「すみませんでした。」

「その謝罪が、現世に来てしまったことなら、今後気をつけて下さい。告白の答えなら、聞き入れません。」



ド直球にきた…。本題に入るのが随分早い、というか、そうか、あれはやっぱり告白だったんだ。いや、それにしても聞き入れないって。

ツッコミどころが多いけれど、当然気軽に突っ込めるような雰囲気ではない。無言もあれなので、とりあえず、はい、と一言返事をして、先導して山道を行く鬼灯さんの背中を見つめた。

木霊さんと同じく、突然木陰から現れた鬼灯さん。わざわざ山まで降りて来て下さったらしい。木霊さんはあたしの身柄を鬼灯さんに引き渡すと、小さな手をふりふり帰っていってしまった。覚悟はしていたけど、気まずい空気は続く。

でも、多分、色々はっきりさせるなら今しかない。ここまでしてしまって、ここまで来てもらって、何事もなかったことにするのは、良くないことだ。死んだとは言え、人として。



「鬼灯さん。」

「はい。」

「一応、確認なんですけど、あの告白っていうのは、…えー、言葉通りにとっていいんでしょうか。」

「それ以外にとりようがない言葉を選んだつもりですが、まだ自覚に足りませんか。」

「いやあの、念の為です。」

「フッておいて何を今更。」



珍しく刺を感じた声色に、木霊さんの時のように気軽に言い訳はできなかった。ですよね、このタイミングでこの質問は普通に怒らせますよね!でもどうしても自惚れじゃないかと心配になるんですよね!こちとらまともな恋愛経験もなく死んだ小娘なんですよ…!
と、つっこめればいいけれどしかし、振り返りもしない鬼神の背中には、形容しがたい迫力が滲み出る。無理です。

となれば、次の言葉はどうしよう。迷っている間に浅い溜め息が聞こえた気がして、恐る恐る顔を上げる。



「…すみません、今のは私が大人気なかったです。分かってます、貴女がそういうつもりで現世に逃げたわけではないのは。寧ろ、今回の事の切欠を作ったのは私です。」

「…や、鬼灯さんのせいではないでしょう。」

「それはそれで不満です。」

「え、えぇ…?」

「それより、聞かせてもらえるなら聞かせて下さい。貴女が言いたいことを。この場所で。」



そう言って、おもむろに振り返り立ち止まった鬼灯さんに合わせて、足を止める。気が付けば、周りに広がる鬱蒼とした黒は、木々なのか何もない暗闇なのか判らなくなっていた。更にその奥、遠くにぼんやりと地獄の炎の赤色が見える。

きっと此処は、あの世とこの世の境目で、どちらとも言えない曖昧な所だ。まるであたしみたいだなあ。あの世でも、この世でも、存在の曖昧な幽霊。それなのに、



「あたしは、リリスさんの言葉に期待してしまったんです。リリスさんが言うように、本当に鬼灯さんに愛されてたらいいなあと、一瞬でも思ってしまいました。」



そう、あの時、あたしは確かに動揺したんだ。期待した自分に、本当だったら嬉しいと思った自分に。亡者で、幽霊で、あの場にいた美女達と比べるまでもなく、特別でもなんでもない自分が、そんな大それたことを思ってしまったことに。

そして間もなく我に返って、羞恥心が襲った。自分自身が自覚していなかったことですら、あんな風に優しく抉ってくるとは、流石は悪魔恐ろしい、とも思った。改めて場違いっぷりを実感させられては、逃げるが勝ちと退散するしかない。さあ明日から鬼灯さんに会う時気まずいぞ、どんな顔をしようか。そんなことを悩みかけて、そこでようやく、気付く。



「遅くても数十年後には、あたしはなくなってしまうのに、何を期待してしまったんだろう、と。」



思わず溜め息が漏れて、罪悪感に目を閉じる直前、ちらりと見えた鬼灯さんの顔は、少し意外そうに見えた。そう言えば、鬼灯さんからこの話を聞いたことはなかった気がする。



「あたしはなくなりますよね。兄が死んで、あの世に来たら。元々の魂が一つだから、魂を分ける肉体の器がなくなれば、元の形に戻る。」

「知っていたんですか。」

「こっちに来てから割と早い段階で、白澤さんに教えてもらいました。」

「…あのクソ神獣…。」

「まあ、とりあえず情報元は置いておいて下さい。」

「なくなると言いますが、それは輪廻転生に該当する亡者全てに言えることです。当然、私はそれを前提にしているのですが。」

「輪廻転生がどういうものか、あたしにはよく分かりませんけど、あたしと兄がするそれは、多分ちょっと違いますよね。」

「……。」

「あたしは、片割れなんです。片方だけだったから、あたしなんです。それは鬼灯さんが教えてくれました。あたしは兄とは別の、あたしだけの人生を生きて、死んで、貴方に対して色んなことを想いました。魂が一つになるってことが、どんな風になるかは分かりませんけど、少なくともあたしではなくなります。それはきっと、もう一度死ぬことと同じです。」



死んだ時のことを覚えているか、と訊かれれば、正直殆ど覚えていない。痛かったとか、苦しかったとか、生きたかったとか、そういう記憶は曖昧だ。
そんなことよりずっと辛かったのは、幽霊になってから見た、家族や友達、自分の死を悲しんでくれた人達の姿。

死んだらおしまい、の言葉通り、何もできなかった。慰めることも、謝ることもできなかった。何一つ、できなかった。



「あたしの人生で一番の罪は、あの時、死んだことです。あたしを大切に思ってくれてた人達を、一人残らず置いていって、悲しませたことです。あんなに酷いことは他にありません。人は誰でも死にますけど、置いていくものですけど、一度きりです。あんなことは一度で充分です。本当に、そう思ってたんですよ。そう思ってたのに、」



