「うん、悪いけど、丁重にお断りしとくよ。そんなことしたら、あたしまでビアンキさんの殺しの対象になっちゃうし。」



そうです、問題はさっきのビアンキさんです。リボーンの四番目の愛人こと、殺し屋のお姉さん。

どうやら、今の彼女はリボーンを取り戻す為、ツナにのみ殺しの意識が向いているようだけど(あたしも缶ジュース投げられたけども…)、あたしが冗談でもリボーンの愛人になりました〜、なんて言ったら、あの人は全力で例のポイズンクッキングをかましてくるに違いない。ほんの数分しか顔を合わせてないけど、それでも断言できる。あのお姉さんは本気だ。リボーンへの気持ちも、ツナへの殺意も。

淀み一つ無かった、綺麗な瞳を思い出すと同時に、体に悪そうな謎の湯気も思い出して背筋が凍る。あんなもの食べさせられるのだけは、絶対御免被りたい。この広い世の中で、女の嫉妬程怖いモノって少ないと思うんですよね。そういうわけで、この話はここでおしまい…

と、頭を切り替えようとした、その時。



「解ってねーな。」



ゴリ、と冷たく堅い物が眉間に押しつけられ、思わず固まってしまった。そのまま視線だけを上げると、そこにはいつも通りの可愛いお顔──と、その手前に、無機質な黒。

触れる皮膚から伝わる冷たさ、微かに香る煙の匂い。…あれ?これってまさか。



「お前に拒否権はねー。俺の女になるか、断って撃ち殺されるか、二つに一つだ。」

「いや、え!?なんで銃まで出すの!?」



まさかのほんとに銃だったー!!っていうか、今のは銃を出すような話題だったっけ!?いやいやいや!

パニックになりながらも、体は反射的に降参のポーズをとる。が、銃が離れることはない。寧ろ、よりがっつり押し付けられている気がする。なんで!?



「待った待った待った!なんでこうなるの!?そもそもリボーン、もう愛人四人もいるんでしょ?さっきのビアンキさんも凄い美人だったし!」

「質問をしてるのはこっちだぞ。」



至極まっとうな疑問を口にしているだけなのに、返ってきたのは、カチリと掛け金を下ろす音。容赦ない理不尽さに冷や汗が滲むのを感じつつ、その躊躇いのない滑らかな指の動きに、妙に冷静に納得してしまった。


ああ、分かっていたけど、分かっていたつもりだったけど、この人は紛れもなく、あたしが思っている以上に、『殺し屋』なんだ。




「おい、巴、リボーン、昼飯だって……って何してんだお前ら!!?」

「…!!」



異様に張り詰めた空気は、気の抜けたツッコミによって破られた。や、ただいつものように、ツナが昼ご飯に呼びに来ただけなんだけどね。それでも今は救世主だよ!!



「助かった…!」

「は!?いやだから何してんの!?」

「チッ……別に何もしてねーぞ。」



いやいや舌打ち!と、つっこむ気力は流石にない。それでも額から銃が離されれば、長い長い溜め息が零れた。脅しておいて、何もしてないっていうのはどうかな…。

まあ、いいか…とりあえずは命拾いをしたようだし。しかし念の為、また何かあった時にはツナを盾にすべく、近くに寄っておく。嫌な予感を感じ取ってか、思いっきり後退りされたけど。こういう時ばっかり勘が鋭いんだから。



「何もしてないって、何かしてたろ明らかに!」

「や、うん、してたんだけどね。まあいいから、早く下行こう、下。ね、リボーンも行こう。」



兎にも角にも、早急にやらなきゃいけないことは二つ。再びあの妙な雰囲気に飲まれないようにする事と、密室から逃れる事だ。銃が離れたとは言え、さっきの今で逃げ場がないのは怖すぎる。ついでに盾こと救世主ことツナに逃げられないように、訝しげにするその背中をさり気なく掴んで、努めて自然に退室を図った。

けど、どうやらそう簡単に済む状況じゃなかったらしい。
何の前振れもなく、ダン、という音がして、不意に視線を斜め下に下ろせば、平らな壁に小さな穴が一つ。丁度あたしとツナの間、わずかな隙間を抜けたそこに、それはそれは真新しい、撃ちたてほやほやの穴が。



『っ……!!』



どこから誰が、なんて聞くまでもない。ツナとあたしがほぼ同時に振り返った先にはやっぱり、銃口をこちらに向けているリボーンの姿があって。…こっわ!!



