《ルリオの見解》


「鬼灯様!こんにちは!」

「こんにちはー。」

「お疲れ様です。」

「こんにちは、シロさん、柿助さん、ルリオさん。今日は非番ですか。」

「うん、そうだよ!鬼灯様は?」

「私はこれから監査です。」

「カンサ?」

「仕事の内容などを検査することです。監察とも言います。」

「ふぅん、何処の地獄の監査をするんですか?」

「今日は地獄ではなく、とある企業の監査に行きます。ちなみに抜き打ちです。」

「企業に抜き打ちって…。」

「ああそうだ、あなた方、最近巴さんを見ていませんか。」

「巴ちゃん?」

「巴ちゃんって、鬼灯様の管轄なんだっけ。」

「そう言われてみれば、最近見てないな。」

「私もここ一週間近く見かけていないんですよ。代わりに来ているメッセンジャーの方に訊いても、特に把握していないと言われますし、前置きも音沙汰も無いので、その確認ついでの抜き打ち監査です。彼女の勤め先に斡旋したのは私ですから。大前提として、巴さんは裁判の終わっていない亡者なんです。動向が知れないのは困ります。」

「なるほど〜。巴ちゃん、新地開拓してるのかな?」

「地獄は広いもんな。ようやく地理覚えられるようになってきたって言ってたし。」

「久し振りに巴ちゃんにマッサージなでなでしてもらいたい!一緒に行ってもいい?」

「あなた方はいいですね、簡単に触れ合えて。」

「?」

「いえ、独り言です。日中ですし、巴さんに会える保証はありませんが、それでも良ければ構いませんよ。」

「……。」

「ルリオ?急に黙ってどうした?」

「…いや、何かおかしいなって…。」

「何が?」

「いや、巴さんって、次の日が非番だったりすると、明日は違う者が来るのでよろしくお願いします、ってわざわざ付け足すような人なのに、変じゃないか?」

「うっかり忘れたんじゃない?」

「にしたって、全く音沙汰無しなんておかしいだろ。一応、立場としては裁判保留の亡者だぞ。それを忘れるような子じゃないと思うんだけど…。鬼灯様はどう思います?」

「まあ…確かめ無いことには何とも言えません。だから監査に行くんです。監査に。」

「?」

「なんで二回言ったの?」

「…嫌な予感しかしない…。」





実際、嫌な予感は当然の様に当たってしまった。

鬼灯様についてやって来たのは、巴さんが勤めるメッセンジャー業の本社。初めて来たが、こじんまりとした会社だ。まあ、外を走り回る仕事なわけだし、事務所として機能すればいいんだろうが。
しかしそこに、実質地獄のトップの鬼灯様がやってきたから大事だ。当の本人は、ざわめく事務所内を気に止めず、真っ直ぐ奥の机に向かって行って、一言。



「こちらに就職を斡旋させて頂いた巴さんは、今、どちらの配達に?」



中途省略──結果、巴さんは今、八寒地獄に行っていることが分かった。しかも、丸一日経って、まだ戻ってきていないと言う。

獄卒でもなく、鬼ですらない、あの、普通の亡者の、巴さんが。



「………八寒?」



それが判明した時の鬼灯様たるや、八寒の絶対零度に勝るとも劣らぬ冷気を纏ったのは、最早言うまでもない。




《柿助の困惑》


やべえ、鬼灯様が切れた…静かに切れたぞ…。

目が据わり、足元からでも聞こえる重い歯軋りが一つ。金棒を握り締める音はミシミシと、黒炎さえ上がりそうな背中に後退されば、怒りで膨れ上がる黒髪を見た。

アホのシロでさえ口を開かない状況で、一会社員が言葉を発するわけもない。巴ちゃんの職場である、小さな事務所は静まり返って、鬼神の祟りに身構えた。──が、



「シロさん、今すぐ閻魔殿から防寒着を取ってきて下さい。場所は以前一緒に行きましたから分かりますね。」

「えっ…は、はい!!」

「ルリオさんは、閻魔大王に事情を説明してもらえますか。」

「は、はい。」

「頼みましたよ。」



拍子抜けするほど落ち着いた声で、実に簡潔な指示を出した鬼灯様は、真っ先に事務所から飛び出した。思わず一緒に走り出た俺だが、……あれ?俺だけ指示もらってなくないか?え?なんで?



