「あっ、巴さん!いたいた!お疲れっス!」

「あれ、獄寺君だ。どうしたの?もしかして探してた?」

「そろそろ少林寺帰りかなーと思って。今日遅かったですね。」

「途中でハルちゃんに会ったから、うちまで送ってきたんだ。」

「アイツ、巴さんに迷惑かけやがって…」

「いやいや、あたしが勝手に送っただけだから。待たせてごめんね、何か用だった?」

「や、用って程じゃないんすけど、この間10代目達と花火した日、巴さん練習で来れなかったじゃないですか。なんでこれ、一応巴さんの分で取っといたんで良かったら!」

「え?あ、線香花火!」



今日はもう会えないかもなと、日が暮れきった町中をそれでも粘って歩き回って良かった。会いたかった人物こと巴さんは、暗闇の中からふらりと現れて、手渡した数本の線香花火に目を輝かせる。
纏わりつく暑さも報われる達成感だ。ただただ暑かった何てことのない今日一日が、なかなか良い日にひっくり返るほどに。



「うわ〜ありがとう。うちに持ってきたらちびっ子達がやりたがるから、わざわざ直接持ってきてくれたんだね。」

「野球馬鹿がガンガン消費するせいで、取っておけたのがこれっぽっちですみません…。10代目とこっそりやって下さい。」

「え、折角だから獄寺君一緒にやろうよ。」

「え!」

「あ、今から他に用事あった?」

「いや、ないっスけど…!」

「じゃあそこの神社の階段のとこでやろう。獄寺君、ライター持ってるし、あたし今水筒持ってるから水もちゃんとあるよ。」

「は、はい!」



なかなか良い日どころか、この夏一番の良い日に格上げだ。まさか、こういう展開は予想していなかった。嬉しい誤算に動揺を隠せないが、断る理由は一つもない。

巴さんが指定した神社は本当にすぐそこで、よく来ているのか、夜闇で見にくい階段を慣れた足取りで上がっていく。そうして境内までは上がりきらず、道路からは見えない位置で腰を下ろすと、さっき手渡した線香花火の一本を俺に分けてくれた。



「線香花火を選んでくれたところが獄寺君らしいよね。」

「そ、そうですか?」

「うん、少なくても楽しめるチョイスに気遣いを感じる。」

「別に、そんなことないっすよ。」

「あるある。」



ライターから直接火を点けた線香花火は、じわじわと火の玉を膨らませて微かに弾け出す。これだけ小さな花火でも、暗闇の中で瞬くオレンジ色の光は、手元を充分明るく照らした。

それはまるで、誰かの言葉と、それに一喜一憂する自分みたいだ、なんて、いやに感傷的な気持ちが湧いてくるのは、このノスタルジーを誘う色のせいか。パチパチと静かに弾ける火花から目をそらして、巴さんの横顔を盗み見たい気もしたが、目をそらした瞬間に火の玉が落ちてしまいそうで堪える。

二兎追うものは一兎も得ず、だ。滅多にあるもんじゃないこの二人きりの時間、願うのは、少しでも長く続いてくれることだけでいい。それ以上を望むのは、まだまだ未熟な今の俺には贅沢過ぎる。



「この線香花火、持ちがいいねえ。」

「そうっすね!」

「あ、流石に落ちるかな。……おー、意外と落ちない。」

「なかなか根性のある花火ですね。」

「あはは、ほんとだね。」

「………。」

「………。」

「…マジで全然落ちないですね。」

「うん…こんなに長いのはあたしも初めてかも。」



火をつけてからどれくらい経ったのか、落ちそうで落ちないギリギリを保ったまま、二つの線香花火は燃え続ける。
おい…先に手が痺れ始めるとか嘘だろ。どんだけガッツあるんだこの花火。ここまでくると異様にすら思える。



「あー…もしかしてあれかなあ。」

「あ、あれ?」

「獄寺君が善い事したから、神様のご褒美かな。ここ神社だし。」

「い…いやいやそんなオカルトなー!」

「でもほら、まだ神社の灯りついてるし。ああやって灯りがついてる時は、神様もまだ寝てないんだってさ。」

「そ、うなんですか…。」



まさかそんな、と思いつつも、この人が言うと真実味を帯びるのはなんでなんだ。振り返って見上げた境内は、確かにまだ灯りがついていて、ぼんやりとこっちを眺めている気がする。

神なんていい加減な存在を、信じたことは一度だってない。多分、これからも。俺が信じるのは、俺自身が認めた、俺が傍にいたいと思える人間だけだ。

…それでも、もし本当に神なんてもんが存在しているのなら、今日ばかりは礼を言うべきなんだろう。それが気紛れでもなんでも、俺の望みを叶えたのなら。



「あ、そんな事言ってたら神社の灯り消えちゃった。」



まだ神社の方を見ていた巴さんが、そう呟いたとほぼ同時に、手元の火の玉はポトリと落ちた。そのタイミングの良さに、偶然にしては出来すぎだな、と密かに苦笑いする。戻ってきた夜の暗闇の中、すっかり紙屑になってしまった線香花火に水をかけた巴さんは、よいしょ、と一声かけて立ち上がった。

俺はと言えば、この夏一番の時間が終わると思うとなかなか腰を上げられず、瞼の裏に残った線香花火の色を思い返していた。これから何があったとしても、絶対に忘れることのないように。



「そういえば、さっき神社の灯りがついてる内は神様が起きてるって言ったけど、逆に灯りがついてない時は寝てるらしいから、神社には近付かない方がいいらしいよ。ここぞとばかりに悪いモノが寄ってくるんだって。」

「さっさと帰りましょう!!」



本当にこの人は、いつだって俺を一喜一憂させるんだ。色んな意味で。

それに焦らせられることも少なくないこの毎日が、明日も続けばいいと願ってみる。信じたこともない神と、目の前で笑う細い背中に。





【獄寺と宵の口】



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