫌いな奴、イレギュラーな怪しい奴についてそんな風に注意を受けたらさぞ嫌がるに違いない、と一瞬でそこまで考えた通り、エースさんは、



『俺はそいつが嫌いだ!!』



と、はっきり宣言して去って行かれたというわけです。いやはや、もうかえって清々しい。

エドワードさんは可笑しそうに笑って気にするなと言って下さったが、気にしないわけにはいかない。流石に今まで挨拶くらいはめげずに頑張ってきたが、これは決定打だ。会って不快にするなら会わなければいい、会わないように気を付けても会ってしまうなら、絶対に会わない場所にいればいいのだ。つまり、ナースさん達の部屋に引きこもってしまえばいい。

そう考えたのが三日前。あたしは不自然にならない程度に船の中をうろつくのを止めた。出るのは食事の時と部屋の周辺だけにして、部屋でできる仕事をこなして過ごす。イゾウさん達にはどうした具合が悪いのかとつっこまれたが、女の子の事情ですと答えて誤魔化すことに成功。そうして人気の少ない夜に、今のようにこっそり外の空気に当たっている。美女の空気を纏って暮らすこれはこれで、大変心穏やかな日々だ。

…が、根本解決には至っていないので、腹の底から溜め息が出るわけですよ…。毎晩ここを通りかかる船員さんにも相談したのだけれど、『エースはこの船に馴染むのに時間がかかったから、柔軟に仲良くなれてしまう巴が羨ましくて、上手く接するけとができないんだよ。』と言っていて、それがエースさんにとって図星であったとしてもなかったとしても、あたしにはどうしようもできない原因だから困っているのだ。

うーん…こうなったら帰るまでこの生活でやり抜くか…。まあ、それも有りだよね。イゾウさんやジョズさんに手間をかけさせることも、サッチさんにセクハラされることもないんだし、うん。

一人引きこもって悪いことはたった一つ。あたしの思考が暗くなることだけなんだから。



「…はあ。」

「うるせえ。」

「あ、すみません…って、わあ!?」

「うるせえっつってんだろ!」



いやいやじゃあ驚かせないで下さいよっていうか溜め息がうるさいってどんだけ神経質なんですか!

というつっこみ以上に、驚きと動揺が勝って声が詰まった。なんてったって、振り返って見上げたそこには二階?の通路の柵にしゃがんだ見知った姿が。それが、今会いたくない人ナンバーワン・エースさんなんだから、もうね。



「お、……お晩です…。」

「……。」



そして当たり前のように返らない返事。挨拶くらいはした方がいいですよ!

しかしそれにしても何でこの人がここにいるんだ。また被ったのか!ここの上って何の部屋だっけ…いつも静かだったし、倉庫か何かだと記憶しているんですが…。にしても気まずい。機嫌も悪いようなので今すぐ部屋に退散したい。でもここでそそくさ居なくなったら当てつけのようだしなあ…。ううん…でもやっぱり一緒に居てイライラさせるくらいなら…。



「……おい。」

「あ、はい。」

「………俺のせいか。」

「はい?」

「その溜め息は俺のせいかって聞いてんだよ!!」

「え!?ち、違います!!」



う、エースさんに気圧されて思わず力一杯否定してしまった。本当は二割くらいはエースさんが原因ですすみません!でも、エースさんのせいと言うと言い過ぎだから間違ってはいない回答の筈だ。

暗い夜闇でぼんやり見えるエースさんの顔は、訝しげにしかめられている。じ、自分からそんなこと言い出したくらいだから、否定したの嘘だと思ってるんだろうな…。ここはちゃんと納得して頂かねば益々溝が深まる予感…!!



「あのですね、さっきの溜め息は、ちょっと家のこととかが心配で…。」

「…家?」

「はい。何も言わずにここに来てしまったので。」



今の未だにこの場所が夢か現か定かではないけれど、もういい暫く家族や友達に会っていないのが不安なのは事実だ。これが現実だとすると、リボーンやディーノさん辺りがどこかのマフィアかいつものヴァリアーの皆さんが浚ったのではないかと捜索を始めそうだもの。そうなると当然獄寺君も酷く心配し始めるだろうし、きっとそのとばっちりをツナが受けることだろう。


………ツナは…、




「あたし、双子の兄がいるんです。」

「、……。」

「色々巻き込まれやすいタチなので、心配なんですよね。」

「……。」

「まあ、向こうには頼もしい友達やら知り合いやら大勢いるので心配は要らないんですけど。」

「……。」

「…要らないんですけど…。」



しまった。何を話してしまってるんだろう。今まで家のこととかは口にしないようにしていたのに、寄りによってエースさんに話してしまうとは。いきなり嫌いな人の身内事情なんて聞かされてもどうでもよすぎるに決まっている。証拠に黙り込まれてしまった。沈黙が辛すぎて上を振り返れない…!



「ま、まあ、時々思い出してしまうと、溜め息が口を突いてしまうというか…。だからエースさんのせいではないんですよ!」

「……。」



慌てて話を軌道修正して、あははと笑ってみせても、エースさんが返すのは相変わらず沈黙のみ。駄目だ、完璧に誤魔化し方を間違った……いや、というか、何でエースさんはあたしの溜め息なんて突っ込んできたんだ?しかも自分のせいか、なんて聞いてくるなんて。まずエースさんから話しかけてくること自体珍しい。どうしたんだろう。

疑問が勝って、気まずさを忘れて振り返れば、やっぱり訝しげにしたエースさんの顔と目が合った。ええと…。



「……エースさん、流石に夜にその格好は寒くないですか?」

「…寒くない。」

「新陳代謝が良いですね…。」



この疑問を何と言って尋ねればいいか分からず、話を反らしてしまった。いや、寧ろ今までの話を忘れて突っ込んでしまった。だって昼間は兎も角夜も半裸って!見てて寒いですよ!!上着着ましょう!?



「…余計なお世話かもしれませんけど、風邪ひきますよ。」

「ひいたことねェ。」

「あ、それは素晴らしいですね。」



その逞しい筋肉は伊達じゃないってことですか…羨ましい。ひたすらに羨ましい。そしてランチアさんを思い出すなあ…ランチアさんはもっと腰細いけど、どちらにせよ羨ましいことには変わりない。…そろそろあたしも練習しないとなあ…やっぱり筋トレだけじゃ、



「、っわ。」

「いちいち驚くな。鬱陶しいんだよ。」



ズレていく思考を遮るように、突然エースさんが上からこちらに飛び降りてきた。いやっ、そんな近くに着地されなければ驚かなかったんですけども。そして暴言を吐いたのに何故そのままその場に座り込むんですか?え、近い。近い近い!邪魔ってこと!?



「え、エースさん?」

「…俺には弟がいる。」

「あ、はあ…そうなんですか。」

「……。」



ん、んん…!?これは話題を振って下さったのか、な…!?この沈黙は話を広げていい感じ…?



「えっと…この船にいらっしゃるんですか?」

「いや。まだ東の海にいる。」

「まだ、ですか。」

「17になったら海に出て海賊になる約束をした。俺も17で島を出たんだ。」

「へえ…。」



あぐらをかいたまま、真っ直ぐ暗い海を見つめて話すエースさんの横顔はいつもより柔らかい。けど、どこか責任感を感じる強さが垣間見えて、ああ、弟さんのこと大事なんだなあと思わせた。

ああ…だからか。あたしの話に珍しく反応してくれて、話題まで振ってくれたのは。…この微妙な不安を、解ってくれたのかな。






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