「ほ、補佐官さん?」



押し黙った自分を呼ぶ声は、やはり私の名を紡がない。

彼女は鈍い。あまりにも鈍い。

露骨にはならない程度に他人とは違う好意を寄せてますよアピールはしてきたというのに、鈍すぎる。こちらは大王や下戸神獣にバレる程に分かりやすかったようだというのに、腑に落ちない。腑に落ちないにも程がある。


などと、端から見ればあまりに身勝手な苛立ちに苛まれていたその時、彼女はふと視線を上げた。次の瞬間、




「鬼灯様、女連れ込んだ。」

「連れ込んだね。」

「…連れ込んでません。」

「えっ!?わ!?空から女の子が!」

「ジブリですね。」



正しくは、屋根から落ちてきた黒と白の少女は言わずもがな、閻魔殿に住み着いた座敷童子の二人だった。

着地したのはいつもと違って私の方ではなく、巴さんの膝と背中。座敷童子のテリトリー内にも関わらず、気配を消して現れた彼女達に一瞬早く気付いた巴さんは、殆ど反射らしく、それぞれを受け止めるように腕を伸ばして支えていた。

……こういうところは、鋭い。



「ああビックリした…危ないよ、着物でアクロバティックな事しちゃ。鬼灯さんの娘さんですか?」

「違います、座敷童子です、私は独身です。」

「座敷童子!?え、うわー初めて見ました!じゃああたしより年上ですよね、失礼しました。あたしは巴と言います。お邪魔してます。」

「知ってる。巴、裁判保留のメッセンジャー。」

「土日以外いつも来る。」

「文渡して文貰って出てく。」

「鬼灯様のお気に入り。」

「こら、余計な事を。」

「鬼灯様、結構奥手。」



…それは今自分でも思ってましたけど、今言うことではないです。

と、ツッコミたくてもツッコめない状況に、ちらりと彼女の顔色を窺うが、メジャー妖怪を前に今の言葉は完全にスルーしたようだ。…良かったのか悪かったのか…。



「お名前聞いてもいいですか?」

「一子。」

「二子。」

「わあ分かりやすい。」

「鬼灯様が付けてくれた。」

「そうなんですねえ。」

「巴、遊ぼう。」

「鬼灯様、巴かーしーて。」

「はーあーい、と言いたいところですが、巴さんは私の物ではないので。」

「鬼灯様の物に相応しいかテストする。」

「嫁試験。」

「鉢かづき姫の話でそんなのありましたね。」

「今時マニアックな昔話知ってる。」

「現代っ子なのにね。+0.5点。」

「採点厳しそうですねえ。」

「はあ…。」



駄目だ。もう二人きりで話す雰囲気ではない。子ども好きな巴さんのことだ、優先順位は彼女達が繰り上がってしまっているだろう。

何より、先程から二人が放つ核心を、冗談として流されていることに耐えられそうもない。ここは一旦退避するのが得策。



「えっと、補佐官さん、あたしどうしましょう?」

「…プリンはとっておきますよ。二人の分も用意しておきますから、遊び終わったらおやつにしましょう。」

「行こう、巴。」

「鬼灯様、結果お楽しみに。」

「わっ、あ、ありがとうございます補佐官さん!色々と!」




色々と、か…。


二人に両手を引かれ、駆けていく後ろ姿を眺めながら、何とも言えない溜め息が出る。

長期戦は覚悟の上だ。焦ったところで仕方がない。座敷童子二人が見極めるように、巴さんにも私を見極めてもらわなければならない。


そうでなければ意味がない。恋愛なんて面倒なものを謳歌するには。





「自分に意外とヘタレな一面があるということも分かったことだし…。」




彼女達に捕まっている限りは、閻魔殿から出られやしないのだ。彼女の此処以外での交流関係を見てしまった今では、それだけでも心が落ち着く。



…さて、とりあえずは、ヤンチャ妖怪二人を相手に、彼女は無事に戻って来れますかねえ。






【霞を掴むは愚者】





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