後々聞いた話だが、あたしがここに来た初日、エドワードさんが船員さんを集めて解散させた後、あの場に残っていたのは全員隊長さんらしい。

ということは、いつもあたしが船の片隅で昼寝に落ちてしまった時、こうして隠すように傍に座り込んでくれている彼も、隊長さんということだ。





「…ジョズさん。」

「起きたか。」

「起きました。すみません…。」



毎度のようにジョズさんの広い広い背中を寝ぼけ眼に入れながら、のっそり起き上がる。ひゅう、と少し冷たい風がジョズさん越しに吹き抜けて、やはりこの場が外─甲板の一角だと気付いた。

またやってしまった…昼寝をするなら部屋に戻ってしなさいと、ナースさん達にしょっちゅう言われているのに…。



「何か…いつも、ありがとうございます。お忙しいでしょうに。」

「休憩だ、気にするな。」



と、ジョズさんは振り返らずに言うけれど、本当は今みたいに風避けだったり日差し避けだったり、ナースさん達から見つからないようにだったりで、あたしが外で寝ていると必ずこうしていてくれることを知っている。何ていい人なんだろうか。

そう、ジョズさんは口数が少なくお顔も体も厳ついが、誰がどう言おうと最高に男前だった。イゾウさんが世話焼きのお母さんと言うなら、彼は少し離れて孫を見守るお祖父ちゃんと言う感じだ。いや、お歳は二人ともそんなに変わらないようだけど。

兎に角、ジョズさんはさり気ない。さり気ない割に物凄く気を使って周りを見ている。まるでロマーリオさんや草壁さんのようだ…。髪型で言うなら、草壁さんに似てるのはサッチさんだけど。



「…この間、サッチさんの髪型に似た知り合いがいるって話を本人にしたんですよ。」

「ああ。」

「でも、あたしの知り合いの方がリーゼント部分長いですよって言ったらヘコんでました。」

「…それは悔しがっただろうな。」

「男の人のプライドはよく分からないです。」



言えばジョズさんは、大きな体をゆっくりこちらに向けてあたしの頭を撫でる。寝起きのせいか、髪についてはあまり気にならない。それより、ぼんやりした頭で脈絡のない話をし出したのに付き合ってくれるジョズさんに感動だ。



「ジョズさんの優しさに泣けてくる…。」

「寝ぼけてるのか。」

「え?本音です。」

「……。」

「わ。」



急に黙ったかと思うと、ジョズさんの顔がいつの間にかダイヤモンド状態になっていた。一見ちょっとしたホラーだけど、もう見慣れたのでそうは思わない。これがジョズさんの能力なんだそうだ。

それは分かったのだけれど…何故ジョズさんはいつも、話している時に脈絡なくダイヤモンド化するんだろう?あたしがいちいち驚くのを実は楽しんでいるのだろうか。しかしせめてアクションは起こしてほしいんですが…。これって息できてるの?



「ジョズさん、ジョズさん。毎度ですがどうしたんですか?」

「ジョズ、ここにいたのかよい。」



相変わらず動かないジョズさんの前でひらひら手を振っていたその時、トン、と小さな音と共に知った声が後ろから聞こえてきた。振り返ればそこにはバナナ…じゃなくてマルコさん。



「今おかしなこと考えてなかったかい。」

「気のせいですよ。お疲れ様です、マルコさん。」

「トモエはまた昼寝でもしてたんだろ。」

「返す言葉もありません…。」

「まあ、食事中に寝る奴よりましだよい。」



…すみません、あたしそれ家でやったことあります…。勿論そんな恥ずかしい事実は黙っておくけれども、今後気を付けよう…。

それにしても、食事の席以外でマルコさんに会うのは珍しい。この人もイゾウさん達と同じく忙しい隊長さんで、初日に集まった隊長さんの一人だ。というかあれです、あの青い炎の人。



「…そう言えば、マルコさんに聞きたかったことがあるんです。」

「ん?」

「あ、でも時間がある時でいいです。ジョズさんに用事なんですよね?」

「そのジョズがこの状態だから、今聞くよい。」

「…ジョズさんのこれって、息できてるんですよね…?」

「これはただの照れ隠しだろうなァ。」



マルコさんがそう応えると、ジョズさんは今度は首までダイヤモンド化してしまった。ええ…何故…まあいつものことだからいいか。

とりあえず、わざわざ話を聞いて下さるらしいマルコさんがあたし達と同じ様に床に座り込んだので、あたしも正座に直り姿勢を正す。

…しかしあれだ、暑いのは分かるのだけど、ここの人達は肌色率が高すぎる。マルコさんもシャツ開けっぱの腹筋剥き出しだもんな…ここに来たのがハルちゃんじゃなくてよかったなあ。って思考が飛んだ。



