「すみません、寝過ごしました…。」

「見れば分かる。」

「ついでに熱が出ました。」

「…寝ていろ。」

「すみません、ベッド借りててもいいですか?」

「構わん。」

「ありがとうございます…。」



普段の起床時間をとっくに過ぎた昼下がり、漸く起き出してきたと思えば、広間の入り口から顔だけ覗かせたトモエは、
すぐに踵を返した。

広間を離れていく心許ない足音に、椅子に沈めていた体を起こす。片手に新聞、片手に酒瓶とグラスを掴み、トモエに続いて部屋を出た。



「ジュラキュールさんも来るんですか。」

「俺の住処で何処にいようと俺の自由だ。」

「あー…この間も言ってましたね。」



ベッドに潜り込み、ぼんやりと呟く姿に、昨夜の陰鬱さは無い。伴って気力も無いが。寝具に収まった額に手を当てれば、成る程、熱い。



「医者は。」

「寝れば治ります。そう言えば、シャンクスさん達はもう出発しましたか?」

「今朝、出航の合図を聞いた。」

「そうですか。見送りに、行き、た…か……」

「…寝付きの良い。」



話を振っておいて途中で寝落ちるか。まあ、熱があればこんなものなのかもしれない。昨夜の話を訊かずに済んだのは、良かったのか悪かったのか。



「訊かずに済む話でもない。」

「…?何がですか。」

「狸寝入りとはいい趣味だ。」

「え?いや、熱があると眠りが浅くて。それで、何ですか。」

「昨夜のあれはなんだ。」

「ああ、昨日は、ご迷惑…おか…け……」

「……。」



この調子を繰り返すこと数回。眠りの合間、途切れ途切れの回答を繋ぐ作業は半日を要したが、不思議と苦は感じなかった。

厚い雲の向こう、それでも微かに感じる日の傾きは早い。トモエが此処に来てから、何れ程が過ぎただろう。言葉が寝息に代わる間に、今更な事を思う。



「昨日は楽しかったです。シャンクスさん達は賑やかで、ああいうのは久しぶりな感じでした。」


「皆さん優しくて、楽しくて、気を遣ってもらって、」


「素敵な夜でした。だから、あのオークションを思い出したんです。」


「ジュラキュールさんに買ってもらっていなかったら、知らない世界で、こんな風に楽しい気持ちになれなかったです。」


「すごくありがたくて、でも、同じくらい罪悪感がありました。」


「あの時、ジュラキュールさんが買ったのがあたしじゃなかったら、あそこにいた他の誰かが助かったかもしれない。」


「あたしじゃなくて、あの子が、」


「…あの子は、」




言葉を繋げてみれば、つまらない話だった。過ぎた過去を仮定で語る、無駄でしかない行為だ。

既に聞き慣れてしまった瞼の開く微かな音。それを確認してから、数時間ぶりの返事を返す。



「俺はお前以外は買わなかっただろう。」



声も出さずに泣くのは、熱のせいか、己自身で己の話の矛盾を理解しているからか、はたまた絶望か。俺には判らない。



「ジュラキュールさんはあたしを助けてくれたのに、あたしは誰も救えませんねえ。」



ならばせめて、貴様を選んだ人間の役に立てばいいだろう。救えずとも、満たせばいい。それは俺には出来ず、トモエに出来る事だ。

そう言いかかった言葉は、酒に流して呑み込んだ。そんなことは、恐らく解りきっている。解りきって尚、苦しみながらも理想を求めることが、若さだ。



「貴様は、己を救う術を見つけるべきだ。」

「まずは熱を下げなきゃ話にならないってことですか。」

「そういうことだ。」



少なくともそれで、俺の舌と腹は救われるだろう。そう呟けば、空気を含んだ小さな笑みが返った。それでいい。それだけでいいと思う。

誰も救えずとも、救わずとも、其処にいるだけで、心地好く生きるだけで、それでいいと思う他人が傍に在る。それではいけないのか。それでも罪悪を感じるのか。短い人生、そんなものを罪などと思わずに、真っ当に過ごせばいいものを。



「きっと、そういう真っ当な人間じゃなかったから、ジュラキュールさんはあたしを選んだんじゃないですか。」

「……。」

「海賊の人は、器が広くて、広すぎた挙げ句に、変わり者になっちゃったんですね。」

「軽口を言う程度に回復したなら、明日の食事はは手の込んだものを。」

「勿論です。」



日は暮れ、トモエにはいつもの調子が帰ってきた。何一つ解決も決着も無くとも、こうして日は進む。退屈で退屈しない、この少女との日々は明日も続く。

しかし、刹那も感じるのだ。らしくもない穏やかな日々は続かないと、己の底で声がする。人のことは言えない。安寧に身を置けないのは、俺もまた同じだった。



「他人を救おうなど、烏滸がましい行為だ。」




己を幸福に留めることすらできない、我々には。





:熱が支配する今日



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