「リボーン!!お前何してんだよ!?俺ら殺す気か!!」

「掛け金ひいちまったから、一発無駄撃ちしただけだ。」

「間違って当たったらどーすんだよ!」

「俺がそんなヘマするわけねーだろ。」


う…やっぱりなんか機嫌悪そう…?え?なにこれあたしが悪いの?いや、そんなにおかしな対応したつもりはないんだけどな!

が、どうやらツナはそう思わなかったらしい。ふと、掴んだ手の感覚がなくなったと思ったら、ツナはいつにない瞬発力で部屋を出て扉を閉めていた。おおぉおい!!



「こら!ちょっ…ツナ!」

「どうせお前がリボーン怒らせたんだろ!どうにかしてから下来いよ!」



うわああ薄情者!あたしだって何で怒らせたのか分かんないんだってば!二人きりにしないで!気まずいどころか殺されかねない!!

と、盛大にツッコミたい気持ちは山々だけれど、後ろからひしひし感じる無言の圧力に口を閉じる。…これは諦めて自分でなんとかするしかないパターンか…。ええい、女は度胸だ!



「…えーと…リボーン?」

「……。」

「あー…さっきの話だけど、」

「……。」

「……冗談?」

「…………。」

「じゃないのね、うん、解ったから銃向けるの止めて。」

「……。」



まずはこうなった根本を理解しようと、意を決して尋ねてみたけど、どうやら愛人になれ宣言は冗談ではないようだ。そして、何がなんでもこちらにうんと言わせなきゃ気が収まらないらしい。

けど、やっぱり理由が分からない。赤ん坊で殺し屋で、愛人が四人もいるリボーンが、ここまでしてまで女子中学生を愛人にしたい理由が。



「で、何で?」

「……。」



…どうやら彼は黙秘権の行使にでたらしい。えぇ…ここで黙られると話進まないんですが。……あ、もしかして。



「ボンゴレのボスの妹と関係があると仕事しやすいから、とか?」

「違う。」



あれ、違うの。いい線いってたと思ったのに。でもまあ…これは外れてよかった。そういった、裏のドロドロとした感じに関わるのはなあ。と言うか、あたしにそんな利益なんてないとは思うけど。

でもそうすると、本当に理由は何?黙ってリボーンの答えを待ってみるけど、彼への無言の圧力は効かないようだ。

…あー、もう…しょうがないなあ…。



「…わかった。わかりました。リボーンの愛人になります。」

「初めからそう答えてればいいだろ。」



……ソウデスネー。確かにね、その方が色々面倒じゃなかったと思うけどね。

まあ、リボーンというのはこういう人だ。こっちが折れなきゃいつまでも機嫌悪いままだし、今回は甘んじておこう。



「でも、一つだけお願い。」

「なんだ。」

「ビアンキさんに、ツナを殺させないで。」



やっと機嫌が直ったのか、ようやくまともな相槌をくれたリボーンが、また口を噤んでしまった。でも、今度はあたしも譲らないよ。

リボーンの言う愛人という関係が、どういうものかなんてさっぱり分からないけれど、出来ることならそれは、持ちつ持たれつ、対等なものだといい。リボーンの性格だから、多分きっと、そうなんだと思う。じゃなきゃ、嘘でも了承してないもんなあ。

だからこそ最初が肝心。先にそっちの無茶ぶりに応えたんだから、これくらいのお願いは、聞いてもらったっていい筈だ。それが筋ってもんでしょう、リボーン。




「わかった。」



数秒後、リボーンは渋々と言った様子で短く応えた。あのさ、ツナって一応、リボーンの仕事の対象者なんだよね?そこ渋々でいいの?



「その代わり、お前は今日から俺の愛人だ。」

「はいはい…分かったから、お昼ご飯食べに行こう。」

「肝に命じとけ。」

「分かったってば。今日は随分しつこいね。」



まったく、あたしなんかを愛人にして、何の得があるんだろう。果たして、その答えが貰える日はやってくるのだろうか。


何にしろ、そういうわけで、マフィア見習い・沢田巴、本日より殺し屋の愛人になりました。

……あ〜…平凡からどんどん遠ざかっていく……。







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