「ええとですね、」

「ああ。」

「マルコさん、最初にお会いした時に、腕が青い炎になってたじゃないですか。あれって…死ぬ気の炎、だったりしますか…?」

「死ぬ気?」



あ、この反応は違うんだ。薄々違うだろうなとは思ってたけど、やっぱりあの炎はリボーンやボンゴレ、マフィアの関係はないんだな…ホッとしたような、ガッカリしたような。



「すみません、今のは忘れて下さい。じゃああの炎も、ジョズさんのダイヤモンド化と同じ感じで、不思議な能力ってことでいいんですか?」

「ああ、俺のもジョズのも悪魔の実の能力だ。悪魔の実ってのは知ってるかい?」

「いえ、知らないです。」

「悪魔が閉じ込められてるって謂われの果実だ。それを食べると、その実が持っている能力を得る代わりに、海に嫌われてカナヅチになる。」

「え…じゃあ、マルコさんもジョズさんもカナヅチなんですか?」

「そうだよい。」

「カナヅチなのに海賊なんですか?」

「そうだよい。」

「…命知らずここに極まれり…。」



昔カナヅチだったあたしだから分かる。カナヅチに海は本当に危険だ。今でこそ泳げるから謎だけれど、まるで体浮かないあの沈んでいく恐怖は死を覚悟する。

それなのに、陸も見えない海のど真ん中を進み続ける海賊業を生業にするとは恐れ入る。本人はそんな些細なことと言わんばかりに笑っていれけど。



「そう簡単に落ちやしねえよい。」

「それはそうでしょうけど…リスクが大きいですねぇ。」

「悪魔の実ってのは海賊と切り離せないもんだ。俺達の他にもこの船には悪魔の実の能力者はいるよい。エースとかな。」

「ああ、エースさん…。」

「うん?」

「あ、いえ。」



エースさんと言えばこの船の半裸代表だなあと…いや、それ以外にも思ったことはあったのだけど、今は考えないことにしよう。

それにしても不思議な実があるんだなあ。うん…死ぬ気の炎とか言っているあたしが言えたことじゃないんだけど…でもやっぱりファンタジー。そうか、時々船で見かける不思議現象はその能力者さん達なのか。



「ちなみに俺の能力は、動物系幻獣種のモデル『不死鳥』。」

「わっ!?」



話すマルコさんが不意に腕を広げた瞬間、ぶわっと青い光が目の前に広がる。反射的に閉じてしまった目をゆっくり開くと、そこにはいつか見た青い炎。と。



「、鳥…!」

「これが俺の能力だよい。」



大きな翼と、孔雀の羽根のような模様の三本の長い尾っぽ、たてがみ。その全てが青い炎を纏って─否、それを形成しているそのものが、青い炎なんだ。ゆらゆら揺らめく青い炎の鳥は、片翼だけでも軽くマルコさんの身長を超えてしまっているようにみえるけど、その細い嘴の上に在る、丸い縁取りの中の二つの目は、間違いなくマルコさんの目。

す、ごい。まさかの変身能力ってやつか…!ジョズさんの時もかなり驚いたけど、これまた意表を突かれた。



「これならカナヅチのデメリットも些細なものですねえ…。」

「まあなァ。」

「…意外と近くにいても熱くないですね?」

「これは再生の炎で、攻撃を吸収するだけだからな。触ってみれば分かるよい。」

「じゃあ失礼しまーす…、!?な、何ですかこの不思議な感触…!?う、わあぁ。触ってるような触ってないような、温いような冷たいような…!!」

「はははっ!」



自分の背丈以上ある鳥のマルコさんのたてがみにそっと触れれば、その未知の感覚に背中がぞくぞくした。炎に触ってるってだけでも貴重な体験だと言うのに、不思議過ぎる…!

そして鳥の姿のまま笑うマルコさんが思いの外可愛らしくて和んだ。この船、男前と美女なら不足しないけど、可愛らしい和み要員は些か少ないからなあ…。贅沢言ってすみません。船員さんが飼ってるお猿さんとかとは偶に遊ばせてもらってるけど、リボーンやレオン君を筆頭としたちびっ子や相棒ペット君達と毎日触れ合っていた身としてはやっぱりちょっと物足りなかった。これは和み分を補給するチャンス…!



「マルコさん!無礼を承知でお尋ねしますが…!」

「うん?」

「その姿に抱きついてもふもふしてもいいでしょうか…!」

「ん、んん!?あ、ああ別に俺は構わねえがよい…イゾウがいなければ…。」

「失礼します!」



何かボソボソ言いながらも了承を下さったマルコさんの気が変わらない内に、サッと細い首に加減をして抱き付く。おおう…全身を包むあの不可思議な感触…!でもやっぱり動物は動物のようだ。い、癒される…!



「幸せ…。」

「そんなにかよい…。」

「はい。やっぱり動物はいいですね。それに、知り合いも青い炎を使うので、ちょっと落ち着きます。」

「へェ。」

「そういえば、さっき攻撃を吸収するって言いましたけど、どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だよい。不死鳥の名の通り、どんな攻撃を受けても炎と再生するのがこの体だ。」

「え、何ですかそれ、完璧な守りじゃないですか。」

「守りの堅さならジョズも負けてねェよい。」



なあジョズ、とあたしの後ろに呼び掛けたマルコさんが不意に体を元の人の形に戻し始めたので、あたしは慌てて体を離す。流石に普通に良いガタイの男の人に抱き付くほどあたしは積極的なレディではありません。

それにしても、マルコさんが呼び掛けたってことはジョズさんも元に戻ったのだろうか。思ってくるりと振り返ると、ジョズさんのダイヤモンド部分はその肌から消え、お顔はいつもの肌の色。ああよかった……あれ?でも何か表情が…。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -