*桃太郎





「こんにちはー、お届け物にあがりましたー。」

「あ、巴さん。お疲れ様。」

「お疲れ様です、桃太郎さん。」



そう言って必ず玄関先で立ち止まり、会釈をして、中には決して立ち入らない律儀な女の子は、最近うちの薬局によく配達に来るメッセンジャーだ。

名前は巴さん。外見の歳は多分俺とそう変わらないくらいで、茶色の瞳に茶色の癖毛──と言っても、地獄の一般的な鬼のような天パではないし、角も無い。

この店の店主である女好きの知識の神様・白澤様が言うには、恐らく彼女は裁判待ちの亡者だろうとのことだ。言われてみれば着物の袷はいつも左前だけど…裁判待ちの間に亡者がこんなアクティブに働くなんてことあったっけ?という疑問は、まだ本人に聞けずにいる。

何故かってそりゃあ、相手が女の子とくれば真っ先に対応するのは白澤様なわけだし、彼女はあくまでメッセンジャー、そうそうゆっくり話している時間なんて無い。それでも巴さんは人当たりがいいから、今やすっかり顔馴染みだ。



「白澤さんいらっしゃいますか?昨日お届けしたお薬の受領書をお渡ししたいんですが。」

「いるんだけど、今日は出られそうにないかな…。」

「?お仕事中ですか?」

「いや、逆、逆。」

「逆?」

「うん、二日酔いで朝から潰れてる。」

「あらら、元気ですねえ。」

「今元気じゃないけどね。そういうわけだから、今日は俺が預かっとくよ。」

「じゃあすみません、お願いしま」

「優しい優しい巴ちゃんだったら、僕のこと心配して看病してくれると思ったのになあぁ〜…うぇっ…。」

「わっ、ちょっと白澤様!男に寄りかかるくらいフラフラなら起きてこないで下さいよ!」



根性で起きてきやがったよこの人は…。さっきまでピクリとも動かなかったのに、人に寄りかかっているとは言えちゃんとここまで歩いてきたんだから、女好きもここまでくると尊敬に値する。いや、人の肩越しに吐こうとする人は流石に尊敬できないわ!!



「こんにちは、白澤さん。」

「こんにちは、巴ちゃん。あれ、今日制服じゃないね。巴ちゃんの私服姿初めて見たなあ。明るめの色が可愛いね。」

「ありがとうございます、これも支給品ですけどね。」



…言われてみれば、確かに今日の彼女の着物は、制服だという見慣れた軽装ではなくて、どちらかと言えば今の俺の格好に近い、小袖に袴の姿だった。左前なのは彼女の立場をしっかり表しているけど、確かに色合いはいつもよりちょっと明るい。

…って言っても、言われなきゃ形も色も似た感じだから、替えの制服と間違える程度の違いしかない。のに、それに気付く白澤様の目敏さと、変化をいちいち細かく褒める口の軽さに感心する。

けど、どちらかと言えば、そんな白澤様を素面で流す巴さんの方が凄いのかもしれない。



「じゃあ、あたしはこれで。お大事に。」

「えええー巴ちゃん寄ってってよ。今日って本当はお休みでしょ?」

「あれ、よく分かりましたね。」

「そりゃここ最近は、巴ちゃんしか届けに来ないように言っ…じゃなくて、巴ちゃんが届けに来てくれてるから分かるよ。わざわざお休みの日にありがとう。」

「不穏な事言ったなこの助平爺!!」

「いえいえ、お届けものが残っているとあたしが落ち着かないだけなので。」

「(まるっとスルーだ…)」

「ううん、いつも助かってるよ。そのお礼ってわけじゃないけど、お休みならちょっと入ってお茶でもしない?」

「あはは、気を遣わないで下さい。白澤さん二日酔いじゃないですか。お気持ちだけ頂いておきます。」

「いやいや、巴ちゃんがいたら二日酔いくらい治ると思うんだよね。真面目な話。」



言葉通り異様に真剣な顔で、まだ玄関先に立っていた彼女の手を掬い取る白澤様に、巴さんはぱちぱちと瞬きを二回。不思議そうなその顔は、こちらが困るくらいに無垢だ。

これは多分…いやほんとに憶測なんだけど、巴さんってもしかして、割と最近こっちに来たばかりなんじゃないか?だとしたら、彼女の生きた現世は、俺が生きていた室町時代より遥かに寿命が長い。寿命が長いっていうのは、子どもである時間が増えるってことで。話によると成人の定義なんで二十歳になったらしいし、結婚なんてそれよりもっと遅い方が多いと聞く。

