「…あれ、なんでジュラキュールさんが横に…。ああ…昨日お邪魔したんだっけ…。」
「しまった…壁側な上に抱き枕にされてる…。」
「ジュラキュールさん、すみません、ちょっと腕を…ジュラキュールさーん、二度寝してもいいですから、ちょっとだけ起きて…」
「ていうか何で半裸で寝てるんですかね!仮にもあたし年頃の娘なんですけど…!それ以前に、あ、暑い…!ジュラキュールさん体温高っ…て、ちょっ…更に密着しないで下さい暑い!!」
「っ〜〜…こ、こうなったら…」
「お頭ー!!鷹の目が来ました!!」
「おっ、来たか。おはよう鷹の目。昨日は停泊させてもらって助かった。」
「礼をする気があるのなら、貴様の船大工を借りたい。」
「ああ、いいよ。昨日空けた穴、塞がないとだろ?…それはいいんだけどさ、」
「…何だ。」
「その額はどうした?」
「うちの使用人は起こし方が粗いのでな。」
「だからすみませんって言うか今日のはジュラキュールさんが悪いです。」
「お?トモエもいたのか!小さくて見えなかったよ。」
おはよう、と俺の後ろを覗き込むように挨拶をした赤髪に、おはようございます、とトモエも丁寧に挨拶を返す。
が、実際はその挨拶をするには遅すぎる時間だ。曇天の空では日の傾きは分かりにくいが、とっくに正午は過ぎている。俺としてはいつも通りの時間だが、毎朝日の出と共に起きるトモエにはそぐわない挨拶だ。何故かと言えばそれは、寝過ごしたがらに他ならない。
トモエの起床の妨げの原因であった自分は、最終的には投げ飛ばされたらしく、目覚めた時には床にいた。
「怪我とか大丈夫でしたか?吹き飛ばしておいて、修理をお願いするなんて本当に申し訳ないのに、こんなゆっくり出向いてしまって…。」
「気にすんなって!それより鷹の目とは打ち解けられたか?」
「今度は船ごと吹き飛ばされたいか。」
「ジュラキュールさん!人にものを頼む態度じゃないですよ!」
「船長、その嬢ちゃんは鷹の目の母親が何かか?」
そう言って赤髪の後ろから物珍しそうに近付いてきたのは、この船の副船長、ベン・ベックマン。その冗談に乗って肯定する赤髪に、トモエはしっかりツッコミを入れる。
「いやまさかでしょう。使用人の巴です。昨日は皆さんの船長さんにご迷惑をおかけしてすみませんでした。これ少しですが食べて頂けると…。焼き菓子です。」
「しかもなかなかできた母親だな。」
「だなあ。」
「違いますから!産んでませんから!」
「人の物で遊ぶな。」
「物でもないですから!」
キレの良いツッコミを楽しむ二人に、遠巻きに和み始める船員達が癇に障る。さっさと話を進めるよう睨つければ、「ジュラキュールさん、目。」と、すかさずトモエに咎められた。解せない。
「よし、じゃあさっさと直して、今日こそ一緒に飯食おう!頼むぞお前達ー。」
『おお!』
「貴様まだ言うか。」
「まーまー、いいじゃねえか。」
「献身的な女ほど、ちゃんと労わないと捨てられるぞ。」
「いやそんなに疲れてませんよ!」
「嬢ちゃん、好きな食べ物は?」
「え?あ、プリンです。」
「プリンだってよ〜かわいいなあ。」
「俺もプリン好きだぞ。」
「お前は別に可愛くねえ。」
「コックー、デザートはプリンなー!」
「ういー。」
「えっ、これ話進んでる感じですか。いいんですかジュラキュールさん。」
「………。」
戸惑うトモエと沈黙する自分を余所に、赤髪の船員は各自動き出す。こうなってしまえば、拒絶する方がよほど面倒なのは明らかだ。
諦観が這い寄るのを感じながら、斜め下に向けた視線の先には、困惑しながらも微かに輝く茶の瞳。
思わず隠す気もなく溜め息が漏れた。昨日までの己に言ってやりたい。歳不相応な落ち着きを持ち、見えざるものを見るこの変わった使用人は、意外にも単純であるのだと。
「あからさまに餌につられるな。」
「…人が作るプリン食べるの久しぶりなんですよ!すみませんね!」
あまりに普通の少女であると。
:非日常の非日常