「気になってたんですけど、あのかたつむりはペットなんですか?」

「今日、城の上をでっかい鳥が飛んでいったんです。ヘリコプターくらいあったんですよ。」

「海に牛がいてびっくりしました。しかもホルスタイン柄です。水牛?いや…海だから海牛…?」



こんな風に、毎日食事の時、少女は今日見たもの、驚いたものを報告をした。

此処に来てから数日経った今、少女はタイミングは窺うものの、全く気後れせずに言葉を紡ぐ。喧しくもなく、怯えた様子もないのはこちらも気楽だ。仕事も、本来なら居るべきでない城の住人の協力を得て捗っているようで、目に見えて城は古いなりに綺麗になっていった。

首輪を外した後も、逃げ出す素振り一つなく着いて来た少女は、城でも不審な行動はない。まず、電電虫すら知らなかったのだ。一体どこからオークションまで連れて来られたのか謎だが、兎に角、見張る必要はもう無いだろう。そろそろ海に出るか。



「明日から海に出る。」

「はい、お出かけですか?」

「暫く戻らない。」

「…ちなみに、どのくらいでしょうか。」

「さあな。」



海賊は海にいるものだ。此処に戻るのは気が済んだらか、気が向いたらか。少なくとも、今まではどちらかだった。

そして今回もそうだろうと、海に出て数日。いつもなら何の気がかりもない、自分の住処が気にかかった。

元々、人が訪ねるような土地ではない。狒狒達もいる。あの少女が何か不利益なことをするようには思えない。人を雇ってまでの望み通り、帰れば手入れされた城が出迎えるだろう。

だと言うのに、一度の航海にはあまりに短い日数で、俺は戻って来てしまった。気が済んだかと言えば微妙なところだが、気が向いたと言えば正にその通りだった。それどころか、常に気が向いてたと言っていい。自分以外の人間が居るのが、ここまで気にかかるものだろうか。考えながらも足だけは早まる。



「……狒狒がいない。」



俺の姿を見れば逃げる、あの狒狒の形が見当たらない。いつもならこの辺りを彷徨いている筈だが、今は気配も無い。

もしや、と良くない予感が頭を掠め、更に足を早めた。城に近付くにつれ、獣の気配を見つける。…1、2、3、4……裏手だ。裏手と言えば、あの少女が洗濯なり何なりで使っている水路が──



「あ、お帰りなさい、 ジュラキュールさん。」

「……。」

「どうしました?何か急いでたみたいです、けど…。」

「……。」

「…わ、忘れ物でも?」

「何故狒狒らがそこに居る。」



そして何故、楽しそうにたむろって御手玉遊びに興じているのか。そう尋ねた少女の手の中にも、御手玉に見立てた丸い石が三つ握られていた。その周りに大人しく座り込んでいた狒狒達は、俺の姿を見て引き腰になるも、武器も握らず石だけを胸に寄せている。



「あー、えっと、仲良くなったので、みんなでお手玉の練習をしてました。」

「…仲良く?」

「は、はい。ほら、ジュラキュールさんいないと、食料がそんなに減らないじゃないですか。だから、悪くなりかける前の食材とかを、窓から投げてあげるようになったんですよね。で、ジュラキュールさんが物覚えのいい狒狒だって言ってたのを思い出して、試しにご飯をあげる前にお手玉を見せてからあげるようになったら、上手に真似するようになって。」

「……。」

「餌付けの効果はあったみたいで、近寄っても暴れたりはなくなったので、偶にこうやって一緒に遊ぶように…」

「……。」

「……し、仕事はちゃんとしてますよ 。」



応えない俺が怒っているとでも思ったのか、珍しく上目にこちらを見る少女の姿を、頭から爪先まで眺めて、一つの怪我もないことを確認する。

無事ならいいのだ。無事だったのなら、いい。

そう口に出すのは何か躊躇われて、黙って低い頭に手を置いた。何だ、結局俺は、この少女が心配だったのか。何故か固まる少女の髪をかき混ぜ、それから整えるという無駄な一連の動作をしてから、顎に手を当て上を向かせる。ただでさえ丸い目を更に丸くした瞳が、その中に俺を映した。



「俺の不在に危険を冒すのは止めろ。」

「す、すみません…。でも、今はもう危険はないので、偶にこの子達と遊んでもいいですよね?」

「…何故コイツらがいいんだ。」

「いや…ジュラキュールさんがいないと、まともに構ってくれる人がいないので…。」

「…お前の言う、城の先住者とでも話していればいいだろう。」

「そう簡単に言いますけどね、決して性格の良い無害な人達ばかりじゃないんですよ。場合によってはこの子達より危ないんですから。」

「……。」

「あの、それは兎も角、顎を放してもらえると嬉しいんですが…。く、首が痛い…。」

「…食事の用意をしろ。」

「はい。」



望み通り顎を解放してやれば、少女は髪を撫でつけてから首を回し、一番近くにいた狒狒の頭を撫でて手を振る。それが別れの合図だと躾たのか、狒狒達も同じく手を振って城下の森へと走って行った。

力でねじ伏せた俺とは対照的なものだ。女だからできる術だな…と、城の中へと戻る少女の背中に続けば、ふと一つの事実に気がつく。




「改めまして、お帰りなさいジュラキュールさん。今日は何が食べたいですか?」




餌付けされているのは、俺もなのか。




:二人の食卓



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