今年に入って何度目かの今年一番の暑さにやられながら、何とか家に辿り着いた午後三時。買ってきたアイスも全滅してるんじゃないかとげんなりしながら、クーラーのついたリビングになだれ込む。
「ただい、ま……」
今日は巴は出かけてる。ランボとイーピン、フゥ太辺りがリビングでだらけてる筈、と思って油断していた。いや、家に帰るのに緊張する奴なんていないけどさあ。
「…………。」
流石に、がたいの良い黒スーツの外人が、麦茶を片手に一人黄昏てちゃ、ビビるなって方が無理だ。
【ロマーリオの夏黄昏】
「……。」
「……。」
「………。」
「………。」
こんにちはボンゴレ。こ、こんにちはロマーリオさん、あれ?ディーノさんは?ボスなら他の奴らと一緒にプールに行ってます、ボンゴレ達も呼ぼうと思いまして、山本達にも声をかけてきました、集まり次第行きましょう。あ、ありがとうございます…。
なんて、簡潔な挨拶と突然の誘いの後に、ロマーリオさんは遠い目をして黙り込んでしまった。ゆらゆら陽炎が見えそうな炎天下を眺める横顔は、機嫌が悪い風には見えない。…多分。
いつものロマーリオさんと言えば、必ずディーノさんの傍にいる、物騒だけど陽気なおじさんって感じだけど、今はそれと180度まるっきり違っていて、戸惑ってしまう。眼鏡の向こうの細い目は、何て言うか、こう…あ、哀愁?みたいな雰囲気で…。
「そう言えば、リボーンさんにビアンキの姿が見えませんね。」
「えっ、あっ、そ、そうですね。何か、朝から二人で出かけるとか、言ってたような…。」
「ああ、デートですか。」
デート…デートなのかあ…まあ一応愛人同士らしいし…。にしたってあの二人じゃ、何処に行っても面倒起こしそうな気がするな…。
リアルな不安を感じつつも、ロマーリオさんが普段通りに話題を振ってくれてホッとした。何があったか知らないけど、とりあえず助かったー……と、思ったのも束の間、チラッと顔色を窺ってみれば、そこには益々沈んだ空気を漂わせるロマーリオさんが。え!?なんで!!?
「……。」
「……。」
「………。」
「………あ、あのー…」
「はい。」
「あ、えっと…その…何かありました…?」
「何か?」
「い、いやその、何て言うか、落ち込んでるみたいに見えるので…。」
「…流石はボンゴレの後継者です。誤魔化しは効きませんね。」
いや…多分ボンゴレとか関係なく誰でも気付いたと思いますけど…とは言えない。ああホント、何で今日に限って俺がロマーリオさんと二人きりなんだろう…いつもならこういうのは巴の役じゃん。それにきっと巴なら、もっと上手く訊けただろうし…。
「ここに来る前に、外で巴嬢を見かけました。」
たった今考えていた相手の名前を挙げられたもんだから、俺は思わず肩を揺らして驚いた。ロマーリオさんは相変わらず遠い目のまま言葉を続ける。
「巴嬢は、今日はおでかけだったようですね。駅前の通りで見かけて、ボンゴレ達と同じように、ボスからの誘いを伝えようと思いましたが、できませんでした。巴嬢には既に先客がいたようです。少林寺の仲間でしょうか、ボンゴレ達より随分年齢は上の男が一緒でしたよ。それを見たら、何だか…当たり前ですが、ああ、巴嬢も女性なんだなあと、しみじみと感じてしまいまして。日本の女性は16で結婚できるんでしょう?考えてみたら、巴嬢は後二年で人の物になってしまえるんですよ。悪い意味じゃあないですが…考えられない。いや、考えたくない。あんなに無垢で無邪気な笑顔を見せてくれる巴嬢が、どこの馬の骨とも知れない男のものになるなんて、とてもじゃないが堪えられない。いや、許せない。…まったく、男親でもあるまいし、何を言っているんだと思うでしょう?俺にそんなことを言う権利はないんです。巴嬢を信じて、黙って見守るべきだ。…この言いようのない寂しさは、押し殺して。」
…………うん…これ、俺、なんて返したらいいんだ。ていうか…そんなこと考えてヘコんでたのロマーリオさん!?そんな親心的なものを巴に向けてたの!?
