「よお、鷹の目。元気にしてたか?悪いな、突然。」

「何の用だ。」

「いや、別に用はないんだ。通りかかったら嵐も酷いし、島の端に一晩停泊させて貰いたいと思ってな。」

「好きにしろ。」

「助かる。つーわけでホラ、これ土産だ。…っと、お?」

「あ、お話中すみません。ワインどうぞ。ジュラキュールさんからです。」

「ああ、ありがとう。……鷹の目の娘か?」

「そんなわけがなかろう。」

「家政婦してます。」

「ああ、そうか。でかい城だもんな。名前は?」

「…巴です。」

「トモエか。俺はシャンクス。」

「シャンクス、さん。」



一目見ただけでは堅い表情をしている様に見える少女に気を遣ってのことだろう、いつもより気の抜けた笑顔で名乗った赤髪に、少女は僅かに微笑んだ。気がした。気のせいだ。

と、ワインを注ぐ横顔から目を逸らすと、意外そうな顔をしている赤髪と目が合う。何だ。



「ああ、いや。何でもない。」

「……。」

「?」



明らかに何もないような顔はしていないが、まあいい。黙ってお互いグラスに口をつけると、しげしげと顔を見比べていた少女は、ごゆっくり、と小さく会釈をして退室しようとする。それを止めたのは赤髪だった。



「トモエ、アンタも居てくれないか?」

「え?」

「おかわりいいかな。」

「あ、はいどうぞ。」



疑問を露わにする割に、頼まれれば迅速に反応する少女の従順さには呆れる。ついでに自分もグラスを差し出し注がせたが、その後またすぐ立ち去ろうとする前に、やはり赤髪が先手を打った。



「トモエはこの島の奴なのか?」

「あ、いえ、違います。」

「じゃあどっかから鷹の目に雇われて来たのか。大変だなあ、ここはいつもあんまり天気良くないんだろ?」

「そうですね、洗濯が乾きにくくて困りますね。」

「ははっ、そうだよなあ。」

「シャンクスさんは、ジュラキュールさんのお友達ですか?」

「そうだな、友達だ。」

「同業者だ。」



結局その場に佇んだまま、どちら側ともなく中間に留まる少女の発言を横から去なす。

少女は赤髪に向けていた顔をこちらに向けると、不思議そうに口を開いた。



「ジュラキュールさん、お仕事何されてるんですか?前に一回、海に出て行かれましたよね。」

「ん?」

「え?」



俺が反応するより早く、赤髪が疑問を零し、それをひろって少女も首を傾げる。

対する問いかけられた張本人である自分は、ああやはり知らなかったのかと納得して、またワインを含む。今更説明するのも面倒だと、無言で赤髪に返事を託した。



「トモエ、知らずに今まで働いてたのか?」

「は、はあ…ジュラキュールさんはあまり雑談してくれないので。」

「それにしたって、名前を聞きゃ分かるような…いやそうだったのか。」

「結局ジュラキュールさんは何をされてるんですか?シャンクスさんは同業者さんなんですよね?」

「ああ、俺は海賊をやってる。」

「………………海賊?」



どんな反応が返るのか見ていれば、少女は有り得ない言葉を聞いたように固まった。この時代、海賊なんぞ腐るほど溢れているのだ。それほど驚くことでもない筈だというのに、その反応はなんだ。



「か、海賊?海賊なんですか?」

「ああ、ついでに言うと鷹の目は七武海だ。」

「しちぶかい…?」

「知らないか。海賊も珍しいみたいだし、トモエは内陸育ちなのか?」

「…いえ。海は、割と近くに。」

「そうか。トモエの住んでた所は平和だったんだろうな。」



いい故郷を持って幸せだな、とまとめた赤髪に、少女は曖昧な笑みを浮かべて少し俯いた。…俺があまり話さないと言ったが、貴様こそ話していないことだらけではないか。赤髪には話して、俺には言う気もなかったのか。愛想笑いすら、こいつには向けるというのに、俺には。

そこまで思ったところで、また赤髪と目が合う。…だから、その顔は何だ。



「なあ、鷹の目にトモエ!よかったらうちの船で夕飯食わないか?歓迎するぜ!」

「え?」

「ここにはお前達しかいないんだろ?偶には大人数で賑やかに飯食うのも悪くないんじゃないか?」

「断る。」

「そうすっぱり断るなって!トモエだって偶には家事休んで外食だと思えばいいだろ?なっ?」

「あー…お誘いは有り難いんですけど、あたしはジュラキュールさんに雇われてる身なので…。」

「断る。」

「だそうなので、すみませ、ん…?ジュラキュールさんはなんで急にあたしの腰を掴むんですか?」

「いいじゃねえか鷹の目!お前らなんかぎこちないし、打ち解けるならワーッと大人数で飲むのが一番…ってオイオイおま、っ!」

「、っ!!?えっ…!」



中間に居た少女を半ば抱えるように引き寄せてから、座ったまま背中の黒刀を振り払う。次の瞬間、慌てて防御の体勢に入った赤髪は、風穴を空けた壁の向こうに吹き飛ばされていった。…敢えて踏みとどまらなかったということは、いちいち此処には戻って来ないだろう。



「掃除をしろ。」

「あ、え、はい…って、シャンクスさん吹き飛ばされちゃいましたよ!?大丈夫なんですか!?ていうか剣一振りで壁が吹き飛ぶとか…!いやこれ掃除レベルじゃどうにもならないですよ!!」