なんでまた性懲りもなく、大切を欲しがったんだ、あたしは。



「…それの解決方法が、あの避け方ですか。」

「解決方法なんかじゃ、全然ありません。ただの現実逃避です。」

「で、私が実際に貴方に惚れていたと知って、本格的に逃避してしまったと。」

「…普通だったら、絶対に実現しないことだったから、それでも何とかなったと思うんです。」

「そうかもしれませんね。結局のところ貴方には、兄という絶対的な運命の相手がいるわけですし。」

「その言い方はちょっと…」

「実際のところ貴女、いずれお兄さんと魂が元に戻ることを支えにしてたでしょう。」

「……。」

「貴女に魂の件を話したくなかったのは、そうなるからです。貴女の執着は控えめ且つ不健全です。他人に迷惑はかけませんが、貴女自身は人間的な意味で幸せにはならない。それは貴女を大切に思う相手からすれば、どんなにまどろっこしくて、報われないことか、貴女はまだ解っていない。」



少なくとも私は、貴女に幸せになって欲しいと思っているんですが。

と、鬼灯さんらしい簡潔で分かりやすい言葉が、またグラグラと決意を揺らす。きっと、鬼灯さんが正しい。正しいけど、でも、正しいという大義名分で甘えていいのだろうか。我慢だって必要じゃないんだろうか。人には人の、相応の幸せがあって、あたしはこうして良い上司と良い周りの人達がいて、それで充分幸せなのに、それ以上を求めるのは強欲というやつじゃないだろうか。一時の気の迷いかもしれないのに、手を伸ばしたら、それこそ悪魔の思う壺じゃないだろうか。

つまり何を言いたいのか、あたしにもよく分からない。ただの意地かもしれない。鬼灯さんを納得させられるような返事は勿論なくて、遂に言葉を失った。



「まあ、獄卒らしい説教はこれで終わりにしましょう。ついでに私個人の話も聞いてもらえますか。」



次に何を言うべきか、考えている内に、鬼灯さんが言葉を続けた。それは意外な問いかけで、反射的に一つ頷く。



「私、元々は人間だったんです。死んだ人間と火の玉のミックスの鬼です。」

「…さっき木霊さんから聞きました。びっくりしました。」

「そうでしたか。まあ、遥か昔の話なので、よくある話ですが、身寄りがなく、天災を収める為の生け贄として死にました。なので、家族も兄弟もいませんでしたし、死んで悲しんだ人も殆どいなかったと思います。何分幼かったので、大切な誰かに死に置いていかれた経験もありません。だから、正確には貴女の気持ちは解りません。今なら、死んで悲しんでくれる相手は少しはいるでしょう。ですが、逆はなかなか難しいんです。鬼って丈夫なので、そうそう死なないんですよ。」

「…千年軽々超えてますもんね。」

「勿論、だからと言うわけではないんですけど。そもそも、私が家庭を持つタイプでないんです。独り身の期間が長過ぎて、あまり考えたこともなく。必要性に駆られることもなく。」

「はあ…。」

「だから、教えて欲しいんです。巴さんに。」

「……はい?」

「大切な人に置いていかれる悲しみを知るなら、私は貴女がいいです。」



というか、多分貴女でないと無理です。
なんて、何で素面で、眉一つ動かさず、当たり前のように言えてしまうんだろう。胸を張って求められるんだろう。何であたしには、できないんだろう。

理由は明確だ。それこそが、きっと、




「これは私の欲求で、私はそれを要求するに足る生き方をしてきたと思っています。」




ああ、今やっと分かった。鬼灯さんの言う、幸せの意味が。死んでからずっと、あたしに指し示してくれていたそれが。
今、目の前で見せてくれたように、臆することなく自信を持って、自分の幸せを求められたら、きっとそれこそが、本当の幸せなんだ。


あたしが死んでもなお欲しがった、大切なものだった。




「あ、でも裁判は裁判できちんと公平に執行しますんで。」

「鬼灯さんのそういうところが、あたしは好きですよ。」

「言質にとります。」



きちんと裁判してもらおう。あたしのこの選択を、裁判官の皆々様の判決に任せよう。地獄の裏の支配者に委ねてみよう。

出来るなら、今度こそ真っ当に死にたいんだ。大切な相手が悲しんでくれたことを、胸を張って誇れるように。




「もう一回言って下さい。」

「いや、何でですか。」

「こちらは二回フラれてるわけですし。」

「フってないですって。しかも二回っていつですか。」

「現世に戻ったのが一回、さっきのすみませんが二回です。」

「聞き入れないって言ったじゃないですか。」

「いいじゃないですか、減るものでもなし。」

「…減りませんが録音として記録が残りますよね。携帯から手を離して下さい。」

「この暗闇でよく見えましたね。」

「幽霊なんで。」

「そうでした。」



失敗失敗。と、やっぱり真顔で呟く鬼灯さんは、気を遣ってくれてるのかふざけてるのか。いつか、判るようになるだろうか。いや、判るようになろう、必ず。




「すみません、柄にもなく浮かれました。これからどうぞよろしくお願いします。」




そんな感じで、死んだなりに、幽霊なりに、あたしはこれからも、周りの人や鬼やら鬼神やらに助けられて、人間らしく過ごしていきます。ので、どうか心配しないで下さいね。父さん、母さん。




「お願いします。」





今も大切な、みんな。





【幸を求むは楽にはいかぬ】



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