『近頃は、纏う風の色を増やしたのかね、風魔。』

『……。』

『春風か、否、秋風か…随分と生温い風だ。染まらぬ白と黒に、雑を交えるとは風魔らしくはないが…それを甘受させた手腕には、興味をそそられるな。』

『……。』

『魔に取り入るは魔、か…?何にしろ、一見の価値はありそうだ。近々連れて来たまえ。その人物に似合いの茶器でもてなそう。…おや、』


『はは…拒否を見せるなど、やはり風魔らしくはないな。反抗期か。随分と健全な教育を施されているらしい。さて…風が届けぬならば、地で探らせるとしよう。』






『こんにちは、お邪魔してます。』

『ほう、思いの外、三好の仕事が早かったな。』

『あのお面の方、三好さんって言うんですね。』

『わざわざ足労させてすまないね。私は松永久秀だ、卿はなんと言ったかな。』

『菓子売りの巴と申します。不躾にすみませんが、あたしと同じ顔をした、同じ年頃の少年を見たことはありませんか?』

『……今のところ心当たりは無いが…兄弟でも探しているのかね。』

『はい、生き別れた双子の兄を探しながら旅をしてます。ところで、松永さんが風魔さんの雇い主だと聞いたんですけど、本当ですか?』

『風魔から聞いたのかね。しかし、それにしては大人しくやって来たようだが。』

『いやあ…1か月くらい無断で風魔さんをお借りしたことがあるので、お詫びも兼ねて…。その節は失礼しました。こちら、つまらないものですが。』

『ふむ…親は選べない筈だったが、風魔は良い母親を見つけてきたものだな。』

『はい?』

『いや、今、茶でも立てよう。』

『……おおぅ。』

『?どうかしたかね。』

『いえ…大福、もう少し数作ってくればよかったですね…。』

『何故?』

『その、奥の方に、女性の方が大勢いらっしゃったようなので。』

『…女性?』

『そちらの部屋にいらっしゃいますよね?』

『…いや?』

『ん?』

『奥の部屋に在るものは、茶器くらいだが。』

『…あー、すみません。見間違いでした。』

『ほう、見間違い。』

『見間違いですねえ。』









「卿の目はいい。多くを見、多く見ず、そうして強かに鍛え抜かれ、脆弱なまでに暗くなった。手に入れるには覚悟が要るが、壊すには容易い。」

「…はい?松永さん、私の目が欲しいんですか?」

「ああ、不要と言うなら是非譲り受けよう。」

「残念ながら不要ではないですねえ。松永さんも、悪魔の契約のような物を欲しがっちゃ駄目ですよ。」

「悪魔の契約とは?」

「悪魔の魔力を借りる為に、悪魔の要求を呑むことです。対価としては、髪の毛、目玉、寿命、命そのもの、辺りがメジャーですね。」

「目じゃ?」

「目から離れて下さいねー。ええーと、一般的という意味です。」

「悪魔を呼び出すことを、一般的と言うのはどうかと思うがね。」

「人の癖して目玉を欲しがるのもどうかと…。」

「卿はどうにも口が減らないな。」

「減ったら減ったでつまらないんでしょう。」

「生憎、甘い菓子だけでは満足しないものでね。」

「作り甲斐がないですねえ。これでも、あたしが誰かにできる、たった一つの特技なんですよ。」

「今の言葉を、卿が心から言ったのならば、卿の生涯は所詮、掌に収まる程度の物なのだろう。」

「生涯持ち歩く物なら、身の丈にあった大きさでないと。根無し草には、掌くらいが丁度良いですね。」

「そうやってあらゆる物を棄ててきたように、その目を私にくれてやってもいいのではないかね。」

「あ、松永さんって不要物でも引き取り可なんですか?」

「ほう、私が真新な物ばかり蒐集するとでも?」

「言われてみれば、人の物だから欲しいタイプですね。」

「私は矮小な男だよ。酷く慎ましやかに、要ると思った物を欲しがるだけさ。」

「三好さーん。松永さんがいけしゃあしゃあと何か言ってますけどー。」

「呼ばれているぞ。」

「兄者だろう。」

「不在と応えておけ。」

「聞こえてますよー。」

「ふむ、はぐらかすな。鼬ごっこも終いにしないかね?」

「松永さんがお仕事に戻って下されば終わる話なんですけどねえ。」

「ははは。」

「(笑って流した)」

「で、目でなければ何をくれるのか、聞かせてもらおうか。」

「あげるのは決定事項なんですね。そうですねえ…じゃあ、引き取って欲しい物でもいいですか。」

「ほう、何かね?」

「涙を差し上げます。」




彼女が捨てた物々は、切り捨てた其れ等は、一体何処に流れ着いたのだろう。剥がれ落ちた鱗の様に、彼の海に意思なく流されたかと思うと、勿体無いようにも感じ、また可笑しくも感じる。




