日差しの強いとある休日。

練習を終えて、冷たいものでも食べて帰ろうかなーなんて考えながら道場を出ると、道端に意外な姿を見つけた。

白と黒を基調にした、ややパンクめいた(そうでもないか)私服を着て、煙草をふかしている見覚えのある姿。



「あ、獄寺君。」






【ロシアンルーレット】






「巴さん!奇遇っスね!練習お疲れさまです!」



ハキハキとした挨拶と同時に駆け寄ってきた獄寺君は、何だかご機嫌の様子。でも奇遇って…何かウロウロしてたから一瞬待ち伏せされてたかと思ったんだけど…勘違い?…勘違いだよね。



「どうしたの獄寺君、こんな所で。」

「え、あ、その…さ、散歩っス!」



…こんな暑い日にですか。健康的ですね。

なんて、そんな意地悪なことは流石に口にはしないけど…うーん、獄寺君、嘘つけない人なんだろうなあ。やっぱり何か用事があるに違いない。一体なんだろう。まあまず、ツナ絡みであることには間違いないんだろうけど。

兎に角、何だか獄寺君は待ち伏せしていたことを悟られたくないようだし、とりあえず分からないフリをしておくとして…。

「じゃあさ、散歩ついでにちょっと付き合ってもらってもいいかな?」

「いいっスよ!喜んで!」



当たり障りのない言葉で誘って、着いた先は近くのアイス屋さん。

買って食べ歩きもいいけど、あまりに外が暑いので店の中で食べる事にした(真っ直ぐ喫煙席。制服じゃなくてよかった…)。

予想通りと言えば予想通りなんだけど、獄寺君はアイスは注文せずにアイスコーヒーだけを頼む。



「ごめんね、付き合わせちゃって。あんまりこういう所好きじゃない気がしたけど…。」

「全然平気ですよ。どうせ暇でしたし!」



そう応えて、獄寺君はニカッ!と山本君顔負けの笑顔を見せる。うーん、学校での柄の悪さとギャップが。

……そしてやっぱり気になるなあ、敬語…。



「あのさ、前も言ったんだけど…敬語止めない?」

「何でですか?」

「いや、獄寺君がマフィア的な上下関係大事にしてるのは解るんだけどね、あくまで10代目…候補はツナなんだから。あたしはただの同級生なわけだし…」

「いえっ!俺、巴さんのことも尊敬してるんで!」



尊敬ってあなた…。あたしのどこを。この超平凡々なあたしのどこを。

思わず真顔でつっこみそうになったけど、ここでもぐぐっと呑み込んでおく。友人関係大事。



「じゃあせめて、さん付けだけでも…」

「無理っス!」



あの…そんなきっぱり言わなくてもさ…。はー…何とか説得できないもんかなあ。


獄寺君が転入してから結構経つけれど、あたしはまだ獄寺君から使われる敬語に慣れていなかった。いや、多分ずっと慣れない。慣れるわけがない。

実のところ、敬語を使われるのはとても困る。男子から敬語を使われたことが殆どないからというのも一つの理由だけれど、何よりも周りの目が問題だ。

ツナが敬語を使われるのはまだいい。二人は同性だし、傍目不思議だけどほぼ問題ない。筈。が、一応異性であるあたしではまた少し違う。

そう、山本君のニケツ事件の時と同様(最近やっと落ち着いてきた)、獄寺君にももう既にファンのコが、それこそ山のようにいるのだ。

山本君とはまた違う魅力で、獄寺君はかっこいい。夢中になる乙女の皆さんの気持ちはよく解る。うん…解るんだけど、勘違いして嫉妬するコが多いんだ、これが。

山本君の時もなかなか酷かったけれど、獄寺君の場合、元々女子とそんなにフレンドリーじゃないし、はっきり言って愛想悪い。そんな中、端から見れば特別扱いのように敬語を使われ慕われるあたし。…非難の視線は物言わずピシピシ伝わってくるもので…。

だからあたしはこうやって、しょっちゅう敬語を使わないよう頼むのだけれど、返事は一貫してお断りしますの一点張り。う〜ん…何とか止めてもらえないものだろうか…。

と、程良く柔らかいアイスをスプーンで削りつつ考えていると、殆ど嵩の減ってないコーヒーグラスの後ろで、獄寺君が先に口を開いた。



「…ところで、さん付けで思い出したんですけど…」

「ん?」

「あの〜…山本、いるじゃないですか。うちのクラスの野球バカ。」

「ああ、山本君。」



何だか野球バカと言う言葉に刺を感じましたが、獄寺君…。あんまり仲良くないのかな…。



「アイツ、この間まではその…巴さんのこと、沢田さんっつってましたよね。」

「うん、よく知ってたね。」

「…最近、呼び捨てですよね。」

「うん、そうだね。」

「……。」



ん?そこで何故止まる?



「獄寺君?」

「…あの、何でですか?」

「何で…って?」

「だからその…山本と何かあったんスか?」

「や、特には…。山本君、最近ツナと仲良くなったから、自然とあたしも喋る回数増えたくらいだし。それにあたし、男子からさん付けってあんまり好きじゃないから、呼び捨てでいいよって言っただけだよ?」



アイスを食べ食べ説明して、ふと顔を上げれば、やたらと真剣な眼差しの獄寺君と目が合って驚いた。ていうかちょっと睨み顔になってて怖いのですが。

ただそれは一瞬で、獄寺君はすぐに視線をグラスに移すと、ふわっと綺麗な笑みを浮かべる。



「そうなんですか…!ならいいんです。変な事訊いちゃってすいません。あんまりにもアイツ馴れ馴れしいから、巴さんが迷惑ならシメとこうと思って…」

「うん、シメないでね!あ、あたしはさ、馴れ馴れしいくらいが丁度いいんだけどな〜。」



あっぶな…!確認取ってくれただけよかったけど、相変わらず綺麗な顔で物騒なことを言うなあ…!