「あの程度、赤髪に堪える筈もない。」

「ええー…。」

「行きたいなら行け。」

「はい?」

「赤髪を探しに行きたいのなら行け。食事を共にしたいのなら、好きにすればいい。」



生真面目なこの少女にとって、俺は雇い主であり、雇い主の指示は絶対。そのスタンスで赤髪の誘いを断ったのなら、俺が許した今、行けばいい。

恐らく、少女は赤髪を気に入っただろう。それもそうだ、此処には無害とは言えない実態無き先住者と、知恵を持った狒狒、そして己を金で買った雇い主だけ。そんな居場所とも呼べぬ居場所で、笑える筈も無い。生活を保証されていても、雇用契約も無しに此処に居続けたいなどとは思える筈も無い。

赤髪の前では笑った。俺の前では笑わない。それが少女の本心だと言うのなら。




「ジュラキュールさんは何を拗ねてるんですか?」



しかし少女の返した反応は、首を傾げただけだった。あまつさえ、そんなことを言う。俺は拗ねてなどいない。



「ああ、お腹減ったんですか?掃除後にしてご飯作りますよ。」

「違う。話を反らすな。」

「というか、行かないって既に言ったじゃないですか。ジュラキュールさんは何が言いたいんですか?あたしを追い出したいなら、さっきシャンクスさんを飛ばした時に一緒に飛ばされないように捕まえておいたりしなかったですよね。あたしは此所に居てもいいんですよね?」

「……。」

「そこで黙らないで下さいよ…せめてはっきり言って下さい。男らしくないですよ。」

「悪いと言えば出ていくのか。」

「出ていきません。」

「雇われの身だからか。」

「それもあります。」

「帰る手段を持たないからか。」

「それもあります。」

「本音を言え。」

「そういうのって自分から先に言うものですよ。まあ、キリが無いので先に言いますけど、あたしはジュラキュールさんを頼りにしてるんです、勝手に。」

「……。」

「あたしには今、頼りがありません。気が付いたら知らないか世界に居て、あのオークションに捕まって、どうやって戻ればいいのか分かりません。でも、ジュラキュールさんがあたしを買ってくれましたし、あの時に首輪も外してくれて、衣食住も仕事も与えてくれました。とても感謝をしてますし、あたしが此処に居て仕事をすることでジュラキュールさんの役に立つのなら、頼りにさせて欲しいんです。」

「……。」

「…この島に来る時に、夜、海を渡ったじゃないですか。」

「ああ。」

「あの時、この夜の海に落ちたら死ぬなあって、つくづく思いました。空と海の区別もつかない、果てしない黒の中に落ちて、ぽつんと取り残されたら、絶対に死ぬなって。しかも、生死の境がたった一つの小舟だけですよ。海賊さんは慣れてて何とも思わないのかもしれないですけど。」

「呑気に舟の上で眠っていたのは貴様だろう。」

「そうですよ。ジュラキュールさんが一緒にいましたからね。助けてはもらえるだろうと思って。」

「……。」

「今だって、状況は同じです。ジュラキュールさんがいるから、あたしは自由にしています。」

「──だが、貴様は、」




貴様は、俺の前で笑わないだろう。



我ながら執念深く同じことを繰り返すものだ。だがそれが事実。そして尤も腑に落ちない。言葉ではいくらでも取り繕えるが、表情は正直だ。さあ、どう言い訳をする。



「それってさっき言ってた話じゃ…って、ああ、そういえばさっき話中断したんでしたっけ。それはですね、多分、ジュラキュールさんがあたしの名前を呼ばないからですよ。」

「……何だと?」

「ジュラキュールさんがあたしの名前を呼ばないからです。呼んだことありますか?無いですよね?そりゃあ、此処に住んでるのはジュラキュールさんとあたしだけですから呼ばなくても不便は無いかもしれませんけど、名前も呼びたくないって言われてるみたいで、ちょっと落ち込むじゃないですか。ただでさえ知らない所なのに、あたし自身が誰か分からなくなりそうで怖いですよ。だからさっき、シャンクスさんに久々に呼ばれて、ホッとしました。」

「……。」

「だから黙らないで下さいってば…。」



追い出さないなら勝手にご飯作りますからね、と、少女は腰を掴んだままだった俺の手を振り解き、ワイングラスを回収してキッチンへと向かう。

呆気ない真相を聞く以前に、俺の体は少女を引き留めていたのだ。いや、赤髪の所へ行きたいなら好きにしろと言った段階でも、掴んだままだった。少女が俺に対して拗ねるという言葉を使った理由を今更呑み込む。俺は一体何がしたかったんだ。

だが、すべきことは分かった。早々と部屋から去った姿を追ってキッチンに向かえば、いつもの後ろ姿。すぐに振り返った少女は、思い出したように口を開く。



「あたしが出て行かない理由ですけど、もう一つありました。今出て行ったら、ジュラキュールさんの食生活が心配です。もういいお歳そうなんですから、好きな物だけ食べてたら体壊しますよ。」

「ならば今まで通り、貴様が食事の管理しろ。…トモエ。」

「はい。」




今度こそ見えたこの満面の笑みを、気のせいなどとは誰一人にも言わせはしない。




:その声で



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