「その弁当は、私が彼女への詫びとして約束していたものなんだよ。」

「あ、ハゲィさんおかえりなさい。そうなんですか?」

「詫びって?」

「兄への文を頼んだ時に面倒をかけてしまったんだ。」

「仕事なので別にいいと言ったんですけど、最終的にはお言葉に甘えちゃいまして。」

「それで食堂のご飯にしたんだ。」

「はい、カマーさんが閻魔庁の食堂のご飯は美味しいって言っていたので、一度食べてみたいなあと。すみません、結局こちらで食べるなら、包んでもらったのは二度手間でしたね。」

「いえ、構いませんよ。」

「そうだったんだね。座敷童子達も喜ぶから、またいつでも食べにおいでよ。」

「…ありがとうございます。」



ハゲィさん、巴ちゃん、閻魔大王と三人揃って席に揃うと、それぞれ手を合わせてから箸を動かし始める。…見た目も食べ方も三人三様で、ちょっと面白い。



「おおー美味しいです。原材料が何か分からない物がいっぱいありますが。」

「やはり、現世と地獄では食べ物は違いますか。」

「そうですね、まず素材が育つ環境が違いますし。」

「だよねえ、ワシはもう地獄の生活が長いから何でも食べれるけど、昔は鬼達と嗜好が合わなくて地味に大変だったよ。」

「うーん、分かります。」

「じゃあ現世のご飯って、俺達の口には合わないのかな?」

「人によりますね。現世の食材は、地獄の食材に比べて薄味ですから。」

「そうか、私は薄味が好きだから、意外と合うかもしれない。」

「あ、ほんとですか?なら今度、現世風に作ってくるのでお礼に差し入れさせて下さい。」

「詫びに礼を返されるのはおかしいでしょう。」

「いいじゃない、貰ってあげなよ。そういうのって楽しいことだよ。」



うーん…めちゃくちゃ馴染んでるなあ、巴ちゃん。違和感が全く仕事をしない。…しないのはいいんだけど…。



「茄子。」

「うん。」



…手前の和やかな三人のその後ろ。対比するように何故か真っ暗な背後にいる鬼は、さっきの巨漢な閻魔大王と違って普通…まあ一応普通の体系の男鬼だというのに、異様なまでに陰りを作る。そのこころは──



「…お疲れ様です…。」

「!!ヒィッ!!?鬼灯君!?」

「鬼灯様、お疲れ様です。」



バリトンボイスが地を這うが如く、悪寒が背筋を走っていく。…さっきより機嫌悪くなってるじゃないですか鬼灯様!!?

地獄の閻魔様すら脅える威圧感の中、ハゲィさんだけが平常に挨拶を返した。…いや、意外にもハゲィさんだけじゃない。



「補佐官さん、お邪魔してます。」

「はい。お疲れ様です、巴さん。」

「…なあ唐瓜、鬼灯様の機嫌が急に良くなってない?」

「あ…あれっ?マジだ…。」



本当にどうしたんだ、今日の鬼灯様…情緒不安定?とりあえず怒りを納めてくれたのは良かったけど、未だに閻魔大王が顔色を窺ってるから油断は出来ないぞ。

俺達がハラハラしている間に、しれっと昼食を食べ終えた座敷童子は席から外れ、代わりにそこに鬼灯様が座る。丁度巴ちゃんの正面。鬼灯様はそこからまじまじと彼女の弁当を見て、不思議そうに首を傾げた。



「ここの料理ですよね?何故弁当に?」

「かくがくしかじかで。」

「…そうでしたか。」

「すみません、許可を頂いたのは座敷童子さん達と遊ぶ事だけだったのに、急に…。」

「いえ、貴女は閻魔庁から派遣させて頂いたようなものです。遠慮なくどうぞ。」

「ありがとうございます。今、閻魔大王からもそう言って頂きました。」

「そうですか……。」

「何でこっち睨むの…!」

「大王の気のせいです。」

「成る程、巴さんは鬼灯様の管轄でしたか。」

「ええ、何せ滅多に無い事例なので。」

「滅多にって、どれくらい珍しいんですか?」

「そうですね…800年に一度くらいに珍しいです。」

「そんなに!?」

「すっげー、巴ちゃんってレアなんだなあ。」

「いやいや、あたしもよく分かってないですし、あたし自身は普通ですよ。」

「そうですか?私は、本人にも不思議な魅力を感じます。」

『……!』

「?なんですか?」



口説き文句にも聞こえる台詞を呟いたのは、なんとハゲィさんだった。言葉としては普通に褒め言葉なのかもしれないけど…何せ口にしたのがあの職業病極まる、文字、文字、文字だらけの狂気の匠製造課もとい記録課の主任・文字一筋の葉鶏頭さんだったのだから、そりゃ驚かずにはいられない。本人に他意はないみたいでキョトンとしてるけど…む、無意識でも今のは…!

そっと巴ちゃんの方を窺い見れば、彼女もまた目を丸くしていた。──が、こちらはすぐにへらりと笑って、気恥ずかしそうに口を開く。



「ええと、ありがとうございます。」
「?いえ、ただの率直な感想ですが。」

「はい、だからこそありがたいです。」

「?」

「葉鶏頭さんは良い人だなあって事ですよ。」



…なんだろう、この気持ち、やたら微笑ましく見える光景…無性に癒されるぞ…。まさかハゲィさんで癒される日が来るなんて…。

しかし、そう長くは和んでいられなかった。相反するが如く、隣からひしひしと感じるのは、恐ろしいまでの苛立ちの気配再び。…マジで鬼灯様どうしちゃったんだよ!?さっきまで普通だったのに!!