ディーノさんと同じく面倒見の良いおじさんだよなあ、とは思ってたけど、まさかここまで親身になってくれてたなんてちょっと信じられない。巴、お前、俺が知らない内にこの人になにしたの!?
状況が状況なだけに、下手につっこむこともできず、頭に浮かぶ朝出かけて行った巴の後ろ姿につっこんでいる内にも、ロマーリオさんは自嘲めいた笑いを浮かべて、口を付けることのない麦茶のグラスを弄んでいる。い、いじけ始めた…。あああもう!出かけてるのを見られたことも、今ここにいないことも含めて、巴ってなんかこういつもタイミング悪いんだよな…!
「ただいまー。あ、こんにちは、ロマーリオさん。」
「…!巴、嬢…!」
「!!巴!ナイスタイミング!!」
ごめんやっぱ前言撤回!よく考えたら、こういう時いつも呼んだようにタイミング良かった!ほら!ロマーリオさんめっちゃ驚いてるけど機嫌も大分上昇してるし!助かった!!
「タイミングって何が?」
「いやいいから!ほら、ロマーリオさん来てるから!」
「なにそのテンション…まあいいや。お久しぶりです、ロマーリオさん。」
「巴嬢?今日は出かけられてたんじゃ…」
「はい。でもさっき山本君に会って、ロマーリオさんがいらっしゃってるって聞いたので、もしかしたらうちにも来てくれてるかなーと。」
「…一緒に居た男は?」
「事情を話して、今回はお開きしましたよ…って、あれ?なんで相手知ってたんですか?」
「ああ、いや、いいんです、…そうですか、わざわざ、戻ってきて頂いて…、ありがとうございます。」
「え?いや、あたしが勝手に会いたかっただけですから、そんな深々お礼言われることじゃないですよ。あ、その麦茶、氷溶けきってませんか?冷たいの淹れ直しますよ。」
「…ありがとうございます。」
「今日のロマーリオさんはいつも以上に丁寧ですねえ。ツナは?麦茶いる?」
「…うん。」
双子の妹ながら、こいつってば変なとこ母さん似だ。空気読まないと言うか、空気に巻き込むって言うか…。
ロマーリオさんが評価する、無垢で無邪気とかそんなのは、俺からしちゃあ巴は全然当てはまってないと思うけど、その脳天気さが居心地いいっていう意味なら、俺だって心底認めてる。
「ロマーリオさんがプール連れて行ってくれるって、山本から聞いた?」
「うん、聞いた!ありがとうございますロマーリオさん!もう熱くて干からびそうだったんですよー。部下の皆さんも一緒ですか?会うのも久し振りですけど、遊ぶのはもっと久し振りなので、今から楽しみです。あっ、すぐ支度しますから!」
「っ…巴嬢ー!!」
「うん!?あたし今支度するって言いましたよね!?なんでホール、ド、す…っ!!」
「俺が馬鹿だった…こんなに可愛らしい時代が後二年もあるってのに、俺って奴は…!本当にすみませんでしたボンゴレ!」
「あ、はは…。」
とは言え、この熱烈ぶりは理解できないし、落ちかけてるのにランボ達にするみたいに背中を優しく撫でる巴も理解できない。
それこそ後十年やそれ以上経って、父親とかになった時には、今日のこの日を思い出するんだろうか……なんて、黄昏るにはまだ早い、賑やかな夏の午後。
おわり
(よう、お前ら!よく来たな!)
((巴嬢ー!!!お久しぶりです!!))
(公共の場で声を揃えてその呼び方は止めて下さいね!!皆さん!)
(巴嬢がデートをキャンセルしてまで来てくれたぞ!)
((なんだってー!!?巴嬢ー!!))
(え!?デート!?違いますよ!デートじゃないですし別にそんな、あああ!はこ、運ばないでくださいいい!!)
(巴はほんとオッサンにモテるよなー。)
(てめーら巴さんに触るな近寄るなむさ苦しい!!)
(は、はは…。)