夏休みも間近になってくると、学校中がそわそわしてくる。放課後にもなると、それはもうざわざわと。普段、速攻で道場に行ってるから気付かなかった。
残念ながら、特に浮き足立つ予定もないあたしは、久々の練習が無い放課後を、ツナに借りた教科書を返しに、ツナのクラスに向かう。が、
「……珍しい。」
教室の入り口から、中をぐるりと見渡したそこに、ツナはいない。獄寺君もいない。いやまあ、獄寺君は使命とばかりにツナと一緒に帰っているから別として、…やっぱり珍しいなあ。
「あ、巴ちゃん。」
だって、片思いの可愛いあの子が、まだ残っているっていうのに。
【入ファミリー試験】
「巴ちゃん、放課後にこっちに来るなんて珍しいね。」
どうしたの?と首を傾げる仕草すら可愛らしい、そんな彼女こそが、ツナの想い人・笹川京子ちゃん。
色素の薄い髪に、綺麗な睫、ぱっちりとした目。そして何より、笑顔が素敵な同級生。あたしもクラスは違うけど、会えば何かと仲良くしてくれる彼女が大好きだ。ツナ、見る目だけはあるね。…後、持田先輩もね…一応ね…。なんか悲しくなってくるなあ。
「ええと、ツナいるかな?もう帰った?」
「うーん、さっき獄寺君と一緒に居たのは見たよ。帰っちゃったかは分からないけど。」
「そっか、ありがとう。」
親切な京子ちゃんにツナの机を教えてもらい、とりあえず机の中に教科書を突っ込んで任務終了。さあブラブラ帰ろうか、…というわけにはいかない。
何故かって、ツナの机にはまだ鞄があったからだ。つまり、ツナはまだ学校内に居る。いつもなら、恋する京子ちゃんが帰るまでは、絶対に教室に止まっているツナが(ストーカーではありません)、京子ちゃんが帰る前に校内をふらついてるって…嫌な予感しかしないぞ…。
まさか以前で懲りてる筈だから、どこかの部活に関わりに行ってるわけはないし、追試も特に無かった筈。他に考えられると言ったら、リボーンか獄寺君か…いや、ここは山本君辺りで、一つ健全な感じの放課後をお願いします…!
割と真剣に祈りながら、こうなったら姿だけでも確認しておかないと…と、教室から出た、その時。
…ドドドォン…
遠くから微かに聞こえた物騒な音に、ピタリと足を止める。
……普通の人なら『なに今の音、トラック?』とか思うんだろうけどなあ…物騒な音と確信してしまう自分が嫌だ。
兎にも角にも、物騒と感じてしまえば、今までの経験からいって、原因はリボーン達以外に有り得ない。いや寧ろリボーン達以外だったら困る。
こういう時はさっさと確認するに限るよね…。さて、音がしたのは、グラウンドから校舎を挟んだ向こう、裏庭方面だ。小走りで階段を降りて、一旦校舎を出てから、裏に回り、一息吐く。念の為、建物の影からそうっと裏庭を覗き込んで、絶句した。
…と言うか、呆れた。もうもうと広い範囲に渡って立ちこめる黒い爆煙、半端ない量の噎せかえるような火薬の匂い。やり過ぎだよ…!どう見てもやり過ぎだよ!!
あー、これ、先生に見つかってないだろうか。また退学騒ぎになったら色々面倒…。そう思って校舎の方を見上げると、非常階段の一番上に、まさかの人影が。うわ、まずい。先生か生徒か知らないけど、モロに見られてる!……って、あれ?
「……んん…?」
一旦視線を下ろして、目を瞑って、もう一度視線を上げる。どうやら見間違いじゃないみたいだ。黒い癖っ毛に、牛柄のシャツ。ああ、あの人は。
「…ランボ君?」
「うわあぁっ!!?」
非常階段を上りきり、何だかぽつんと寂しそうにしていた後ろ姿に声をかけてみると、飛び上がらんばかりに驚いて振り返る伊達兄さん。うわあこっちがビックリ。
「こんにちは。」
「わ、若き巴さん…!」
「あなた、十年後のランボ君なんだってね。ツナから聞いたよ。またランボ君、十年バズーカ撃ったんだね。」
「あ、その…昨日はすみませんでした…取り乱してしまって…。」
あー、突然泣きついてきたやつですね。いやあ、確かにパニックだったけど、喉元過ぎれば何とやら。今日は落ち着いているようだし、問題無い問題無い。
「大丈夫、気にしてないよ。それにしてもランボ君、十年後は随分かっこよくなるんだねえ。」
そういえば、やっと全身を見れたなあ。身長は山本君くらいだろうか、細身なのに背が高い。そっか、忘れてたけど、一応イタリアの人だもんね。十年後…って言ってたから、このランボ君は十五歳?二つ上?の割には大人っぽい。いかにも女性ウケの良さそうなルックスですねお兄さん。
「巴さんも、十年後には今以上にお綺麗になってますよ。」
あーはい、これは完全に女性ウケいいですね。口に出しては言わないけど、うん…すごいホストっぽいから…。あのランボ君が後々こうなるかと思うと、色々複雑だなあ。
「口も回るようになったんだね。」
「…本当ですよ。」
「へ?」
どうしたのかな、思い詰めた顔して。あのー、あまりこちらに寄られると、ここの踊り場狭いから、あたしあんまり後ろに下がれないんですが…。
そんなこちらの気も知らず、更に詰め寄ってくるランボ君。あたしはあたしでそれに合わせて少しずつ下がるのだけれど、すぐに背中に壁が当たって、おやおや?妙に身動きがとれないぞ?…ええーと…?なんなんでしょうか、この状況は。あの、それ以上近づかれると、見上げる首が痛いですよ。ていうかまたなんかいい香りがするからホント勘弁して下さい。
「あのー…ランボ君?」
「…十年後の巴さんは、本当にお綺麗になってます。俺なんか、全然手が出せない存在なんですよ。」
………はい?いやいやいや、何言ってるんだこの人は。手が出せないって、こんなモテそうな伊達兄さんが?いやそれ以前に、あたしに手を出してどうするんだランボ君。あれ?何の話をしてたんだっけ?
