『人間のシステムはややこしい。』
「はあ…個人的にはあなた方トランスフォーマーの身体構造の方がややこしいですけど。」
『身体構造の話ではなく、思考の話だ。』
「と、言いますと。」
『レノックスがサラと喧嘩をしたらしい。』
「レノックスさんが?珍しいですねえ、それは相当ヘコんでるでしょう。」
『仕事も手につかない落ち込みように見えたが、逆に仕事に打ち込むことで忘れているようだ。…それにしても、軽いな。』
「軽い?」
『お前の反応が、だ。本人はあれだけ取り乱していたのに、大して心配しないんだな。』
「人様の家庭事情に首を突っ込むのは無粋ですし、あのご夫妻ですから。夫婦喧嘩は犬も食わぬと言いますが、レノックスさん達の場合は、雨降って地固まる、ですよ。ぶつかり合って互いを知る、広く言えばコミュニケーションの一つですね。」
『それだ。それが理解できん。』
「?」
『人間達の言う、恋愛行動とか言うやつがだ。つまりは繁殖を目的とした過程なんだろう?あまりにも手間で回りくどすぎる。軍人達に聞けば、その過程が楽しいのだと言うが、それでは手段の為に目的を選んでいるようなものだろう。雄が己の遺伝子の優秀さをアピールし、雌がより良い遺伝子を残す為に吟味する。有機生命体の括りとして見れば、獣とさして変わりない筈の生殖行動が、見栄を張ったり喧嘩をしたり駆け引きを持ち出したり…どうしてこうも無駄にバリエーションを持つ。何故そうもややこしくなった。』
「…それ、たかだか十数年しか生きていない小娘に聞きます?」
『女は男よりそういった成長が早いと聞いたが。』
「…経験値の違いで、個人差ありますからね。」
『巴はそういう経験が無いのか?』
「今の発言、どこぞのセクハラ軍医ラチェットさんと同じくらいアウトです。」
『!?』
「まあ…恋愛経験はないですよ。色んな意味で。」
『…そうなのか。』
「なんで微妙な顔するんですか。個人差があるって言ったでしょう。」
『いや…お前は時々、サラがレノックスに向けるような目をするからな。』
「えっ、誰にですか!?」
『いや、知らんが…。』
「えぇ…。」
『違うのか?どうなんだ。』
「…恋はしたことありますよ。恋愛経験はありません。」
『…違いが分からん。』
「両想いか片想いかの違いです。」
『……そうか。』
「だからあたしに聞いてもアイアンハイドさんの疑問は解決しません。はい、そういうことで解散!」
『おい待て、話は終わってないぞ。』
「うわっ、あっ、ちょっ、人を掴んだまま変形するの止めて下さいってえぇえ!!」
『叫ぶな。加減は覚えた、問題ない。』
「問題なくはないですからね!ご自分の大味な基本戦闘ぶりを思い出して下さい!ていうか!鍵!なんで閉めてるんですか!?」
『やはり女という生物はキンキンと喧しいな…。』
「今はアイアンハイドさんのせいで喧しいんですけどね!嫌なら出して下さい!」
『はあ…お前はいつになったら俺達のビーグルモードに慣れるんだ?いい加減、落ち着いて乗れんのか。』
「土足で他人の体内に入って落ち着けるわけないでしょう!少なくともあたしは落ち着けません!
