「向こうが二年生と三年生の、あっちは上級生達の教室があります。」

「奥に来ると益々広いですね。すみません、休憩中に案内して頂いてしまって。」

「ああいえ、気にしなくていいですよ。タソガレドキ忍者隊には、生徒達がよく世話になっていますから。」



と、人当たり良く応えてくれたのは、今さっき一年は組の授業を終えた土井先生。

次の授業が山田先生の実技だったらしく、教室を出てからバトンタッチ。全然嫌な顔をせずに、二つ返事で案内を代わってくれた土井先生は、外で会った時の印象と同じく、優しくて親切な人だった。

それにしても…進んでいくに連れて、もう此処、学校じゃなくて大きな日本家屋に見えてきたけど、チラチラ視界に入るのは意外にカラフルな忍装束の子ども達…青に緑に紫に…視界が混乱してきたぞ…。



「この辺りから先は長屋なので、案内できるのは大体このくらいですね。」

「ありがとうございます。一人だったら確実に迷ってました…。」

「あ、一気に詰め込み過ぎましたか?」

「大丈夫です大丈夫です。一度聞けば覚えられますよ。」

「…いつまで経っても迷子になる生徒はいるけどね…。」

「あ〜…それは、大変ですね…。」

「はは…。」



土井先生…お若いのに気苦労の多い顔をしていらっしゃる…。苦労性っぽいところはちょっと諸泉さんに似ているかもしれない。…あ、そうだ。



「土井先生、もしよかったら、」

「うん?」

「これどうぞ。」



荷物を包んでいた風呂敷に手を突っ込み、非常食と言う名の携帯おやつ袋から取り出したのは、飴玉一粒。これはあれです、前に雑渡さんがくれた飴…は、何故か諸泉さんに没収・返却されてしまい、その代わりに諸泉さんが買ってきてくれた物。無くなったらまた買ってきます、と諸泉さんは言って下さったけれど、申し訳ないし勿体ないので、大事に大事に食べている飴だ。

貴重な糖分が少なくなるのはやっぱり惜しいけど、土井先生は諸泉さんのお知り合いのようだし、是非是非お疲れの合間の糖分にして頂きたい。



「甘い物は大丈夫ですか?味は保証します。」

「あ、ああ、大丈夫です。ありがとう…。」

「?」

「いや、はは…。うちのくのたま生徒と、同じ様な気の遣われ方をされたなあ、と。」

「くのたま…あー、くのいちの教室、でしたっけ?」

「ええ。あ、行きますか?女の子同士の方が話も合うだろうし。」

「いえいえ、あまりふらつくのも悪いので、そろそろ何処かで大人しくしてます。」

「そうですか?それじゃあ…」









『これから委員会が始まるので、保健室に居るといいですよ。タソガレドキ忍者隊は、保健委員会と一番関わりがあるので、色々話もできると思います。』



と、最後まで気を遣って下さった土井先生にすすめられ、一人保健室に腰を据えること恐らく数分。…何故か一向に人が来ないぞ。

普段は、新野先生という保健の先生が常駐されているそうだけれど、今日は学園長先生とお出かけ中とのこと。どうしよう、これ以上この静かな部屋に一人で居たら、絶対、寝る…!流石にここで昼寝にしゃれ込んだら、学園の人に非常識だと思われるだろうし、後で諸泉さんにバレたら間違いなく怒られる。眠気に負けるわけには…!

かと言って、部屋の中をウロウロするのも憚られるので、せめてもと、入り口の戸を少し開けてみた。外の音と人の気配が感じられれば、まだ…なんとか…!お願い早く来て保健委員会の皆さんー!!



「…と言うか…。」



戸を開けた頃から、何度か廊下を行ったり来たり通り過ぎている、萌葱色の制服の生徒さんがいるんだけど、あの人は保健委員じゃないんだろうか。あたしがいるから入りづらいのかな?いや、それにしては中を覗きもしないし…。

やることもないので、眠気覚ましがてら声をかけてみようか。そう思って、部屋の中から廊下を覗くと、タイミングよく萌葱色のあの子がこちらに向かって来るところだった。…ん?あれ!?よく見たら二人いる?



「あのー。」

「はい!!ん?あなた誰ですか!」

「(元気いいなあ)タソガレドキ城の女中の、巴と言います。」

「あー、先生達が仰ってた。」

「はい、お邪魔してます。えーと、それで、お二人は保健委員会の人ですか?」

「違います!僕は三年ろ組、会計委員の神崎左門です!」

「三年ろ組、体育委員の次屋三之助です。」

「へえー、委員会も色々あるんだ…。じゃあ、なんでさっきから保健室の前を通ってるんですか?」

「これから委員会に行くところです!」

「…?でも、二人は別々の委員会なんですよね?」

「はい。」

「……その状態で行ける?」



思わず視線をぐぐっと下げて、見つめてしまったのは彼らの間に張った縄。その両端はそれぞれの腰にがっちり結ばれて、まるで魚座の絵柄のようだ。



「これは作兵衛に結ばれました。」

「さくべー?」

「同級生の用具委員です。自分が委員会に行く前に送ってくって、さっきまで引っ張られてたんですけど、」

「途中で縄が切れました!」

「…?」

「なんかアイツ、俺達が委員会まで辿り着けないと思ってるみたいで。」

「学園内くらい迷わないのにな!」

「あ、あー!なるほど!」

『?』



全く話が掴めずに、限界まで傾いた頭に、さっきの土井先生の台詞がよぎって、ようやく彼らの状況に思い当たった。土井先生がお疲れ気味に零した、『いつまで経っても迷子になる生徒はいるけどね』という台詞の迷子になる生徒って、もしかしてこの子達のことじゃないだろうか。

それなら、急に名前が挙がったさくべー君という子が、彼らを縄で結んだ理由が分かる。方向音痴の人って、とりあえずウロウロするから余計迷子になるんだよね。



「うん、大丈夫、把握しました。で、二人の委員会の場所は何処ですか?」

「へ?」

「良かったら、一緒に行ってもいいかな。」









「あ、向こうです!」

「ごめん神崎君、多分向こうじゃなくてこっちかな。次屋君はふらっとそっちに行かないでねー。」

「?はい。」



…と、まあ、勢いだけはある神崎君と、どうも方向音痴の自覚の薄いらしい次屋君を連れて、保健室から歩くこと少々。最初の目的地である中庭に近付いてきた。

いやー、しかし本当に筋金入りの方向音痴なんだなあ、この子達。今日初めて来た部外者に案内されるって…大丈夫ですか忍者のたまご…。顔も知らないさくべー君の苦労が察せられます。縄で括りたくもなるよなあ、これは。

しかし、流石に縄を引っ張って歩くのは躊躇われたので、解いた縄の代わりに二人の間に入って、片手ずつ手を繋ぐ。方向を間違える勢いと同じくらい、手を握る力も強いのは右手の神崎君。サラサラの髪がひたすら羨ましい。対して、ぼんやりしている割には遠慮がちに手を添える左手の次屋君は、元気なパイナップル頭だ。…なんか違う人の顔が浮かんだな…。まあ、それは置いておいて。



「三年生ってことは、二人は12歳?」

「そうです!」

「巴さんはいくつですか?」

「あたし?14歳です。」

「じゃあ、五年生と同い年ですね!」

「五年生かあ…。何色だろう?」

「紺です。」

「紺かー。青は見かけたけど、紺色装束の人はまだ見かけてないかも。」



その内会えるかな。いや、歳が同じだからといって、何というわけじゃないけどね。タソガレドキ城には、意外にも同い年の人はいなかったかからなあ。

そんなことを話しながら、さて、ここを曲がったら中庭だった筈…と、廊下の角に差し掛かった、その時。



「あっ!次屋!やっと来たか!また迷っ…ん!?」

「あ、滝夜叉丸先輩。」



あたし達が曲がるより早く、紫色の装束を着た生徒さんが、角から姿を現した。
神崎君達より、少し背が高くて体格がいい。三年の次屋君が先輩と呼んでいたから、四年生か六年生…見た感じ、四年生かな?目鼻立ちのはっきりした子だなあ。



「なっ…次屋!委員会に遅れたと思えば、何を呑気に女子と手を繋いでるんだ!」

「いや、なんか、委員会まで送ってくれるって言われたんで。」

「タソガレドキ城の女中の巴さんです!」

「あ、ああ…神崎も一緒か、成る程…。すみません、後輩達がご迷惑を。」

「いえいえ、勝手にお節介焼いてすみません。」

「滝夜叉丸ー!三之助見つかったかー?ん?誰だその子。三之助の彼女?」

「何言ってるんですか七松先輩!タソガレドキの女中さんですよ!先生方から聞いてますよね!?」

「あーそうだったっけ?この子がそうか!」

「こんにちはー。」

「あれ、巴さん?」

「あ、皆本君。」



紫装束の生徒さんの後ろから、緑、青、と続いて、最後に出てきたのは、さっき土井先生がいた組─一年は組で紹介された、息の合ったちびっこ達の中の一人だった。きりっとした眉と、きゅっと結んだ口元が可愛い、皆本金吾君。



「金吾はもう会ってたのか?」

「はい。でも、どうして巴さんが体育委員会に?」

「次屋と神崎が迷っていたところを連れてきてくれたそうだ。まったく…次屋はもうそろそろ方向音痴の自覚を…」

「あ、私は六年ろ組、体育委員会委員長の七松小平太だ!」

「ちょっ…七松先輩、私の台詞を遮らないでくださっ」

「ぼくは二年は組の時友四郎兵衛です。」

「四郎兵衛!お前まで…!!」

「滝夜叉丸先輩、紹介しなくていいんですか?」

「しないわけないだろう!…ゴホン、私は四年い組、平滝夜叉丸。容姿端麗にして、教科・実技も学年ナンバーワンを誇る」

「あ、後半は聞き流していいです。」

「次屋ー!!」



な、成る程…仲が良くて個性派が集まってる委員会ってことですね。ハイ。何だろう、委員長さんが細かいことは気にしない!というタイプだからだろうか、すごく大味な活力を感じる。タソガレドキの忍者隊も、ちょくちょく賑やかな時があるけど、それを遥かに上回る賑やかだなあ。やっぱり若さの違いだろうか。



「折角委員会の時間に来てもらったんだ、一緒にバレーしよう!」

「ば、バレー?(この時代にバレー?)」

「!?いやいや七松先輩!巴さんは女子ですよ!?」

「大丈夫大丈夫!手加減するから!」

「えっ…!?七松先輩、手加減できたんですか!?」

「…次屋君、体育委員会の活動内容って何なのかな?」

「バレーしたり塹壕掘ったり山の中を走ったりします。」

「……肉体派だね…。」

「あの、今の内に行った方がいいですよ。神崎先輩も送らなきゃなんですよね?」

「あー…ありがとう、時友君。それじゃあお言葉に甘えて…行こっか、神崎君。」

「はい!」

「私だって女子の顔は狙わないぞ!」

「普段は顔狙いってことですか!?」




…頑張れ体育委員会!が、がんばれー!






次回も委員会の皆さん



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