「うん、とりあえず、それはあたしじゃないんじゃないかな。」
「まさか。」
人違いの線が濃厚になってきたので、ズバリこれしかない!と当てにいったが、ばっさり斬られてしまった。そのまま大人ランボ君は、まるで内緒話をするように、ぐぐっと顔を近付けて笑う。ち、近くないですかね…!
「確かに、長くお会いしてなかったですけど…」
しかもそのまま話す感じ!?いやいや五歳じゃないんだから流石に近過ぎ…
「好きな人を間違えるほど、俺は馬鹿じゃないですよ。」
……………。
……あんまりにも顔が近くてよく聞いてなかったけど、何かあり得ない言葉が聞こえたような…っていうか、ランボ君の手があたしの頬にあるのは何でかなー!?
「…巴さん…。」
「えっ、いや、え、近い近い!危なっ…」
それ以上近寄ると本当に危ないから!!
そんな必死の制止が聞こえていない筈がないのに、ランボ君は更に距離を詰め、遂にその体があたしの肩に触れた。──その瞬間。
「、!?えっ…だっ!?」
目潰しが入り、
「、ぐえ…っ!?」
鳩尾に突きが入り、
「ぐはっ!!」
思いっきりコンクリートの地面に投げを決められ、ランボ君の体は足下に沈む。……やっぱりやっちゃったよ!!
「ごっ、ごめんランボ君!!大丈夫!?つい癖で…っ!!」
そう…そうなのだ。あたしが小学校低学年の頃からほぼ毎日のように通っている少林寺、あれは護身目的で習っているから、最早体の芯から刷り込まれ叩き込まれているのだ。身の危険を感じたら、思い切りやれと!
特に背の高い男の人なんかは、変質者を想定して、昔から年長の方に何度も何度も相手をしてもらっている。無意識でも一流れ決められる程に。いやあこれぞ継続は力なり…じゃなくって!
「が…ま…ん…ぅ…」
「ああー!ごめん!ごめんね!!泣かないでランボ君!!」
いくら距離感がなかったからと言え、変質者扱いして思いっきり三段攻撃食らわすのは駄目だよね!全面的にあたしが悪かったですごめんなさい!
体育座りになって肩を震わせ始めるランボ君に、慌てて駆け寄り、何とかフォローを、と、思ったその時。
「!」
ポフン!と軽い音と共に、一瞬視界が煙る。…あ、これ、昨日もあったぞ。
どうやら十年後バズーカの効果がきれたらしく、大人ランボ君が居た所には、昨日はなかなか泣き止まず大変だった、見慣れた五歳のランボ君が。
「あ、巴!」
「お、お帰り、ランボ君。」
あぁああ…大人ランボ君、あっちで泣いてるんだろうな…悪いことした…。次に会うことがあれば、よくよく謝っておかなきゃなあ…。
まあそれはそれとして、…昨日この目で見て、説明を聞いて一応納得したとは言え、本当に入れ代わるんだなあ、十年バズーカ…。よく考えたら、割ととんでもない武器である。何を思ってこんなレアな武器をランボ君に持たせたんだろう、ボウィーノファミリーボス。当たり前だけど、マフィアの考えることは解らない…。
やや現実逃避気味に、会ったことのない彼のボスと言う名の保護者について考えていると、下からスカートをクイと引っ張られた。ん?
「ねえねえ巴!」
「うん?何?」
「あっちにも巴がいた!」
「え?あっちって…。……十年後に?」
「黒い服着ててキレーだった!」
「へえー…。」
…まさかと思うけど、それは大人ランボ君が言ってた、件の人違いの線が濃厚な誰かの事だろうか。や、大人ランボ君自身は、人違いじゃないって言ってたけど、…他にも何か言ってた気がするけど、思い出せない。寧ろあの近さを思い出してしまっていけない。しかし一応聞いてみよう。
「あのさ、ランボ君。」
「?」
「その人、あたしじゃないんじゃないかな?」
同じ質問を投げかけた先程とは違い、五歳ランボ君はクリクリの綺麗な瞳をキョトンとさせて、ちょっと間を置く。が、瞬きの後、彼は何だか得意げにこう答えた。
「オレっちが巴を間違えるわけないもんね!」
ああ、何か、大人ランボ君にも同じようなこと言われた気がするぞ。もしかしてランボ君、十年経っても根本はあんまり変わらない?
「あ、ありがとう…。」
そうだったら、個人的には、ちょっと嬉しいかもしれない。女性受けのする色男もいいけれど、ランボ君はランボ君だからこそ、可愛い。少年よ、大怪我をしないさせない程度にやんちゃであれ。
…ボウィーノファミリー的には、十年バズーカを持たせた意味がないのかもしれないけど。
「まあいいや。よし、じゃあツナ達が何してたのか確認しにいこうかー。」
「巴!抱っこ!」
「はいはい。」
…なんてほのぼのしてたら、いつの間にか山本君が正式にボンゴレファミリー入りしてたっていうね!!敢えてあたしがいない時を狙ってやったでしょう!リボーン!!