「おいトモエ!!じっとしてろ!お前には当てねェから!!」

「さ、サッチさん!!ちょっと待って下さい!大人しく帰ってもらえるように宥めてみますから!!」

「宥めるゥ!?」

「てめえサッチイィ!!!巴に何してやがるぅあぁあ!!!!」

「えっ俺!?その殺気の矛先俺なの?」



どうやら母船の方からの殺気はイゾウさんだったらしい。二人が海を挟んで怒鳴り合って…いやイゾウさんが一方的に怒鳴っている間に、何とか大人しくこの亀には帰ってもらわないと…!

とりあえず規格外に大きい亀の首に乗っていたあたしは、いつもエンツィオ君にするように頭を撫でて、亀の耳だという場所に顔を寄せて囁いた。エンツィオ君は頭が良いから言いたいことがちゃんと伝わるんだけど…ええいダメ元なんだから何でもやってみるしかない!



「あのね、人間食べてもきっと美味しくないし、あたしも貴方が殺されちゃったら嫌だよ。大人しく海に戻ろう?ね?」



…聞こえているのかいないのか、亀はピタリと止まったままだ。まあ普通に考えて、説得じゃ無理だよなあ…飼われてる爬虫類ならまだしも…。

最悪振り落とされることも想定に入れつつ、誠心誠意だけは込めて頭を撫で続ける。すると今まで殺気のせいか固まったままだったその頭が、徐々に下へと下がってきた。

あ、これ今降りないと危ない?でも今避けたらこの亀攻撃されちゃうんじゃ…。

そんなこんなで迷っていると、不意に亀の鳴き声が響いた。思わず体が強張るけれど、それはさっきみたいな雄叫びではなくて、喉を鳴らすような短い響きだったので、黙って様子を窺う。



「わ。」



ざば、とやっぱり大きな音を立てて、亀の体の大半が海の中に沈んだ。けど、やっぱりその動きは穏やかで、あたしの乗った頭と首は海から出たまま。亀はそのままゆっくり動くと、サッチさんが飛び移った方の船にそっと首を差し出した。

つ、伝わった…!そしてなんて優しいよい子なんだ…!!エンツィオ君と間違ったのも頷けるよ!!

感動しながらも首を伝って、サッチさんや船員さん達がざわめく甲板に降り立つ。離れていく頭に手を伸ばせば、彼は一度手のひらに鼻先を押し付けて、静かに海の中へと潜っていった。静かに、と言ってもあれだけの巨体が海に沈めば波は荒立つ。グラグラ揺すられる船が漸く落ち着いて、あたしは肩を掴んでいてくれたサッチさんを振り返った。



「聞き分けのよい子でよかったですね。」

「いや…いやいやちょっと何?トモエって実は人魚なの?」

「はい…?いきなりなんですか?あたし足ありますよ。ほら。」

「そうだよなあ、こんなハツラツとした足が…。」

「撫で上げないで下さい。」

「サッチィイ!!!!」



ああ、亀の帰還に一時黙ってらっしゃったイゾウさんが向かいの船からまた叫び始めてしまった。

どうするんですか、という目でサッチさんを見るけども、我関せずの笑みでスルー。そんなことをしている間に、イゾウさんは遂にこっちの船に飛んできてしまう。



「巴!!無事か!?怪我してねえだろうな!?」

「だ、大丈夫です。ご心配おかけしました。」

「サッチの手は俺が吹っ飛ばしてやるから安心しとけ…。」

「全く安心できません!イゾウさん落ち着いて!」

「つーか、やっぱりトモエは戦闘経験あるのか?」

「サッチさん、自分の話なんですからもうちょっとどうにかしようとして下さい。戦闘経験って言うと物騒ですけど…最低限、自分の身は自分で守れるようには鍛えてます。」

「まあそれは驚きやしねえが…巴、お前は海獣と話せるのか。」

「あれが海獣なんですかー…となるとエンツィオ君も海獣ってことに…って、え?いやいや話せませんよ!そんなソロモンの指輪もないのに!海獣も初めて見ました。」

「じゃあ何で攻撃を止めた。」

「や、知り合いのペットに似てたので…。」

「あんなでかいペット飼ってんの?」

「スポンジスッポンって言う種類で、水を吸うと際限なく大きくなるんですよ。」

「へーそんな卑猥なスッポンまだ見たことな」

「呑気に話してんじゃねえ!!!それで宥められなくて喰われちまってたらどうするつもりだったんだ!!あァ!!?」

「人の言葉を遮んなよ。」



いや、寧ろ今のは遮ってオッケーな言葉でした。グッジョブイゾウさん。

なんて軽々しく言える状況ではない。般若イゾウさん再臨のお知らせです。今回もまたあたしを心配してのお叱りだからそこまで恐くはないけれど、返答は慎重且つ虚言を含まないものを選ばなければ。



「心配おかけしてすみません。混乱してたとは言え、考え無しだったとは思います、けど、船に攻撃したわけでもないですし、多分あの亀も反射的に食い付いちゃっただけだと思ったので、殺してほしくはなかったんです。」

