あたしが手習いに行っている少林寺の先生の息子さん・小先生の奥様は、由緒正しい大きな呉服屋の一人娘さんです。



「昨日成人式の着付けの仕事で大忙しだったんだけどね、そういえば巴ちゃんに似合う振袖はどれかしらと考え出したら止まらなくなっちゃって。こうなったらもう今の内に選んでおきましょう。」



セレブの突発的行動力は目を見張るものがあるよなあと、されるがままに着付け部屋に連行され、あれやこれやとお着物を当てられること数時間。

漸く満足のいくコーディネートができたらしい彼女は、「今カメラにハマってるの。準備してくるから休んでて。」と美しすぎる笑顔を一つ、部屋を出て行く。



「……疲れ、た…。」



着付けって不思議だ。自分は何もせずにただ立っているだけなのに、動いているより体力を消耗するんだもん。何故。全体的な拘束の力故だろうか…。

そんなこんなで、あたしはここ最近で一番疲れていたのだ。練習途中で連行され、着付けの前にシャワーもしていたので、完璧に体が休息を求めて止まなかった。

流石に借り物の着物で横にはなれない。多少皺になるかもしれないけれど、とりあえず座ることだけは多目にみて頂くことにして、そっと傍の机に腕を置いて、れを枕に目を閉じた。

ら、次の瞬間には爆睡してたなんて、いつも通りのあたしあるある。


だけど、目が覚めたら途端にさざめく海が目に入っただなんて、流石に過去、夢の中でも例がなかったんですけども。







「なんだてめェは。どこから現れやがった。」





お腹の底に響くような重低音が真上から降り注いで、気をつけていた筈がいつの間にか寝そべっていた体を反射的に起こす。あれ…床が畳じゃない?

ぼんやりとした頭で異変に気付いたあたしの下には、畳とは全く違う白い布がひかれていた。布団…にしては、些か固いような…。

兎に角、さっきの声は一体誰だろうと、声のした方を見上げて、予想外の光景に呆然とする。


巨人って、初めて見た。



「………。」

「どうした、喋れねェのか。」

「い、え。喋れます。」

「そうか。それで、おめェは誰だ?瞬きの間に現れたとしか思えねェが…気配も無しで出てきやがって、人の膝で寝てるときた。」

「え、膝?…うわっ!?高っ!え、ええ!?あっすみません!!すぐ降ります!!」

「ふっ…グララララ!!おめェはリスか何かか!」

「え?え!?」



かつて無い混乱の極み陥っていたあたしは、見知らぬ巨人の男の人の膝の上に居たことと、下を見た時に気付いた木の床との思いがけない距離に主に取り乱していた。

思わずしがみついた足元の白い布は、その巨人の人のズボンだったらしい。膝があまりに広すぎです。ベッドかと思う広さの膝って…!

いやそんなことより、何であたしは巨人さんの膝に居るの!?夢にしても突拍子が無さ過ぎる!そして知らない人の膝で寝てるとか失礼過ぎるでしょう!

兎に角ここから降りるのが先決だ。この高さなら飛び降りても大丈夫だと、体勢を整えて身を投げる。─その前に、これまたビックサイズの手の平が目の前に現れて、ヒョイと体を包み込まれた。うわわわわ!!?



「わっ!?えっ、あのっ!?」

「潰しやしねェよ、おめェ、名は?」

「は、えっと、巴、です。」

「トモエ、か。可愛い名じゃねェか。」

「あ…ありがとうございます?」



エレベーターばりの浮遊感に体を固めていると、いつの間にかあたしは巨人さんの手のひらで正座をして、彼の目の前にかざされるように目を合わせていた。

見たこともないような立派な鼻の下の白髭がまず目に入り、思っていたより年配の人だと気付く。頭に巻かれた黒いバンダナの下には、非常に包容力を感じる瞳があった。…何と言うか、全体的に西洋風のお顔立ちで…やっぱりサイズは大きすぎるけど。

しかしその手付きは、自分より小さい人間を扱い慣れているのか非常に丁寧だ。そして言葉遣いは粗いけど、内容や響きはとても優しい。それだけでふっと混乱が解けて、あたしは漸く落ち着きを取り戻した。



「あの、すみません。勝手に膝の上で寝てしまって…どうして此処にいるのか、あたしにも分からないんですが…此処はどこなんでしょうか?」

「此処は俺の船だ。まさかとは思うが…うちの息子の誰かに浚われてきたわけじゃねェな?」

「息子さん…?いえ、あたし寝る前までは知り合いの家で着付けをしていて…って、船!?ここ海の上ですか!?」

「あァ。」



あっ確かに言われてみれば何か不規則に揺れてる!嘘!?あたしが寝てる間に何があったの!?それともこれってやっぱ夢!?や、人の手のひらに乗ってる時点でファンタジーだよね!!