「置いていきます。まあ、それくらいなら、松永さんも人外にならずに済みそうですし、多分今までも散々色んな人を泣かせてきてるでしょうし。」

「ふむ、酷い言われようだが、仕方がないな。今は其れでよしとしよう。その調子であれば、卿が不要と目を捨てる日も近い。さほど待たずに済むだろう。」

「松永さんが言うなら、そうなるでしょうね。でも、それまで覚えていてもらえるでしょうか。」

「…?」

「うーん、松永さんのことだから…いや…」

「随分と上の空だが、また寝ぼけているのかね。」

「や、流石に立ったまま寝ないですよ。」

「これほど説得力のない言葉を聞くこともないな。」

「あー、ごもっとも…。」



殆ど誘拐に近い招かれ方をされたにも関わらず、彼女はそこかしこで午睡に落ちる。その姿は、飼い慣らされた獣よりも遥かに無防備だ。最早、睡魔に溺愛されていると言っても、過言ではあるまい。つくづく魔に魅入られる質である。…ああ、また話が反れたか。

しかし今度は、思いがけず彼女の方から話を戻した。仕切り直しと言うように、こちらを見上げたその面は、穏やかな笑みが浮かぶ。



「次に会う時、松永さんがあたしを覚えていたら、目もあげます。多分、無理でしょうけど。」

「ほう、私が忘れるという確信があるようだ。何故そう思うのかね。」

「だって松永さん、本当はあたしの目なんて欲しくないんでしょう。」







「欲しくもない物を、欲しいなんて言っちゃいけません。今日欲しがって、明日要らなくなるのはいいんですよ。そういうのは、松永さんらしいですから。でも、そうじゃないでしょう。」

「…卿が私を語るのか。」

「あはは、嫌そう。」




手に入れた物を手放す時。手放した結果、誰かの物になるかもしれない、という時。私は悉く、其れ等の価値を処分してきた。火に燃べ、土に還し、執着に終焉を与えた。其れに因って得られる物もまた味があり、純粋な喪失感、というものとは、実のところ縁遠い。




「あはは。」




笑いながら、目尻から真っ直ぐ溢れる涙は、幼い子どもの其れの様で、成る程確かに、此れがなければ彼女の目ではなく、私にはあまりにも不相応である。

私自身は、欲したことを、嘘とも情とも思わない。常の通り、思う儘に求めただけなのだと。

だが、本当に欲していた物は、彼女の方がよく解っていた。




「物々交換です。あたしは松永さんから、記憶を頂きます。大切にしますよ。」




嗚呼、そうか。
私が、彼女から欲した物は、














「…風魔。」

「……。」

「卿を見る度に、どうも何か失念しているように思えるのだが、何だったかな。」

「……。」



霧雨が降り出した庭で、佇む風魔に答えはない。声を持たぬ筈の鳥は、意志を持って嘴を閉ざした。ならば、都合が良いのだろう。私が思い起こさぬ方が。



「まあ、いい。」



そう特別な事柄でなかったことだけは確かだ。所詮、すっかり忘却してしまう程度なのだから。ほんの些細な、小棘の様な物。……いや、



「棘ではなく、穴か。」



其処だけ白く穴が空いている。酷く不明瞭な其れは大小どちらともなく、その癖、我が物顔で在り続ける。

手に入れた物は何だっただろう。失った物は、何処へ行ったのか。少なくとも、元の場所に帰すつもりはない。手に入れた物を手放す時、手放した結果、誰かの物になるかもしれない、という時。私は悉く、其れ等の価値を処分してきた。火に燃べ、土に還し、執着に終焉を与えた。そうしてきたのだから。

だが、今。私にはそれが出来ない。何に火薬を投じるべきか、最早定かではない。確かに此処に在るものは、甘露の如く喉を落ちていく、幽玄な喪失感。恐らくは此こそが、私が手に入れたかった物。…与えられた物。




「どうやら、私はまんまと負かされてしまったようだ。」




奪った物は、私の傍に。記憶の白い風穴の中に。もう、誰にも触れられない。私にも、本来の持ち主にも。恐らくは其れこそが、誰かの望み。

奇妙で、浅はかで、呆れるほど、身勝手な。





嗚咽の様な雨声が続く中、濡れそぼる風魔は唐突に、羽根を散らして姿を消した。変わらぬ筈の顔はどこか満足げに、反抗期かと形ばかりの懸念を抱く。




「…魔に取り入るは、魔、か。」




悪魔と取引をしたのは、果たして。







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