「?どーしたの、巴ちゃん。」
「いやその…卵を譲ること自体はいいんですけど…。いいんですか?」
「何が?」
「…真田さんがお腹壊した原因の一つですし…。」
「!!っ…、」
なっ…!!そ、その事を気にして暗い顔をされていたのか…!?つまり、俺が巴殿に心労をかけていたということっ…!!
「巴殿!!あれは巴殿に非は一切ございませぬ!!某の性根と腹が未熟なばかりにっ…!!」
「ち、違いますよ!製造責任者としてきちんと安全に食べてもらえるよう徹底しなかったあたしの意識の低さが招いた結果であって…!」
「ぶっちゃけ言うと、俺様が悪かったんだけどねー。無理矢理持ち帰ったのも、旦那がくすねたのに気付かなかったのも俺様だし?」
『!!?』
「何?二人して変な顔して。」
ケロリとして尋ねる佐助に、巴殿も俺も戸惑いから言葉を失ってまった。何故なら佐助は、あくまで忍の本分を果たしただけと、あの件についてまともな謝罪をしていないのだ。いや、一度は罵倒混じりの言葉に添えて、一言詫びてはいたのだが…それだけだったのだ。
勿論、全面的に悪いのは俺であったし、佐助は忍として働いただけという主張も理解していた俺も、それについて言及はしていない。何故また急に…?
「いい加減、終わりの見えない謝罪合戦を聞くのも止めるのも面倒くさいしね。誤解で実害与えたのって、実質俺様だけでしょ。」
「い、いやいやいや!そんな事ないですよ!猿飛さんは仕事をしただけですって、さっきも言ったじゃないですか!」
「ああそうそう、さっきの話覚えてる?いい雰囲気だったのに、どっかの配達屋さんに邪魔されちゃったから…今からでも、続き、する?」
「!?」
「わざと誤解を呼ぶ言い回しするの止めて下さい!!」
「つまんないのー。」
「さっ、佐助!ふざけるな!!」
「はいはい。すみませんでしたよっと。」
まったく佐助は…!!おなごに対してなんと失礼な冗談を!謝るなら謝るで、ふざけたりせずに言えばいいではないか!妙なところで不器用な奴め…!
「それより、さっきの質問に答えてよ。風魔の忍と、何処で会ったのか。」
「あ、ああはい…。以前、山の洞窟の中で雪崩に遭って、退避が間に合わなかった風魔さんも、そこに閉じ込められてたんですよね。お陰であたしも助かったんですけど。」
「雪崩…!?」
「巴ちゃんってさあ…運が良いの?悪いの?」
「多分、間が悪いんじゃないですかね…。とりあえず、そこからの知り合いです。」
「ちょっと待って。風魔が配達屋やってる理由が説明されてないんだけど?」
「いや…それがあたしも分からなくてですね。何か、いつの間にかそういう流れに。」
「…アンタ、悉く危機感無いよね。」
「あー、あたしもついでに一つ聞いてもいいですか。」
「どーぞ。」
「どうして疑わなかったんです?」
……疑う?誰が?誰を?
思いがけず情報の少ない問いかけに、きょとんとしてしまったのは、俺だけではない。回答を求められた佐助もまた、虚を突かれて口を噤んだ。だが、それはほん一瞬のこと。
「別に。俺様もう、アンタのこと疑ってないし。」
「え…、」
「風魔の間者だって疑われたと思った?有り得ないでしょ、そんなの見てりゃ分かるよ。忍なめてんの?」
「い、いや、だって…今までのことがありますし…!そんないきなり疑われなくなったら何かと思いますよ!」
「なに?どうでもいいやーって、忘れられちゃうかと思った?」
「佐っ…助ええっ!!!!」
「うるさっ!ただでさえ馬鹿でかい声してんだから溜めないでよ旦那!!」
「巴殿!重ね重ね申し訳っ…」
佐助が妙に挑発的な態度を取るのは、風魔殿が居たからなのか。いや、部下の非礼を他人のせいにしてはならない。兎に角、先程から主に被害を被っているのは巴殿ばかりである。久し振りの外出で気を晴らす所か、かえって気疲れしてしまっては意味が…!
しかし、謝罪の間際にそっと盗み見た彼女の表情は静かなものだった。流石は巴殿…その冷静さは、本当に見習うべきことが多い…。
などと、呑気な事を考えていた自分は、なんという大馬鹿者なのだろうか。
「巴殿?」
確かに、彼女は静かなものだった。開きかけた唇は音を発せず、こちらを見ているようで遠い目線は、此処にいる誰一人も映さない。
「…巴殿?」
確かに、彼女は静かなものだった。あまりに、静か過ぎた。
今まで幾度となく見てきた、困ったような表情も、はにかむ口元も、どんな話も真摯に耳を傾ける仕草も、何一つない。
「巴…殿…。」
巴殿が、今まで二度も海難に遭った理由が、少し解ったような気がする。
彼女の押し込めた静寂は、暗闇にたゆたう、海の底に似ていた。