夏です。暑いです。

この時期で悪いのは、道場の中が暑過ぎて練習がしんどいこと。そんな蒸し風呂状態の道場から、更に紫外線地獄の帰り道を行き、やっとのことで家に辿り着く。ああ、冷たい物でも食べてひんやりしたいなあ。

なんて思ったのも、束の間のこと。玄関先で殺されかけている我が兄を目撃してしまっては、汗も引くというものだ。……えっ?





【ビアンキ】





…さて、これはどういう状況なのか。思わず冷静になりながら、玄関先で立ち止まってみる。

今、あたしの目の前…つまり玄関に立っているのは、後ろ姿からでも美人と判る、淡い毛色の髪の長いお姉さん。
なかなかパンクっぽい服装で(そうでもないか?)、うちとはまるで無関係そうなタイプの来客に驚いたが、それより驚いたのは、そのお姉さんの足下に落ちていた、ピザとカラスの死体。

美女とピザとカラスの死体…。成る程、さっぱり状況が判らない。ていうか、ピザから出てる妙な色合いの湯気…いや、煙は一体…?とりあえず、見た感じ体に害がありそうなので離れておく。

あたしの存在に気づいているようないないようなお姉さんの脇から、家の中を覗いてみると、そこにはゲホゴホ咳き込むツナと、お姉さんと対峙するリボーンの姿があった。



「…むかえにきたんだよ。また一緒に大きい仕事しよ、リボーン。」



何だか感極まった様子で肩を震わせ、お姉さんは呟く。リボーンに話しかけてるってことは、リボーンの知り合いってことか。…ん?リボーンの知り合いって言うことは、つまり…



「やっぱりあなたに平和な場所は似合わない…あなたのいるべきは、もっと危険でスリリングな闇の世界なのよ。」

「言ったはずだぞ、ビアンキ。オレにはツナを育てる仕事があるからムリだ。」



やっぱり知り合い…って言うか、内容から察するに、まさかあれだろうか。…殺し屋仲間的な…。いや、仲間と言うか、仲間以上な雰囲気が…。

一人、嫌な予感をヒシヒシと感じる中、ビアンキ、と呼ばれたお姉さんは、ぐすりと涙ぐんだ声で続ける。



「かわいそーなリボーン…この10代目が不慮の事故かなにかで死なない限り、リボーンは自由の身になれないってことだよね。」



ははあー成る程。要するに、この人はリボーンの殺し屋仲間で、今現在、家庭教師の仕事をしていて本職を全うできないリボーンの現場復帰の為にやって来たってこと……ん!?今、不穏なこと言ってませんでしたかね!?



「とりあえず帰るね。10代目をころ…10代目が死んじゃったらまたむかえにくる…」

「ちょっ!何言っちゃってんのあんたーっ!?」



やっぱり言ってた!ナチュラルに言ってた!!えっ、なに?自然すぎて逆に怖い!

と、ツナにつられてツッコミかけたその時、お姉さんがこちらを振り返った。動作に合わせて柔らかく揺れる毛先に、整った顔のパーツ、白い肌。そして文句のつけようがないパーフェクトスタイル。うわあ…やっぱり凄い美人。ハーフさんかなあ。

予想以上の美女っぷりに、ツッコミを忘れてまじまじ眺める。それだけ見つめていれば、目が合うのに時間はかからず、案の定、ぱちりと視線が絡んだお姉さんは、その妖艶な口元をほんの少し引き上げて、どこからともなく出した缶ジュースを、ポイとこちらに投げてきた。



「どうぞ。」



あ、どうも。と、手を伸ばしかけ、やっぱり止めて、反射的に体を退く。

地面に落ちた缶から、ジュースの中身が流れ出る。そこから先程のピザと同じように煙が上がり、煙の先からボトリとカラスが落ちてきた。泡を吹いて。…いや、いやいやいや!何ですかこの危険な毒物は!?

あたしが煙にやられなかったのを確認したお姉さんは、小さく舌打ちをして横を通り過ぎていった。こ、怖い。一体全体、何なんだあのお姉さんは…!