「…自分が喰われてもか。」

「食物連鎖なら仕方ないかなあなんて…いや、正直に言えば、食べられる前に多分誰かが助けてくれるだろうって勝手なことを思ってたからですね。本当にすみませんでした。」

「おいおい、そこは謝ることないだろ。」



たとえお前がそう思わなくても、みんな助けたに決まってるからな、とサッチさんは肩に置いたままだった手を腕ごとあたしの首に回して引き寄せる。

それをイゾウさんが一拍も置かずに引き剥がすので、船の揺れは止まったというのにあたしの体は二人の間でぐらんぐらんに揺れていた。ちょ…波より酔いそうなので止めて下さい…。



「てめえは巴にベタベタベタベタ触るんじゃねえよ!!!」

「何つーか、海獣と心通わせるわけだな。」

「遂にスルーですかサッチさん。」

「イゾウこそもうトモエ叱るの止めろって。頼られてなかったわけじゃねーんだし、拗ねんな拗ねんな。」

「拗ねてねえ…!」

「イゾウさんはあたしの性格の難有りなところを突っ込んでくれてるだけなんですよ。お願いしていたので。」

「トモエのそういう一部鈍感が行き過ぎて辛辣なところが可愛いと俺は思う。」

「はあ…。」



サッチさんは時々わけの分からないことを言うよなあ…。でも何故かイゾウさんがブツブツ言いながらも怒りは鎮まったようなので結果オーライ。後でお礼を言っておこう。

…というか、あたし達は今何をしてたんだっけ?



「で、お前らは何してたんだ?サッチは仕事しろ。」

「トモエが船の全形見たことないって言うから、見せてやろうと思ってな。ほら。」



ああそうでした、と思っている間にサッチさんにくるりと体を方向転換されて、あたしは漸くさっきまでいた母船の方に目をやった。

そして息を飲む。さっきの亀も、海獣というか怪獣でしょうと突っ込みたくなる大きさだった筈なのに、これは。




「………すごい…。」



鯨だ。白い鯨。

今まで乗っていて気付かなかったけれど、船首の部分が足場のように広く、鯨の頭になっている。その大きさはもう言い表す言葉もないけれど、まさかの鯨船。確かに、世界一の大海賊に相応しい船首だ。そして何か顔が可愛い…あっ、じゃあもしかして今乗ってる船も色は違うけど鯨船?あの不思議な空間は同じ船首か!



「俺達の自慢の家だ。ここに住んでる奴ァみーんなトモエの味方だぜ。頼もしいだろ?」

「……はい。」



何だかんだ、結局サッチさんにも世話を焼いてもらっている。

色々考えてしまわないように、ひたすら船の中を練り歩いたり仕事を手伝ったりするあたしを、いつも一人にしないように構い倒してくれていること、一応、知ってるんですよ。



「サッチさん、ありがとうございます。」

「惚れ直してくれたら俺のことをサッチお兄ちゃんって呼んでいいぜ?」

「呼ぶな巴!!!それだけは俺が許さねえ!!!」

「何でそんなに…いや呼びませんけど。」

「呼べよう、そこは呼べよう〜。」



後ろで般若顔になって銃を構えてるイゾウさんがいなければ冗談の範囲内で言ったかもしれませんが、命が惜しいので適当にあしらわせて下さいすみません。


その後、母船に戻ることになり、流石にこの低い位置から背の高い母船に戻るのは難しかったので今度は抱えていってもらうことになれば、そこでまた二人が揉めていた。

キリがないのでジャンケンで負けた方に抱えてもらうことにすると、グーチョキで負けたのはサッチさん。正直、連れて来てくれたのはサッチさんだったので、イゾウさんが負けなくてよかった。最近、修練してないから太ってきてる気がするんだよね…。

しかしこれだけの体格差、そしてこれだけの船で隊長格なだけある。もうそれは軽々と跳んで下さった。やっぱりヴァリアーの皆様を思い出すわ…。まあ、それは兎も角、



「はい、到着。」

「色々ありがとうございました。」

「なんのなんの。」

「でもお仕事はちゃんとして下さいね、サッチお兄ちゃん。」




鬼の居ぬ間に何とやら、イゾウさんが後から跳んでくる前にさらりと呼んでみると、サッチさんは何故か無言で膝から崩れ落ちた。何故。

え、本当に何故?顔を覗こうとしても、四つん這い状態で見えないし…まさか、あたしがお兄ちゃんと口にするのが似合わなすぎてツボったの?これ。



「…何してんだコイツは。」

「イゾウさ……イゾウお兄ちゃん。」



試しに後から跳んできたイゾウさんにも言ってみれば、全く同じ反応だったのでどうやらそういうことらしいですすみませんもう言いません。もう言いませんから、早く起きてくれませんか。隊長さん二人を跪かせてる小娘とかどんな絵面ですよ!!



「馬鹿息子共がいやがるなァ。」

「笑ってないで助けて下さい、エドワードさん…!」








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