*ヴァンパイアガール巴
「巴は吸血鬼なんだよな?」
「うん。え?うん?今更?」
「今更ってのもおかしいと思うけどなー。」
「そう?山本君は野球好きだよねって改めて聞くようなもんだよ。」
「ああ、そりゃ今更。」
ひょんなことから、ツナと巴が吸血鬼だと知って、あっと言う間に一年近く過ぎた。けど、相変わらずツナはツナだし、巴は巴で、毎日は続く。
なんかなー、実感が湧かないんだよな。そんな事に今更気付いた夕暮れ時、巴はやっぱり巴のままで、縁側の窓際、季節限定カボチャプリンを食べている。
「それより、わざわざうちまでお裾分けに来てくれてありがとう。このカボチャプリンおいしいね!どこに売ってた?」
「うちももらい物だからなー。つーか、分かった。」
「うん?」
「巴ってさ、人間の血とプリン、どっちが無くなったら困る?」
「プリン。」
「だよな。そこで即答するから、吸血鬼って感じしないんだよなあ。」
「あはは、吸血鬼な感じがしたら大変だよ。」
即引っ越ししなきゃ。と言われれば、それは困るとしか返しようがない。まーなあ、アピールするもんじゃないだろうけども。
「でも、血飲まなくても生きてけるのな、吸血鬼って。意外だった。」
「最低限の栄養は普通の食事で足りるよ。一応ね。」
「巴は血吸いたくならないのか?」
「血が吸いたくなったらプリン食べてるから…。」
「だからプリン好きなのな。」
「そういうこと。」
「ツナは?」
「ツナはそもそも血を吸う度胸がないしなあ。」
「度胸…」
「襲う度胸も、交渉する度胸もないってこと。まあ、それはあたしもだけど。」
「そりゃそうだよな。噛みついたら、相手も吸血鬼になるんだろ?」
「いやいや、それゾンビ。」
「ん?違うのか?」
「え、本当にそう思ってた?よくその認識で今まで普通に一緒にいたね…。」
「言われてみればそうだなー。」
「山本君は大物になるよ。」
「ははっ、サンキュ。」
しっかし、血を飲まなくても生きていける、噛んでも吸血鬼にならないって、それは人間と全く変わらないよなー。いよいよ吸血鬼の定義が分からなくなってきたぞ。肌だって青白いってほどでもないし、牙だってパッと見、八重歯と変わらない。
カボチャプリンの最後の一口、それをパクリと口にしまう横顔をガン見していると、夕暮れに陰る巴の顔が、こっちを向いて不意に笑った。
「吸血鬼に噛まれても、噛まれただけじゃ吸血鬼にはならないよ。血を吸われても、一定量までなら吸血鬼にならない。一回に吸う量にもよるけど、一応吸血鬼界の暗黙のルールとしては、大体三回吸われたらアウトかな。」
「…へえ。それじゃ、巴達がどうしても血が必要な時は、二回までなら俺の血を吸っても問題ないって事だな。」
「それ、獄寺君も言ってたなあ。」
「獄寺の血は吸った事あるのか?」
「ないない。あ、ツナもないよ。山本君も、お気持ちだけ頂くよ。」
「別に遠慮しなくていいぜー。」
「いやだってさあ…例えば目の前にプリンが一個あって、でもスプーン半分しか食べちゃいけないってなったら、結構な生き地獄なんだよね。」
「あー。」
「だから、吸わないよ。生まれてこの方、殆ど血を吸ったことないんだもん。加減に自信がないよ。」
現代社会に生きる若手吸血鬼の問題なんだよね。なんて、まるでニュースの特集みたいな言い方に、ちょっと笑えた。吸血鬼社会じゃ、割と深刻な問題なのかもしれないけど、でも。
「なら、本当の本当にヤバい時は、小分けにしないで三回分まとめて吸ってくれよ。」
多分、これも獄寺が同じこと言ってそうだな。あいつが聞いたら、真似すんな!って怒り出しそうな気もするけど、ツナに一人、巴に一人で丁度いいだろ。いざって時に二人で一人分じゃ、足りるのか分からないしなー。
巴もツナも、吸血鬼って感じがしない。それはきっと、そう感じさせないくらい我慢してるからだ。たとえ血を吸わなくても生きていけるとして、『吸いたくならない』わけじゃない。巴は言った。『血が吸いたくなったらプリン食べてるから』って。
その欲求が、どれくらい強いものかなんて、人間の俺には分からない。巴がさっき喩えたみたいに言うなら、俺が野球したくてもできない感じなんだろうか。きっついなあ。
だって言うのにさ。
「吸わないよ。山本君は、人間だから山本君で、あたし達はそういう山本君が好きだから、血は要らない。どちらかと言うと、プリンの方が嬉しい。」
なあ、そういうのってホンマツテントウって言うんじゃなかったっけか。らしいっちゃらしいけど、吸血鬼的にはそれでいいのか?…いいのか。巴だもんな。
微かに残る夕日の色が、笑う巴の鼻先を掠めて落ちていく。そろそろ巴が帰りを促してくる時間だ。夜はオバケの時間だから、フラフラしてちゃいけないよ、って。
「今日はありがとう、ごちそうさま。暗くなる前に帰らないとね。」
「そんなにウジャウジャいるもんなのか?オバケって。」
「う〜ん、最近のオバケは上手に紛れてるから。」
あたし達みたいにね、と、曖昧に首を傾げてみせる巴につられて、何となく首を傾げてみる。確かに、吸血鬼がみんな巴達みたいだったら、判らないかもしれない。
「だから、いざという時の為に、三回分は取っておいて欲しいんだよ。うっかり吸血鬼になっちゃいましたーとかになったら、流石に責任感じるもの…。」
「そこは責任とって婿にもらってもらわないとなー。」
「ええー。あたしが好きなのは、人間の山本君だからなあ。吸血鬼になったら嫌いになるかもよ。」
「ははっ、ないない。」
「それ自分で言っちゃう?」
「俺が吸血鬼になっても、巴もツナも恨んだりしないからな。それと同じだろ?」
問いかけにもならない問いかけに、そうだねって、いつもみたいに呆れたように笑って、頷くのかと思ってた。
隣を見れば、もうすっかり暗闇に染まった横顔の端に、ツナよりも少しだけ長く見える睫の影が、静かに下を向いている。
「山本君は、そう思ってくれるいいヒトだから、そのままでいてくれなきゃ、嫌だよ。」
なあ、そんな顔、するなって。
俺はさ、吸血鬼になって、お前達と一緒に生きてみるのもいいなって、思ってるんだけどなあ。
「じゃあ、気を付けて帰ってね。また明日、学校で。」
「…ん、また明日。」
また明日も、同じやり取りが続くんだろう。終わりの見えない根比べだ。勝敗のルールも定かじゃないし、どっちが正しいのかも分からない。
けど、まあ、兎に角、
「また明日な。」
また明日、がある内に。人よりずっと歳を取る速度が遅い巴達が、人の世界に紛れる為に、姿を眩ますその前に。
その時、俺も一緒に行けたなら、それが勝ちって、言えると思うから。
「…まだまだ。」
まだまだ、諦めるなんて言えそうにない。し、やっぱり吸われるなら、巴がいい。
境界線をなぞる
2016Halloween