「ほ、鬼灯様!俺はどうすれば!?」

「二分待って下さい。」



爆走する鬼灯様はそう言って、携帯電話を耳に当てる。今の状況で何処にかけてるんだろう。烏天狗警察?



「春一さんですか?ご無沙汰してます、鬼灯です。」



成る程、春一さんか!あの雪鬼の!そうだ、巴ちゃんが本当に今、八寒で遭難しているとしたら、現地の人に捜索してもらうに限る!

鬼灯様は先程のシロ達への指示よろしく、簡潔且つ分かりやすい言葉で助けを求めた。…その横顔は未だ凶相を浮かべているとは言え、流石は地獄中の獄卒を束ねる鬼神。巴ちゃんが心配だろうに、対応は冷静そのものだ。俺にはとても真似できないな…。



「お待たせしました、柿助さん。」

「あ、は、はいっ!俺は何をすれば!?」

「貴方の後輩を数人呼んで、あの事務所を囲っておいて下さい。」



……うん?



「私が戻ってくるまで、決して責任者が逃走しないようお願いします。…分かりましたね?」



サーイエッサー、確かボノボが非番だったんで、屈強な奴らで固めておきますよ!もう!ね!がっちり!だから、ちょっと俺まで睨まないで!!




《シロの傍観》


「ほうふひはま!もっへひはよ!」

「ありがとうございます、シロさん。では行ってきます。」

「俺も行くよ!遭難救助犬として!」

「鼻が利くような環境じゃないと思いますが…では、これを首に。」

「何これ?瓢箪?」

「酒樽の代わりに。」

「セントバーナードのあれだね!和式だね!」

「気つけ酒で済む程度だといいのですが。」



大丈夫だよ!巴ちゃんは丈夫だから!

と、励ましてみるけど、鬼灯様は相変わらず険しい顔をしてる。大丈夫かなあ。さっき事務所の人達を吊し上げなかったから、逆に心配だよ、俺。

扉の向こうの八寒は、ぼそぼそ雪の雪景色。でも吹雪いてなくてよかったね!辺りを見渡せば、いつもは雪が吹き付けて埋もれてる、氷漬けの亡者が剥き出しだ。巴ちゃんもこうなってないといいなあ。



「鬼灯様、此処からどうやって巴ちゃん探すの?」

「先程、春一さんに連絡を取りました。一度落ち合ってから動き方を決めます。」

「そっか!春一さんが来てくれたら心強いね!」

「ええ、本当に。」



八寒の獄卒で、雪鬼の春一さん。ちょっと変わった鬼だけど、悪い鬼じゃないよ!よおし、俺も進みながら探すね!この自慢の鼻で!



「………。」

「………。」

「………。」

「………。」

「鼻、大丈夫ですか。」

「ううん…鼻の中、凍った…。」

「無理しないで下さい。カイロ代わりに来て頂いただけでありがたいですから。」

「うん…俺、カイロ頑張るよ…。」

「はい。」

「………。」

「………。」

「ねえ、鬼灯様。」

「はい。」

「巴ちゃんのこと、心配?」

「いえ、私は怒っています。」

「…巴ちゃんに!?」

「ええ、巴さんにです。無論、まだ新人でもある亡者の彼女に対して、八寒への配達を言い渡す会社自体が一番の問題ですが。…どうせ彼女のことです、自分の体質を利用できるだけ利用しようと二つ返事で受けたんでしょう。自身の能力を把握せず、能力以上の仕事を安請け合いするのはただの馬鹿です。あの大馬鹿がッッ!!!」

「もしかして俺、変なスイッチ押しちゃった!!?」

「失礼しました。そういうわけで、私は心配ではなく怒っています。」

「うん…でも鬼灯様、心配だから怒ってるんだね。」

「どうでしょうね。どちらかと言えば、不安なんでしょう。」

「同じ意味じゃないの?」

「心配と不安は、同義ではありますが、それを使い分ける必要があるんですよ。」

「どういう風に?」

「心配は、心を配り、配慮することです。不安は、ただただ己だけが気がかりな様のことです。」

「じゃあ、どっちもじゃないの?」

「…配慮とは、言いがたいでしょう。今の私は。」



そうかなあ。どうなんだろう。俺にはどっちにも見えるけど、同じ鬼達から見たら、違うのかなあ。巴ちゃんが見たら、どう思うだろう?






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