「なんなんだよあの女は〜っ!!?」



例によって例のごとく、リボーンに説明を求めて集まったツナの部屋。流石にまろやかにでも殺す宣言をされては、取り乱すしかないツナの叫びに対して、リボーンはいつも通りの落ち着きを以て答える。



「あいつは毒サソリ・ビアンキっていうフリーの殺し屋だ。あいつの得意技は毒入りの食い物を食わすポイズンクッキングだ。」

「また変なの来たなーっ!!どーなってんだよおまえんとこの業界!!」



…《また》って言うのは、それはもしかしなくても獄寺君のことを言ってるんだろうか…可哀想だから本人には言わないでおこう。



「ってか、おまえあいつに気に入られてるっぽいよな。」

「あ、あたしもそれ思った。」

「ビアンキはオレにゾッコンだぞ。つきあってたこともあるしな。」

「はぁ!?」



はー、流石はリボーン。あんな素敵な女性を…って、リボーン…赤ん坊だよね?どういう趣味してるんだあのお姉さん。謎は深まるばかり…。



「つ…つきあってたって、あの女がおまえの彼女だったってコト…!?」

「オレはモテモテなんだぞ。ビアンキは愛人だ。四人目のな。」

「おまえ意味わかって言ってんのかー!!?」



うん、意味分かって言ってるんだろうな。ここまでくると逆にマセガキとか言えないよね。どんな有り得ないことも、有り得てしまうのがリボーンの恐ろしいところ。お姉さんが謎で当たり前だ。リボーンの方がよっぽど謎だもの。



「と…とにかくなんとかしろよ!!あいつオレの命狙ってんだぞ!」

「ツナ…人はいずれ死ぬ生き物だぞ。」

「急に悟るなーっ!!!」



必死のツナのツッコミも虚しく、リボーンはお茶なんか啜って聞く気なし。でもなあ…これはちょっと、本当に危ないのでは。

食べ物なんか毎日口にする物だし、その気になれば、いつでもどこでも毒なんて簡単に盛れる。しかも相手はそれ専門の殺しのプロ。且つ、一応カタギである普通の中学生を殺さんばかりにリボーンにゾッコンであれば、ツナくらいあっさり殺してしまうんじゃないだろうか…。

結局、いつもの調子で話し合いはなあなあでお開きになった後、部屋に戻ってからもそのことばかり考えてしまう。改めて、殺し屋って怖い。

と言うか、リボーンやランボ君みたいに、あからさまに非日常的な武器を使用されると、逆に現実感がなくて危機感を感じにくいんだけど、食べ物なんていう日常的な物に、意図的に殺意が紛れ込まれているっていうのはまた、ゾッとする恐怖だ。流石は女の人、と言うことなんだろうか。

…いや、違うな。勿論、それも大きな恐怖の原因に違いないのだけれど、この胸や肺を重くする不安は、多分、リボーンが来てから初めて、自分達に向かって、純粋な殺意をぶつけられたからだ。……獄寺君との出会いは、まあ、試していただけらしいし。



「巴。」

「ん?はい、どうぞ。」



ぼんやりと考え込んでいると、トントントン、と低い位置からのノックと、リボーンが名前を呼ぶ声が聞こえた。何だろ、昼ご飯かな。



「入るぞ。」

「うん、何?」



淡々とビアンキさんの話をしていた先程と変わらず、いつもの調子でスタスタと部屋に入って来たリボーンに、椅子に座ったまま向かい合う。何だろう、昼寝でもしにきたのかな。それとも、さっきの話で何か言い忘れでもあったのだろうか。

しかし答えは、遥か斜め上に飛んでいく。目の前にいる、見た目は文句なしに愛らしいこの赤ん坊は、今日び男性が口にしたら、クレームになりそうな殺し文句を、もの凄くかっちょよく吐いた。



「お前、俺の女になれ。」



…………。



「……は?」



え〜…と…、え?何て言った?今。俺の?女?誰の?女?え?ちょっと待って。…ええー…?

予想外過ぎて、右から左に通り抜けていきそうになる言葉を、耳の中に留めるだけで精一杯だ。それでも、リボーンは再び繰り返す。淡々と、いつも通り、読みにくい表情で、『俺の女になれ。』と。

えーっと、それは要するに…。



「…リボーンの五番目の愛人になれってこと?」

「そーなるな。」



いきなり部屋に入ってきて何を言うんだ、この赤ん坊は。

もう慣れたとはいえ、リボーンの話はいつも突拍子なくて焦る。っていうか愛人って…ツナじゃないけど、ほんとに愛人の意味解って言ってるのだろうか…。あれかな、小さい女の子が「お父さんと結婚するー」って言うのと同じ感覚なのかな。それにしたって、女子中学生を愛人に、という発言どうなんだろう。やっぱりリボーンは摩訶不思議だ。まあ、冗談にせよ本気にせよ、返す答えは唯一つ。






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