再びあわあわし出すあたしを見つめながら、目の前の巨人さんは何か考えているようだった。つられてあたしも口を閉じると、沈黙に気を使ってくれたのか、大きな白髭の下で笑みを作る。そういえば、九代目もこんな造形的な髭ではないにしろ、立派な髭をお持ちだったなあ。



「トモエ。」

「あ、はい。」

「おめェ、海軍やどっかの海賊のスパイじゃねェな?」

「か、海軍?海賊?」



海軍って…所謂陸海空の海軍のことだろうか。それはそれとして、海賊って。昔海外のニュースで海賊がどうのって言ってたのは聞いたことあるけど、今時希少なんじゃ…え、その希少な海賊のこと?

いやでもこんなに巨大な人がいるって時点で、やっぱりこれは夢なんだと思うのがしっくりくる。多少現実として辻褄が合わないことを言われても、とりあえず正直に答えておくのが一番だろう。



「海軍でもないし、海賊でもないし、スパイでもないですよ。」

「あァ、その言葉を信じるぜ。後はうちの息子達に聞いてみるしかねェな。…おい野郎共ォ!!今すぐ全員集まれ!!」

「わっ…!!」



す、凄い声量…!!失礼かとは思ったが、思わず耳を塞いでしまった。すると巨人さんはちょっと目を見開いて、悪ィな、とまた笑う。ニヒルだ。



「おう親父。何かあったのか…って、何そのカワイコちゃん?」

「全員集まってから話す。害はねェ、警戒してやるなよ。」



男前の笑顔に見惚れている間に、眼下がざわざわと騒がしくなってきた。巨人さんに呼びかけたらしい声に反応して下を見れば、なんとビックリ全校集会かと思う数の人がぞろぞろと巨人さんの前に集まってきている。しかもそれがほぼ全員いいお歳の男の人で、強面率が高いこと高いこと。唯一安心したことと言えば、その八割はあたしの見慣れた普通サイズの人間だったことだ。残り二割は、巨人さん程とは言えないけど、やはり異様に体躯が大きい。

いやでも…キャバッローネの皆さんで見慣れているとは言え、流石にこの強面の集合図は恐い。よく見れば何かみんな剣とか銃とか持っていらっしゃる。まさかここマフィア関係ですか!?リボーンの仕業!?

怯えるあたしに気付いて下さったのか、巨人さんは庇うように、あたしを乗せた手のひらをそのまま自分の胸元に近付ける。…って、えええ、年配の筈なのになんだこの鍛え抜かれた胸板!羨ましい!

そんな感じで思考があっちに飛んだりこっちに飛んだりしていると、どうやら巨人さんの言った全員、が集まったようで、彼の一言でざわめきは波のように消えていく。



「てめェら、この嬢ちゃんを知ってる奴はいるか。気付かねェ内に船に乗ってたらしい。誰か連れて来た覚えはねェか。」

「オイ誰だよ浚ってきたの、まだ子どもじゃねェか。可哀想に。お前だろ。」

「俺じゃねェよ!」

「和服だ。ワノ国の女か?」

「ワノ国の女って奥ゆかしいんだろ?いいなァ、嫁に欲しいなァ。」

「ワノ国の奴ならイゾウさんじゃねェのか?」

「イゾウ、お前ロリコンだったのか?」

「フザけてんじゃねェぞ馬鹿共が。オヤジ、俺じゃねェからな。」

「あァ。全員、心当たりはねェか。」



再度問いかけた巨人さんの言葉に、強面の皆さんは不思議そうに各自頷く。それを見た巨人さんは、そうか、と何故か納得した風に呟いたので、気になって垂直に見上げれば目が合った。んん…?






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -