『あー、えーと、誰かいますかー?』

『……。』

『返事はないけど気配はするんだよなあ…おーい、誰かいませんかー?ん?』

『……。』

『あ、やっぱりいましたね!いやーまさか雪崩で閉じ込められるなんて。お互い災難でしたね。生きているだけ儲けもんですが。此処って、この洞窟の一番外に近いところですよね?出られそうですか?あ、テンション高くてすみません。』

『…。』

『あー成る程、掘ろうとした所から崩れていくのか…。これじゃあ迂闊に掘り返せませんね。ある程度固まった方が掘りやすいのかな…。』

『………。』

『お菓子で良ければ食べませんか?あたし、お菓子売りながら旅してるんですけど、甘いの嫌いでなければどうぞ。』

『……。』

『食べ終わったら、一緒に外に出る方法考えましょう。いやーこう言うと失礼ですけど、良かったです、一人じゃなくて。』

『……。』

『孤独は最大の敵って言いますけど、本当ですね。助かりました。』


『…………。』












「……。」

「すみません大将。何かオマケで着いてきちゃって。」

「すみません武田さん…。」

「話によれば、巴殿のご友人とのこと!今暫く滞留の許可を!」

「うむ、成り行きとはいえ、佐助が連れ帰ったのならば害はなかろう。」

「…。」

「はあ、やれやれ。面倒事が増えちゃったなあ。」

「…あたし、本当にそろそろ帰ります…。武田さん、長らくお世話に…」

「お待ち下さい巴殿!!佐助え!!先程の失態をよそに失礼な物言いをぉお!!!」

「えー助けてあげようとしたんじゃん。ていうか旦那、よくあそこでぶっ倒れなかったね。」

「たっ、倒れるものか!!俺があの場を収めなければ、巴殿が湯冷めしてしまっていただろう!!」

「ああ、そこ…。」



心底どうでもいい、とでも言いたげに、あからさまな溜息を吐く佐助は、居住まい悪そうに縮こまる巴殿のその後ろ─まるで彼女の影と言わんばかりに佇むその男を、じとりじとりとねめつけていた。

先程の騒動から此処に至るまでの道中、それぞれ頭を冷やしてきたと思いきや、片やこの調子である。これでは巴殿にまた余計な気を遣わせるではないか…!
確かに、伝説と名高い風魔の忍が突然現れ、突然消えるならまだしも、こちらの客人と異様なまでの親密さで張り付き、居座れば、警戒するのは武田の忍として当然ではあるが、佐助の今の態度は、忍頭としてのそれと言い切れぬものがある。

言ってしまえば、どこか幼稚なのだ。佐助自身がそれに気付いているか否かは分からぬが、他の忍の前でこの態度…らしくないと言えば、らしくはない。




「巴殿、お疲れではございませぬか。」

「大丈夫ですよ、今日はありがとうございました。」

「いえ…某が不甲斐ないばかりに余計な面倒をかけてしまい…」

「いや、そんな事ないです。久しぶりに賑やかで楽しかったですよ。真田さんは大丈夫ですか?結構、大量に鼻血が出て…」

「だだだ大丈夫でござる!そそそ某の心配などむょっ無用にございますれば!!」

「(噛んだ)。」

「………。」



お館様のお目通りを済ませた後、我々は巴殿の部屋に腰を落ち着ける。客間を使うには相手が相手、ということで、佐助が指定したのだ。…しかし、仮初めの宿とは言え、女性の部屋に男三人ぞろぞろと押し掛けるというのは…などと懸念を抱いた自分に気付いたのか否か、そこはやはり巴殿。露ほどの躊躇もなく平然と招き入れられ、妙な羞恥心で顔が熱い。ふと視線を泳がせれば、目元の見えない筈の風魔殿がこちらを注視していたような…否、気のせいか…?

さて、それはそうと、何とはなしに集まってはみたが、これからどうすればよいのだろう?向かい合って座る巴殿の後ろにはやはり、梁に凭れて立ち尽くす風魔殿。何故かそれが当然と言わんばかりに自然な二人をまじまじと眺めていると、茶を出す佐助の腕にその視線を阻まれる。



「で?アンタは何しに武田まで?まさかあんな辺鄙な所で、通りすがりとは言わないよね?」

「………。」



それぞれ腰を落ち着けたところを(忍二人は立ったままだが)見計らって、佐助がずばり切り出した話は、至極当然な疑問だった。

奥州筆頭である伊達政宗殿との親密さを考えれば、彼女が風魔殿と友人関係にあることはそう驚くものではない。ないがしかし、あの獣道を行く、人気の無い湯処で現れたというのは、決して偶然ではないだろう。

恐らく風魔殿は、巴殿が武田に滞在していることを把握しており、一人になる瞬間を見計らっていた。いつから武田近辺に潜んでいたのか…少なくとも、俺の耳には、噂の類すら入ってくることはなかったが。

兎に角、風魔殿には、そこまでして巴殿に会う理由があった。彼女の傷を気遣い、塗り薬を持参していたようだが、未だ立ち去る気配が見えないということはきっと、本題は他にある。



「……。」

「風魔殿、それは…?」



無言を貫く風魔殿が、やはり無言で差し出したのは、一つの風呂敷包み。流れからいくと、それが答えということだろうか…?ずしりとした重みを感じるその包みは、佐助が確認するより早く、しかしそっと丁寧に巴殿に手渡される。



「…おいちょっと、」

「……。」

「あ、ちょっ、喧嘩しないで下さいね!今見せますから!」

「巴殿、それは一体?」

「あー、その、材料です。」

「材料?」

「…あたしの商売材料です。」

「!!」



巴殿が言う商売とはつまり、彼女が生業としている菓子売りのこと。ということは、もしやその中身は…!



「あっ、それ卵入ってるじゃん!ちょっと譲ってくんない?」

「………。」

「風魔さん、刀抜かないで下さいね。あ、小太郎君、刀抜かないで下さいね。」

「……。」

「今わざわざ言い直す必要あった?」

「室内でまたあの乱闘は避けたいので…。それよりほら、危険物じゃないか確認お願いします。」



互いに違う意味でざわめく忍二人の仲裁に余念無い巴殿が、素早く結びを解いたその中身──それはやはり、危険物などという言葉から遠くかけ離れた、菓子作りに使うらしき食料の数々だった。佐助が反応した卵に、大小様々な果実、砂糖漬けや、調味料らしきものが入った小瓶…自分には検討のつかない物ばかりだが、風呂敷を広げた瞬間に広がった香りは、柔らかく甘い。



「巴殿、これは何でござるか!?とても甘い香りがいたしまする!」

「それはすみれの砂糖漬けです。」

「この宝石のようなものは…塩?」

「はい、岩塩です。塩の塊の大きいやつですよ。綺麗ですよね。」

「まことに!こちらはなんでござろうか?」

「えーと、それは…」

「ちょっと落ち着いてよ旦那。まずは卵譲ってもらう話が先でしょ。」

「………。」



何故か風魔殿が物言いたげな視線を向けてくるが、どうされたのだろう?まあ兎に角、風魔殿はこれを巴殿に渡す為にここまで来られたというわけか。成る程!



「じゃあ風魔さん、これいつもの支払いと、少ないですけど手間賃です。」

「……。」

「駄目です、端金なのは分かってますけど、正当な報酬ですから。…いや、それは今度にしましょう。今は人様のお宅なので。」



珍しい食材を佐助と共に眺めていると、巴殿は自身の荷物から何やら小袋を二つ取り出していた。どうやらこの食材の支払いのようだが、些か揉めているように見受ける。…それにしても、一音も発することのない風魔殿と向かい合う巴殿は、一体何を以て意思疎通をしているのだろう?どう見ても風魔殿は、身振り手振りもせず、口すら開いていないようなのだが…。



「風魔殿は、いつもこうして巴殿に食材を運んでおられるのでござるか?」

「…。」

「そうですよ。鮮度が命の物が多いので、本当に助かってます。」

「忍が食材配達ねえ…情けないやら、微笑ましいやら。」

「何を言う!佐助とて毎日団子の買い付けに行っているではないか!」

「それは旦那がお使いさせるからでしょうが!」

「あ、猿飛さんはご飯作るのがすっごく上手なんですよ。やっぱり忍者の方々って、優秀なほど副業で充分に稼いでいけるレベルの人が多いですね。」

「…。」

「副業じゃないし。うちの旦那があれこれ面倒かかるから、何でもできるようにならなきゃ勤めてらんないの!」

「なっ、某のどこが面倒だと言うのだ佐助えぇ!!」

「えー、巴ちゃんの前で言っていいの?」

「真田さんは上田の城主で、武田一の兵じゃないですか。そんなに忙しいのに、何でもできたらかえって不思議ですよ。あたしだって、色々不器用ですし。偉い人でもないのに、よく風魔さんに助けられてますしねえ。出会ったころから助けられっぱなしです。」

「……。」

「て言うか、何があって一介の菓子売りが伝説の忍と知り合ったのさ。」

「ああ、それはですねむぐう」

「!?風魔殿!一瞬で梨を向いて口に入れるとは、何という早業…!!」

「……うわっ、今年の梨おいしいですねえ。」

「いやそこ!?なに話反らして…」

「……、」

「おいアンタ今鼻で笑っただろ!?」

「佐助!先程から何をそんなに噛み付いているのだ!」

「あっ、えっと、皆さんも食べませんか、梨!新しいのもありますし!ね!」



と、巴殿が梨を手に取ろうとしたその時、不意に室内に風の流れを感じた。初めは、すきま風かと思う程度に微かに──しかし、次の瞬間、



「!」

「わ…!」



小さな旋風に、どこからか舞い上がる黒い羽根。これは、風の婆沙羅…!!気付いて身構えるが、反して風は室内の何一つも傷付けず、緩やかに勢いを無くしていく。

それが収まったその時にはもう、巴殿の後ろに、黒い忍の姿はなかった。



「あー…帰っちゃったみたいですね。」



風の余韻に舞っては降り、触れては消える羽を見つめて、巴殿は呟く。…まるで、慶次殿を見送った時の様に。

すっかり頭から抜けてしまっていたが、彼もまた、巴殿を忘れてはいなかった。材料配達にどれ程の時間が空くかは分からないが、長い付き合いがあることは、他人の目から見ても明らかだ。巴殿にはきっと、謙信公やかすが殿、慶次殿のように、大切な者の一人であるのだろう。…それを解っていたからこそ、佐助は、風魔殿を館に入れることを拒まなかったのだ。



「…で、幾らで譲ってくれるの?卵。」

「えっ?あの、あたしが言うのもなんですけど、大丈夫なんですか?風魔さん…。」

「別に?最大限対処はしてるし、あっちが問題起こさなければ、引き止める必要もないし。で、幾ら?」

「冗談じゃなかったんですね、卵…。」

「当たり前じゃん!滅多にお目にかかれない食材前にして、黙ってられるわけないでしょうが。」

「猿飛さんの職業って、忍者でお間違いないんですよね?」

「無論!佐助は武田随一の忍でござる!」

「…ですよねー。」



…?何故か呆気にとられているようだが、如何されたのだろう?伏せがちの目線は、いつになく気まずそうに泳ぎ、気付けばすっかり顔を伏せてしまっている。と、巴殿…!?






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