赤髪の船大工達は、手際良く城を修繕し、日暮れ前には作業を終えた。その後は赤髪の宣言通り、停泊する海賊船側のキャンプにて、夕食と言う名の宴が始まる。

赤髪の海賊団は、気の良い海賊だ。海賊としての箔が何れ程付こうと、馬鹿騒ぎはお手の物である。始めは畏縮していたトモエも、なし崩し的に乗せられて、いつの間にか狒狒との手玉芸を見せる程度には打ち解けていた。



「ジュラキュールさん、あたし先にお城に戻ってますね。」

「お?なんだトモエ、もう戻るのか?」

「はい、そろそろ眠気がきそうなので、お暇しようかと。色々ありがとうございました、シャンクスさん。」

「んじゃあ、お開きにするかー。」

「あっ、それは大丈夫です。気にしないで続けて下さい。まだ向こう騒ぎ足りないみたいなんで。」

「騒がしい奴らが絡んで悪かったな。疲れただろう。」

「賑やかで楽しかったですよ。ベンさんも、ありがとうございました。じゃあ、ジュラキュールさんも程々にして帰って来て下さいね。」

「一人じゃ帰り道危ないだろ。鷹の目も帰るか?」

「狒狒達と一緒に帰るから大丈夫ですよ。ジュラキュールさん、まだ飲み足りないでしょう。」

「……。」

「みたいなんで、よろしくお願いします。」

「アンタも手のかかる主人を持って大変だな。」

「あはは、ノーコメントで。」



からかいか同情か、呆れたように言うベン・ベックマンの言葉に、曖昧に笑ってみせたトモエは、名残惜しむ船員達に会釈をしながら、狒狒を引き連れ森に消えた。

物珍しい少女がいなくなったことで、船員達は興が醒めたように見えたが、それも一瞬のこと。すぐに賑わいは戻り、赤髪はこちらのグラスに酒を足す。



「良いお手伝い見つけたなあ。トモエは何処から雇ったんだ?」

「ヒューマン・オークションで売られていた。」

「ヒューマン・オークション?」

「鷹の目にそんな趣味があったとは。」

「暇潰しだ。」

「そう睨むな。首輪をしてないのを見れば、どこかの馬鹿共みたいな扱いをしてないのは判る。」

「トモエは運が良かったな。」



果たしてそうだろうか。首輪は無い、人として最低限の衣食住と自由は与えた。町に放置しても、逃げ出すことはなかった。自分を頼りにさせて欲しいと、出ていかないと、そう言った。

しかし、買われた身であることは変わりがなく、元居た場所は確かに在った筈だ。あの時、赤髪と初めて言葉を交わした時、トモエは何と言っていたか。内陸育ちかと訊かれ、近くに海があると答えていた気がする。



「……。」




それ以外にも、何か濁した言葉がなかったか?




「戻る。」

「ははは、言うと思った。」

「世話になった。」

「いいよ。こっちも停泊させてもらって助かった。明日には出航する。」

「ああ。」

「また来たら飲もうなー。あ、トモエもな!」



再び赤髪がこの島に来る時、そこにトモエは居るだろうか。今しがた見た光景のように、赤髪の船員達にプリンを与えられ、無邪気に頬張る姿が、また見られるか。
想像ができない。恐らく、“また”は無い。根拠の無い確信は胸の底でざわめきに変わり、歩みを急かす。

鋭いばかりの己の目は節穴か。森に消えた後ろ姿の儚さに、今頃気付くとは。








「トモエ。」


「トモエ。」


「……トモエ。」



城も間近の森の中、気配を感じ、少女の名を呼ぶ。
返事はないが、姿は見つけた。戸惑う狒狒らが囲むようにしゃがみこんだその中央、闇夜に白い腕が見えた。先程までの明るさは何処に置いてきたのか、蹲り、膝を抱えて顔を埋めるその様子は、眠っているようにも見える。



「トモエ。」



狒狒らを退かせ、触れた肩は冷たい。反応を示さない身体に、掌を耳元に
移すと、こちらは燃える様に熱く、殺す嗚咽の微動を感じた。



「トモエ。」



両手で顔を上げさせれば、滴る涙が音を立てた。浅く短い呼吸が震えるが、その唇は言葉を紡がない。赤いであろうその目は、一瞬だけこちらを見て、間も無く歪み、瞼を閉じる。

昨晩見せたあの笑みの、その後に続いた穏やかな寝顔とはまるで違う。痛々しいが、致命傷には程遠い、しかし触れるには躊躇う掠り傷の様だと、他人事に思った。

あまりに極端な様子の変化に、心当たりなど当然ない。だが、どうした、何があったと、たった一言を訊くことができない。どうにも踏み込み難い危うさに、二の足を踏む。まさか竦んでいるのか、この俺が。



「帰るぞ。」



立ち上がろうともしない少女を、いつかのように担ぎ上げて、城へと戻る。壁と共にすっかり修繕されたトモエの部屋だが、今一晩は捨て置こう。昨晩同様、自室のベッドに放り投げ、肌掛けを頭まで被せた。



「休め。」



離れたソファーに腰を据え、布越しの啜り泣きをBGMに飲み直す。結局、何も訊くことはできなかった。後悔に似た気持ちを引き摺ったまま、過ごす夜はいつになく長い。

一晩眠れば落ち着くだろう。
そう思えど、放っておくことも、隣に滑り込むこともできず、祈るように只、朝を願う。





:ここで立ち竦むとは



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