「夜道の一人歩きは怖いよねえ。」
そう言ったのは、毎日習い事の少林寺で夜遅くに一人で帰っている巴ちゃんで、ハルはとても驚きました。今だって、偶々外で会ったハルを、暗くなってきたから一人は危ないよって、暑い中わざわざ家の前まで送ってくれたのは巴ちゃんなんです。
「巴ちゃんも夜が怖いって思うんですか!?」
「え?そりゃあ思うよ。暗いし。」
「すごく普通の答えで意外です…!」
「普通じゃないと思われた。」
「ち、違います!巴ちゃんはすっかり夜慣れした大人な夜の女なのかと…!」
「大分誤解しかないね!?」
ツッコミを入れながら笑い出す巴ちゃんですが、ハルは至って真剣です。ハルよりずっと落ち着いていて、ずっと強い巴ちゃんは、夜なんてへっちゃらなんだと、本当にそう思ってたんです。
でも、そうですよね。ハルも巴ちゃんも、同い年のまだまだいたいけなガールです。海外に比べたらずっと安全と言われる日本でも、夜道は危険がいっぱいです。不良に変質者、車にオバケ。野犬もいるかもしれません。
「流石に野犬は今時いないんじゃあ…。」
「備えあれば憂いなしです!警戒するに越したことはないですよ!」
「それは確かに。」
夕焼けの赤色から夜の紺色に染まっていく空を、どこか遠い目で仰いだ 巴ちゃんは、まだ少し笑ったまま呟きました。不思議なことに巴ちゃんは、怖いものの話をしているのに、何だか安心したような顔でこう言ったんです。
「怖いのは嫌だけど、夜はずっと怖いものであって欲しいな。よく分からないけど、怖くない夜は、ちょっとつまらないし。」
「…やっぱり巴ちゃんは、夜に刺激を求めるアダルトなレディです。」
「ハルちゃんの中のあたしのイメージ、どんどんあばずれていってない?」
「そんなことないです。」
ハルは羨ましいんですよ。怖い夜を怖いまま渡っていく巴ちゃんが。怖がりながら、それでも夜は変わらず怖いままでいていいって言える、そんないじらしさが。
ああ、今はいたいけガールなハル達も、いつかは平気で夜遊びしたりするんでしょうか。
それが楽しみのような、嫌なような、ちょっぴり複雑なこの乙女心は、きっと巴ちゃんの中にも、ありますよね。
【ハルと夜の始まり】