藤次郎さん、は、多分覚えていてくれている。片倉さんも、きっと。上杉さんは、疑ったら神罰が下りそう。かすがさんは、上杉さんが居る限り。慶次さんは、この間会ったばかりだし。前田ご夫婦は、どうかなあ。南部さんも、ちょっと自信がない。風魔さんは、たった今別れたばかりだし、これで忘れられたら流石に切ない。

で、松永さんは、絶対に忘れているだろうなあ。清々しい程に、すっかりさっぱり。また何かの間違いで会うことがあったとしても、きっと初対面の挨拶を交わすだろう。

やっぱり、あの人に預けてよかった。ささやかな暗示のようなものだけど、松永さんはどういう形であれ、手に入れた物は軽い気持ちで大事にするし、捨てる時は灰になるまで全力で棄てる。そういう人だ。奥の間に居たお姉様方に聞いたので、間違いない。

あの極端な性格なら、たとえ、手に入れた記憶が消えてしまっても、きっと。





「巴殿!!」



真田さんが覚えていてくれたのは、驚いたけど嬉しかったなあ。つくづく、甘味の力ってすごいと思う。願わくば、悪い記憶で上塗りされませんように。

こんなに、いい人だ。藤次郎さんみたいに、誠実で、真っ直ぐな人だ。……いや、まあ、性格自体は大分違うけども。藤次郎さんは破廉恥過ぎで、真田さんは恥ずかしがり過ぎなんだよなあ。うん、心根が似てるという意味で。




「……。」




似ていると言えば、猿飛さんと片倉さんもか。忍者と家臣、立場が違えど、忠義っぷりは同じくらい強い。こちらも性格は真逆だけども、尽くし型で苦労性なところはそっくりだ。いつ過労で倒れることかとひやひやしてしまう。

だっていうのに、もはや職業病。二人揃って世話焼きで、お気遣いが半端ない。それはまあ、いつでも主君の安全を確保する為が故の視野の広さなんだろうけど…なんかそういうの抜きで、根本的にお母さん体質なんだと思う。二人共、ご飯は美味しいし、細やかな気遣いが行き届いた家事…もとい、お仕事をされるし。何だろうなあ…ルックスは文句無しの素敵な男性なんだけど、それを上回る圧倒的お母さん感。

だから甘えてしまうのか。そして色々、迷惑をかけてしまうんだ。こういう人達にとって、あやふやな自分の存在が、いかに面倒か、厄介か、もうとっくに解っているのに、また繰り返す。




「……けばいいだろ。」

「…佐助?」

「泣けばいいだろ!!辛いなら!!」




そうやって叱るから、誰かの為に憎まれ役を買って出るから、お母さんって言われるんですよ、猿飛さん。

ああ、でも。




「泣けませんよ。」



ぽつり応えた言葉に、その綺麗な顔が更に凄みを増す。かすがさん然り、美人の怒った顔は迫力があるなあ。って、そんなことを考えている場合じゃなくて。



「人に、あげてしまったので。」

「……それは、どういう意味でござろう。」

「涙を、貰ってもらったんです。もう、泣かないように。」



猿飛さんを抑えるように、代わりに問いかけた真田さんだけど、その顔は猿飛さん以上に強張ってしまった。

解っている。こんな事は、たとえ冗談でも、間違ってる。まともな発想じゃない。

でも、どんなに馬鹿らしい独り善がりでも、生きていく為に必要なら、あたしは、




「じゃあ、今度こそ殺してあげようか。」



言うが早いか、部屋の中の影という影が吸い込まれていく様な、異様な感覚に陥る。ああ、これは知っている。これは、この長期滞在の発端になったあの日、猿飛さんと対峙したあの時、嫌と言うほど味わった。



「佐助っ…!」

「旦那、悪いけど、好きにさせてよ。」



猿飛さんの闇の婆沙羅は、正に影分身の術だ。そっくりそのまま、猿飛さんの姿形を象った影法師は三体。内一体と、猿飛さん本人は真田さんを抑え、残った二体が目の前に。

体の線と一体化する影色の武器の刃が、頬を掠めていく。たった一つの瞬きの後、二体がかりの刃は鏡合わせに、大きな鋏の様に首を捉えた。



「そんなこと言うならさ、もう、いいよ。痛みから来る生理的なものでも構わないし、死に際の絶望でもいい。涙を人にあげたなんて、痛い発言したことを、閻魔様の前で、精々泣きながら懺悔しなよ。来世は、もっとまともに生きられるように。」



口調は軽くても、気迫は真田さん以上に含んだ言葉に、ああそうだよなあ、と納得する。

猿飛さんは、強い人だ。覚悟のある人だ。かすがさんも、風魔さんもそうだった。でも、猿飛さんは、人の為に生きる人だ。怒るのも、笑うのも、憤るのも、みんな誰かの為だった。今、この時も。



「……止めろよ、何でいっつも、そういう顔するんだ。」



本体の猿飛さんは、自分に背を向けている筈なのに、まるで目の前に居るかのように、心底嫌そうにぼやかれる。
あたしは今、どういう顔をしているんだろう。分からないけど、猿飛さんの望む反応じゃなかったことだけは確かだ。



「奥州で、片倉さんに殺されかけたことがあるので、それに比べたら、どうしても恐くないですよ。」

「…違う。」

「真田さんが、黙って殺させるようなことはしないでしょうし。」

「違う。」

「猿飛さんも、本気で殺そうとしてませんから。」

「違うってば。」

「違いますか。」

「アンタはさ、俺がアンタの為を思って、こうやって怒ったり脅したりしてると思ってるんだろうけど、違うって。本当にさあ、お人好しの考えだよね。俺はさ、ただ、ムカつくんだよ。普通の癖に、普通じゃないことばっかりするアンタの態度が、鼻について鬱陶しいんだ。可愛げがなくて嫌いなんだ。せめて涙でも見せれば、ただの女の子だなって、嘲笑って済ませられるのに、よりにもよって涙をあげた?戯言もいい加減にしろよ。そんなんじゃさあ、流石の俺様も怒るに決まってるでしょ。」

「違いますよ、猿飛さん。」



模倣するようになってしまった言葉は、我ながら感じが悪い。これじゃあ、鼻について当然だ。嫌われる筈だ。

ああ、申し訳ないけど、言わなきゃなあ。
きっとこれは、猿飛さんが嫌々ながらも、あたしに見せてくれたものだから。



「猿飛さんが、あたしのことが嫌いなのは、最初からです。鼻につくとか、可愛げがないとか、そんなことじゃ、その鍛え抜かれた冷静さは揺れません。猿飛さん、貴方が、本当に怒ってるのは、」




許せないのは、




「あたしが、貴方に憧れている事です。」







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