しょりしょりしょり、と小気味良い音に目を開ける。
昼過ぎの学校は、校内の隅々まで眠気に満たされて、生徒は勿論、教師も当然眠くなる。保健室と、そこの担当である俺も然り。
「あー…寝てた。」
「寝てましたね。」
「目覚めに可愛い子ちゃんがいるのはいいねえ。」
「美女じゃなくて残念でしたね。」
机に突っ伏していた頭を上げて振り返ると、いつから居たのか、見慣れた女生徒の後ろ姿を見つけた。保健室の味気ない小さなシンクの前で何をしているのかと思えば、華奢な身体の向こうに赤い
紐状の何かが見えて気が付く。
「リンゴか?」
「はい。沢山頂いたので、お裾分けです。」
まな板もないのに、果物ナイフだけで上手に切るもんだ。裸に剥かれたまん丸のリンゴは、巴の手の中で刃を入れられ、くし切りにされる。
どうやら皮を向く前のリンゴをいくつか袋に入れて持ってきたようで、切ったリンゴを置く場所を探して、巴は癖の強い後ろ髪をぴょこぴょこ揺らした。
寝ぼけ眼で見るその様子は、夢の中のように穏やかで、知らず悩ましい溜め息が零れてしまう。
「皿も無いから、そのまんまくれ。」
「いいですか?」
「あ〜ん。」
「ナイフごといきますよ。」
「つれねえなあ。」
冗談冗談、と片手を差し出すと、半眼になりながらも歩み寄った巴は、刃を途中まで入れていたリンゴの一欠けを、パキュ、と折るように切り離す。
ああ、なんだか懐かしい。ガキの時に、誰かにこうしてリンゴを分けてもらったような、ないような。
新鮮な果物の香りが鼻を擽り、すぐに胸いっぱいに広がった。あどけなさが残る女のように甘く、冬を待つ郷愁のように切ない。
「美味いな。」
「ですよね。」
同じ様に一欠けのリンゴをかじって、巴は小さく口元で笑った。大好物のプリンを食べる時の満面の笑みじゃなく、隼人達と戯れる時の屈託のない笑みでもない。実に然り気無く、何てことのないその表情。
これは恐らく、こいつの双子の兄貴や、リボーンが普段見ている顔だ。俺が日常見るには難しい顔だ。いい女はこの世に星の数ほど居れど、どんなに楽しい関係を持とうと、これがなかなか手に入れ難い。
「本当は皮ごと焼いたりしてホットリンゴにした方が栄養あるんですけどね。まあ、シャマルさんの周りの女性の誰かに作ってもらって下さい。」
「巴チャンは作ってくれないのか〜?」
「出来立ての方が美味しいですよ。」
キョトンとしながら、結構グサッとくることを言ってくれるなあ。お兄さんを招いてくれるとか、お兄さんの家で作ってくれるとかは、全く考えてないわけね。優しいんだか、厳しいんだか。
「シャマルさんは常に病人みたいなものなんですから、せめてちゃんとあったかいもので栄養摂った方がいいですよ。最近、急激に寒くなってきましたし。」
「……やっぱ、冷めてもいいから巴の作ったもんが食いたい。」
「はあ、うちのちびっ子達に食べ尽くされなかったらで良ければですけど。」
「…そりゃ難しそうだなあ。」
「まあ、まだまだあるので、その内には。」
「秋ってのはいいねぇ。」
そうですね。と、やっぱり巴は何気無く笑うが、できれば何とかこの季節の中で、永遠を過ごすことは叶わないもんかねえ。頼むよ、秋の女神。
一生こうして暮らしたい
お題箱より、お題頂戴しました。有難うございました。