…あ、それより、彼がこの事について突っ込むなら…



「ね、だから獄寺君もあたしのこと巴って呼びなよ。」

「えっ!?それとこれとは…」

「いいからいいから。そう呼ばれたいの。」



獄寺君の低姿勢っぷりを利用して、少し強引に押してみると、彼は入店後、何本目かの煙草に火を点けなから、あーとか、うーとか唸り出す。…そんなに困られると逆に傷つくのですが、お兄さん。



「…獄寺君さ、そんなに呼び捨てするの嫌?」

「ち、違います!ただ…その…い、嫌では、ないです。」

「じゃあ、どうぞ。」



再度促せば、獄寺君は苦悶の表情で口をもごもごと動かす。

頑張れ!頑張るんだ獄寺君!健やかな友人関係とあたしの平穏な生活の為に!



「…あー…えー…、」



心密かに応援しつつ、獄寺君を見据えたまま静かに待つこと数十秒。

最中、一瞬チラッと目が合って、彼はぐるんっと顔ごと目を逸らした。へ?



「やっ、やっぱ無理っス!!」

「えぇ。」



な、何で?何でなのさ。理由がわからない。

思って、未だ顔を背ける獄寺君をまじまじと見つめると、意外なことに気がつく。

……耳が、真っ赤。



「…獄寺君。」

「…な、何スか?」

「耳赤いよ。」

「!!」



今更隠しても遅いのだけど、獄寺君はバッと耳を両手で押さえた。あの…ちょっと可愛いんですけど…。

じゃあ何、もしかして獄寺君…



「女子に呼び捨てとか照れるタイプ?」

「ちっ違います!」

「だよね。じゃあ何で耳赤いの?」

「こ、これは…っ!」

「これは?」

「っ…。」



…何か、あたしが苛めてるみたいだなあ、これ。思わず人の目が気になってきた。うん…少し黙った方がいいかもしれない。

溶けかけてきたアイスを掬いながら、静かに獄寺君からの言葉を待っていると、彼は不意にぽそりと呟いた。



「…巴さんだからです…。」

「え?」

「もう勘弁して下さい…!!」



いや、ごめん…小声過ぎて聞き取れなかった…。

まあ…かなりレアな獄寺君を目撃したし、これ以上苛めるのも可哀想なので、この件を追及するのは止めておこう。アイスも食べ終わってしまうし、そろそろ本題に入りましょうか。



「えーっと…ところで、獄寺君なんか用あるんじゃなかったの?」

「え?」

「いやホラ、さっきのアレ、道場の前で待っててくれたんだよね?」



だからあたしに何かか用あるんじゃないかなと思って、と付け加えると、ぶわっと音がしそうな勢いで、頬の赤みがぶり返す獄寺君。

あ、あれ?あたしまた何か突っ込んじゃいけない事を?



「いえ、その、用はもう済みましたから…」

「す、済んだんだ。ならいいんだけど。」



…ん?用済んだって、敬語がどうとか山本君がとうとか名前がどうとかしか話してないような気が…。

…まあいいか。何かつっこむ度にこっちが不憫になってくるし…。
いや、あたしはツッコミをいれてる気はないんだけれど如何せん、どこか天然で楽天的な両親を持って生まれたあたし達兄妹は、否応無しにツッコミ属性というこの悲劇…もはやどうしようもないのだ。

…って、いやいや今はそれより…。



「……。」

「……。」



話も終わったし帰ろうか、と軽〜く言えない沈黙が何故か流れて、堪えきれず盗み見た獄寺君の額はやっぱり赤い。


…理由がさっぱり分からないけど、もう少し涼んでから出ることにしよう…うん。







どうにかこうにか気まずい雰囲気を吹き飛ばして店を出た後、獄寺君はあたしを家まで送ってくれた(所々紳士的)。

その頃には暑さも随分引いていて、爽やかな風があたし達の間を吹き抜ける。



「付き合ってもらったのに、送らせちゃってごめんね。ありがとう。」

「いえ、10代目によろしく言っといて下さい。」

「うん、じゃあまた。」



軽く会釈をして帰っていく獄寺君の背中を見送りながら、やー今日は随分貴重な獄寺君が見れたなあ、なんて考える。

本人には悪いかもしれないけど、これはツナに報告もの…と、そんなあたしの心の声が聞こえたかのように、不意に獄寺君が立ち止まり振り向いたものだから、驚いてあたしも家に入ろうとしていた足を止める。え、今のは口にしてないよね!?



「あ、の!」

「う、うん?」



…また何か可愛い(顔赤い)獄寺君になってる。

あ…そっか、妙に赤面のターンが多い気がしてたけど、獄寺君ってハーフなだけあって肌の色が比較的白いんだよね。だから余計目立つのか。あー納得納得、別におかしいことじゃなか




「ま、たな!っ…巴!!」





そう叫んだ瞬間、獄寺君は猛ダッシュで走り去る。

ぼんやりと一人で納得していたせいで、展開について行けない。が、これだけは分かる。そう、これは見事な言い逃げというやつで。



…あの、大変申し訳ないんですが、


凄く、可愛いと、思って、しまいました。




「つ…つられてこっちまで顔熱い…。」







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