「ほ、鬼灯君、おち、落ち着いて…。」

「落ち着くのは大王の方でしょう地獄の主神たるものが何噛んでるんですか何ですかその冷や汗は見苦しい。」

「お願いだから落ち着いて鬼灯君!おぶっ!!」

「食事中は静かにッ!!!」

「!!?補佐官さん!?」

「…お疲れですかね。」



大王が部下に(金棒で)殴られては、流石に素面でいられなかった巴ちゃんとハゲィさん。それを横目で見た鬼灯様は、何事もなかったかのように再び箸を動かし始めた。…俺達獄卒は結構見てる図だからそんなに引きやしないけど…巴ちゃんとか大丈夫かな。



「そういえば巴ちゃんって、何で鬼灯様のこと名前で呼ばないの?」

「へっ?」

「今聞く話じゃなくね!!?突拍子ないな!」



茄子の奴…!!いくら慣れててもスルーはないだろスルーは!巴ちゃんもついて行けてないし…!と、突っ込んだところでこののほほんフリーダムはお構い無しだ。つーか、何で急に…。

問われた巴ちゃんは、机に伏して動かない閻魔大王を見たり、鬼灯様を見たり、戸惑いながらも質問に答える。



「あ、え、失礼、でしたかね?」

「んーどうだろ。でも巴ちゃんって、十王庁みんな回ってるよね?“補佐官さん”っていっぱいいるから、ややこしくないかなあって。」

「あ、ああ…他の庁の方はお名前で…。」

「じゃあなんで鬼灯様だけ補佐官さん?」

「最初にお会いした時に、閻魔庁の補佐官です、と言われたので…。呼び名って、最初に呼んだものが定着しません?」

「あ〜分かるかも。そっかー。」

「あの…補佐官さんは、その、不快でしたでしょうか…。」



律儀だな巴ちゃん…たった今理不尽に暴力を奮った鬼神に問いかけてみるとか…。

ハラハラしながら鬼灯様の答えを待つ一瞬、それは長い長い沈黙…………っつーか…実際長くないか、沈黙が。

返らない答えに巴ちゃんは焦ったようで、続けて何か言うべきか否か迷っているのであろう口を開けたり閉めたり。そして鬼灯様と言うと──



「え?」



同じ…だと…?いや、何と同じかって、巴ちゃんと、挙動が同じで…口を閉じたり、開いたり…。

な、ええ?これって…言い淀んでるの、か…?あの、物を言うにも暴力的指導にも微塵の躊躇いもない鬼灯様が…!!?



「あ、あの…すみませんが、どちらが失礼に当たるかだけでも教えて頂けると、たかだか十数年しか生きていない小娘にはありがたいのですが…。」

「巴ちゃんそんな恐縮しなくても!」

「?鬼灯様?」

「やはりお疲れなのか…。」

「……の、…」

『!!』



鬼灯様の口から微かに声が漏れて、俺達の注目は一点集中。その無表情こそ微動だにしないものの、下がった視線はどこを見ているのか、ふらりふらりとさ迷いまくりで、いつもの鬼灯様らしくない。と、思ったその時だった。



「…………名前で…」

「!!?(声小さっっ!!)」

「は、はい!鬼灯…さん?で、い、いいでしょうか。」
「………はい、それで…」

「(やっぱ声小さっ!!?)」

「良かったね〜巴ちゃん。」

「そ、そうですね…?」

「良かったね、鬼灯様。」

「やっとだね。」

「やっと?」

「……。」



何故かこのタイミングで戻ってきた座敷童子達に、珍しく無言で返した鬼灯様は、さっさと膳を掻き込むと、それから数分もしない内に食堂から出て行ってしまった。

呆気にとられる俺と巴ちゃんは、何となくお互い顔を見合わせるばかりで、この何とも言えない空気が動いたのは、閻魔大王がむくりと起き上がってから、やっと。



「ったくも〜…鬼灯君は素直じゃないんだから…。あ、巴ちゃん、ありがとうね。大丈夫だった?」

「閻魔大王が大丈夫ですか!?」

「ああ、ワシはいつもの事だから…。葉鶏頭君もごめんね〜とんだとばっちりで。」

「?いえ…?」

「な、何だったんですか今の…?ていうか、今日の鬼灯様、様子が…。」

「うん、もう大丈夫だよ。今日の残りの仕事は絶好調じゃないかな。」

「え…ええ〜…?」



もう何が何だか分からないぞ…!?閻魔大王殴ってスッキリしたって事か…!?いや、それならさっきの変なやりとりは…!?



「巴ちゃん、やっぱレアだなあ。凄い鬼に惚れられちゃったし。」

「はい?」

「え?」

「はあ、成る程。」

「……えええ!!?」

「唐瓜君!シーッ!!」

「鬼灯様、分かり易い。」

「だだ漏れ。」








後から茄子と話して出た結論としては、座敷童子を構ってばかりの巴ちゃんにヤキモキしてたんじゃね?ってことと、惚れた女が他の男と仲睦まじくしてたら不快だし、好きな人には名前で呼んでもらいたいよなあ、という、こっちが恥ずかしくなるような甘酸っぱい憶測だった。


…そしてこの青春劇は、この後も閻魔殿で度々目にすることになる。

それを目撃する度に、俺達の方がむず痒く悶える事になるのは、言うまでもない。





【進め直れとやれ喧しき】




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