「ただいまー…って、なんで巴がいんの!?じょ、成仏したはずじゃ…!?」

「え?えっ…ここ家!?現世!?なんで!?」

「いやこっちが聞きたいし!」

「いやいやいや!あたし今の今まで鬼灯さんと一緒にいたのに、なんで…あっもしかしてこれって脱走扱いになる…!?ていうか!明日も出勤!戻らなきゃ!」

「は、はあ?脱走?出勤?」

「それじゃもう行くから!またね!」

「ちょっ、またねって…!えっ…えぇー…?」



いやあ、我ながら随分パニクってたなあと、ようやく落ち着きを取り戻したのは、現世では見えないこの姿をフル活用して、半日かけて何とか富士山麓に辿り着いた頃だった。
パニックになりつつも、ここを目指した判断は恐らく間違っていなかった、と、思う。思いたい…。だって、確実に地獄と繋がってると判ってた所は、青木ヶ原樹海に住む木霊さんの所しか知らなかったから。

もしかしたら、移動している間にお迎え課か烏天狗警察が捕獲という意味で来てくれるかもしれないと思ったけど、残念ながら一切現れなかったので、これはきっと自力で帰って来いという鬼灯さんの意向なのか。ここまで必死過ぎて忘れてたけど、気が重い…。本物の鬼のことを考えると、夜の樹海散策なんていう恐ろしいコースでさえ上の空で進めてしまう。

自分自身でも、まさかこんなことが起こるなんて思いもしなかった。…っていうのは、言い訳だろうなあ。結局、誰でもない、自分の意思でこうなってしまったんだろうから。やっぱり刑期に上乗せされるんだろうか…。

……いや、実は、刑期云々より先に考えなきゃいけないことがある。現世に瞬間移動?する直前に聞いた、あまりにも都合が良すぎる妄想みたいな、あの言葉の意味を。



「……考えたくない。」

「あ、いたいた。」

「っっ!!?」



前言撤回、流石に深夜の山の中は上の空では歩けませんでした。気配もなく背後からかけられた声に、思わず悲鳴を上げるところだった。恐る恐る振り返れば、そこには闇夜にほんのり光って見える、和服を着た小さな子どもの姿。この特徴だけ言うと何とも正統派ホラーの雰囲気だけれど、その子こそが、あたしが探していた救世主。



「こっ…木霊さん…!」

「ああ、脅かしちゃいましたね。」

「とんでもないです!!」



木の陰からニコニコと現れたのは、青木ヶ原樹海に住む木の精、木霊さん。普段はこうして現世を守っている神様だけど、ちょくちょく地獄にも来られているので、あたしも面識があった。勿論、顔の広い鬼灯さんを介して。



「無事に見つかってよかったです。思ったより早かったですねぇ。」

「見つかってってことは、やっぱり鬼灯さんから連絡きてましたか…。」

「はい、恐らく此所にくるだろうと。」

「ご迷惑おかけしました…。」

「いいんですよ、現世の霊をあの世に導くのも、私の仕事の一つです。」



じゃあ行きましょうか、と、ひょいひょい木の間を進み出す木霊さんとはぐれないよう、足を踏み出す。気が重いせいか、なんだか足取りまで重い。この足がだるい感じ、久しぶりだなあ。
こちらの様子に気付いたのか、木霊さんは振り返り、ゆっくり行くので大丈夫ですよ、と気遣って下さる。や、優しい…。



「あの、木霊さん。」

「はい、何ですか?」

「…鬼灯さん、怒ってましたかね…。」

「怒ってはいないですよ。あの方はそうそう怒りません。」

「そうなんですよねえ…。」



鬼灯さんは、注意も指導もするけど、滅多なことじゃ怒らない。純粋に怒っているのを見るのは、閻魔様と白澤さんの前くらいだ。

八寒で遭難した時もそうだった。鬼灯さんは怒っていたわけではなく、心配をしてくれていた。だからきっと今回も、注意と適切なペナルティで終わると思う。あたしとしても、これから同じことがないように、ちゃんと気を付けるしかない。

落とし前のつけ方は、もう分かっている。でも、今回はそれだけで済むのだろうか。



「鬼灯様と言えば、彼も幼い時、こうやって現世をさまよってましたねえ。」

「え?」

「鬼灯様は、元々現世の亡者です。と言っても、神代の時代ですから、もう随分前の話ですね。」

「昔は、亡者が鬼になるものだったんですか?」

「基本的には今と変わらず、鬼は黄泉の国で鬼として生まれて過ごすものでしたよ。ただ、今よりもずっとあの世とこの世の境目が薄かったので、そういうこともよくありました。」

「そうなんですか…。閻魔様が元々人だったのは、知ってましたけど。」

「あのお二方が地獄の多くを管理して、人を裁く立場でいるのは、良いことだと思いますよ。」

「裁かれる立場としても、そう思います。」



たとえどんな判決が出ようと、この事が刑罰に上乗せされようと、あの人達に裁かれるなら、あたしは素直に受け止められる。これは、思いがけず執行猶予を与えられた、あたし史上最大の幸運だ。

できればこの幸運を幸運のままに、最期の判決を迎えたい。



「巴さんは、鬼灯様をどう思ってますか?」

「…それも聞きました?」



聞いちゃいましたすみません。と謝る割には、そのお顔はニコニコと楽しそうだ。可愛らしくてつっこめないや。



「人の恋路に首を突っ込むのは下世話だと分かっているんですが、幼い頃から彼を見てきた一人としては、気になってしまって。」

「いえ、いいんです。」

「フラれた、と言っていましたよ。鬼灯様は。」

「…返事らしい返事は一切してない筈なんですが。」

「貴女が無意識にお兄さんの元に戻ってしまったことを、鬼灯様はフラれたと解釈したようですよ。」

「…そんなつもりはなかったんですけどねえ…。」



鬼灯さんのあの言葉が、冗談でも冗談でなくても、どんな意味だったとしても、そんなつもりはなかった。そもそも、フるとかフらないとか、それ以前の問題であるし。



「鬼灯さんのことは、尊敬してます。会えてよかったと思います。閻魔大王と同じように。」

「…人間はいつの世も、むつかしいものですねえ。」



見た目は子どもそのものの顔を、大人のようにきゅっとひそめるその表情が、なんとも言えず可愛らしい。心配してもらってるそばでこんな風に思えるなら、結構余裕があるな。そうでなきゃ、これからとても向かい合えない。




「ご協力ありがとうございました、木霊さん。代わります。」







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