『……。』
「ああああ!勝手にシートベルト付けるのも止めて下さいってばあぁ!!」
『っ…喧しいと言っているだろう!!拘束されたいのか!!』
「もう八割拘束されてる!!何なんですか!?ていうか何の話してましたっけ!?」
『っ…!だ、だから…!その…、人間の恋愛行動は、お前達の人生にとって重要なことなんだろう。』
「は?いやそれはレノックスさんを見ての通りですよ。まあそれもやっぱり個人差はあ」
『お前はどうだと訊いているんだ!!』
「スピーカー音割れしてます!!何ですかアイアンハイドさん恋してるんですか!?」
『そんっ…な、わけないだろう!!俺がそんな浮ついたものっ…!!』
「はあ…でも気になってるってことですね?」
『…未知の事象が気にならないわけがない。』
「…そうですか。知って得ばかりするものじゃないんですけどね。」
『…言ってみろ。』
「人間の争いの原因のほぼ半分が、痴情のもつれみたいなものなんですよ。人間の人生にとって恋や愛が重要なものだからこそ、抑えるのも大変で、行き過ぎることも多くて…アイアンハイドさんが言う通り、人間の恋愛行動はややこしくなってしまったから、行き過ぎることもあるし、あれこれ巻き込んで大惨事にもなってしまいます。」
『…大袈裟じゃないか?』
「暇があったら歴史でも調べて下さい。本当に大体の原因が金か痴情です。」
『やはり人間はややこしいな…。』
「抗いようがないものですからどうしようもないんです。だから、ややこしいややこしいと言うアイアンハイドさんは、迂闊に恋したりしない方がいいですよ。」
『な…』
「こんな面倒な本能お持ちでないんですから、正直羨ましいです。レノックスさんはきっと、恋愛は素敵だ良いものだって言ってると思いますけど、勿論デメリットもありますから、あたしは逆にオススメしないで起きますね。物事の両極を知っておいて損はないです。」
『そ、それは解るが…なら、お前はもう恋もせずに終わるつもりか?』
「あたしだって、相思相愛の恋をしたいなあとは思いますけど、無理そうですね。ちゃんと気持ちを抑えられる自信がないですし、相手は相手で恋なんて浮ついたものは〜とか言ってますし。」
『……………な、何?今なんと言った?あ、相手だと!?どいつだお前を誑かした輩は!!!』
「ああ、あと鈍感みたいなので、失恋確定のようです。」
『誰だ!!!おい!レノックス!オプティマス!巴を誑かしたクソ野郎がいるぞ!!見つけ出して細切れにしてやる!!!』
「口が悪いですねえ…もしかして今、お二人に通信入れました?今すぐ止めた方がいいですよ。」
『不届き者を庇うつもりか!!許さんぞ!!』
「アイアンハイドさんが自主的に細切れになりにいきたいなら止めませんけど。」
『俺は絶対に認めっ……………は?…』
「ねえアイアンハイドさん、やっばり貴方は、一生恋なんてしなければいいですよ。友愛だけで生きていけたら、理に叶った感情だけを持っていられます。あたしみたいに、相手が普通に振ってきた話題に理不尽に怒り出すこともないです。ややこしい恋愛行動に頭を悩ませることもないし、こうやって困ることもないですよ。」
『巴、』
「ということなんで、出してもらえませんか。好意を向けてる相手の体内に居るとか、とんでもない緊張なんですからね。」
俺が本当に聞きたかったことは、こんな回りくどい話ではなくて、…そうではなくて。
─傍に居れば踏み潰しかねないその小さな体でも、何故か安心感を伴うこいつが不思議だった。レノックスが己の家族に締まりなくのろける度に、一人昼寝に興じるこいつの後ろ姿を思い出した。今さっき、ラチェットのデリカシーの無い発言と同じ扱いをされた時には、言い様の無い焦りを覚えたし、恋愛経験は無いと答えたその声は柔らかくスパークに染み入る。ビーグルの中で五分と留まっていられないことには、その理由を悪い方向に勘ぐり、大人気なく怒鳴りつけてしまった。恋をしているんじゃ、とふざけられて、真に受ける自分の情けなさにはほとほと呆れる。
つまりこれは、どうにも持て余してしまうこれは、─とてもややこしい、これは─恋なのか、どうなのかと、聞きたかっただけなんだ。誰でもないお前に。
『行くな巴!!』
今更になって羞恥心を覚えたのか、一瞬の隙を突いて外に出た巴は、酷く情けない声を上げながら脱兎の如く走り去る。それを追って基地を飛び出す背後からは、巴に負けず劣らずの叫び声が…いや、あれは断末魔と雄叫びか…兎に角それらが響き渡り、同時にひっきりなしに飛んでくるのは仲間達からの通信。しまいにはメガトロンからも苦情の通信が入った。どうやら我らが司令官の怒りの矛先は、ディセプティコンにまで向けられてしまったようだ。この調子ならレノックスも今頃、犯人探しと手当たり次第に尋問を開始していることだろう。
早とちりで基地を修羅場にしてしまったことには流石に負い目を感じているがしかし、今はもうそんなことはどうでもいい。熱を持ったこのブレインは、論理的な思考などとうに放棄している。
ああ、無性にキャノンを空に撃ち上げたい気分だ!我ながらハイな状態で穏やかでないことを呟いたのが通信で漏れたらしく、更に騒がしくなる通信回線を全てシャットアウトしたなら、一切の迷いが消える。何もかもが二の次だ!
『止まらんと撃つぞ!!』
「洒落にならない威嚇やめてくれません!?」
巴の有り難い忠告は、どれもこれも聞けそうにない。
愚かな俺は今こそ、ややこしい恋に、面倒な本能に、立ち向かう。
Look me!
ダンディ祭、遅刻ラスト。