つまり、巴さんはまだ子どもなんじゃないだろうか。賽の河原行きを免れたなら、まあ、女性、にはなっているのだろうけど、こう…白澤様に男として女を見る目で見られても、全く反応がないのは、そういう理由かもしれない。

そして残念なことに、そんな珍しい反応がかえって白澤様の好奇心を擽る。だってこの神獣、ストライクゾーン広すぎだしな…。



「ね、これから予定が無いなら遠慮しないでさ。」

「あー…すみません、お誘いは嬉しいんですけど、あたし、これから人に会う予定がありまして、実はちょっと急いでいて…」

「ええそういうわけですから貴方は一生そこで吐いてろこのスケコマシが。」

「へっ?」



粘る白澤様に、申し訳なさそうに断りを入れる巴さんの言葉に被って、妙に低いバリトンボイスが響いた。

かと思えば、彼女の背後が暗く陰り、そこからにゅっと何かが生える。それがたった一度の瞬きの間だったから、何が何だかか判らなかった俺とは違って、白澤の動きは素早かった。



「うおお!?危なっ!!!」

「チッ…こんにちは、巴さん。お仕事お疲れ様です。」

「あ、こんにちは、お疲れ様です〜…じゃなくて!!不意打ちでその速さの目潰しは凶悪過ぎますよ補佐官さん!!!」

「ほ、鬼灯さん…。」



何かと思えば鬼灯さんだった…神出鬼没の権化かこの鬼は。今の状況だと字面的に鬼出神没になるけどな。大体いつもそんな感じだけど…。

兎に角、巴さんがつっこんだ通り、鬼灯さんは相も変わらず凶悪な悪戯(容赦ない急所狙いの全力目潰し)をかまし、対する白澤様は避けたには避けたけど、天敵の襲来と不意打ちに青い顔をして尻餅をついていた。こりゃ二日酔いもぶり返したな。



「オイコラ暴力官吏!!何の用だよいきなり!!」

「彼女に用があるんです。先週から会う約束をしていたので。にも関わらず、突発で貴方に捕まってしまった挙げ句絡まれていたとくれば不愉快に決まっているでしょう。大人しく目を潰されなさい。」

「目潰されるほどの理由になんねーだろ!当たり前みたいに言うなよこの鬼!外道!」

「鬼ですし外道ですがそれが何か?」

「ほ、補佐官さん!すみません。お忙しいのに待たせてしまって。」

「いえ、有給を取りましたんでそこはお気にせず。私が気に入らないのはあっちの下戸です。」

「自分がウワバミだからって偉そうに…!」

「あ、もしかしてお二人は仲良しさん─」

「違います。」

「違うよ。」

「じゃ、じゃあ単にお友だ」

「全く違います!」

「まさかまさか!」

「……桃太郎さん、あたしはどうすればいいですか…。」



解る、解るよ巴さん。こんな顔の整った切れ長の四つの目に片や睨まれ、片や迫力のある笑みを向けられたら、女性じゃなくても怖いよそりゃ!

とは思えど、この二人の喧嘩を止められる筈もない。せめてこれに慣れている身として盾になってあげようと、また言い争いを始めた横でそーっと巴さん側に横にズレる。と、



「…、」

「へっ?」

「わっ!?」



四つの目の内の一対がギロリとこっちを見たと同時に、再び長い腕が袂を翻して伸びた。それは俺にではなく、俺が隠そうとした巴さんの首根っこに。…ええ?



「うわ、え、何ですか!?」

「いえ、何でも。」

「何でもない力の入れ具合じゃないですよ!?く、首が…!」

「鬼灯さん!巴さん足浮いてますって!!」

「ああすみません、あまりに軽いので。…時に桃太郎さん、」

「は、はい!?」

「…いえ、何でも。」

「!?…!?」



な、何だ…!?今日の鬼灯さん、ちょっと挙動がおかしいと言うか…。大体、巴さんに何の用があってわざわざ此処まで?

彼女が裁判待ちの亡者なら、鬼灯さんと関わりがあっても驚かないけど、仕事関係なら有休使う意味ないし、このワーカホリック鬼神が有休を使うなんて相当な理由じゃないか?その割に白澤様と喧嘩を始める程度にはのんびりしているし…。

しっくりくる理由をあれでもないこれでもないと探している間に、鬼灯さんは巴さんの首根っこから手を離し、伸びてしまった生地をちょいちょいと直していた。…身長差凄いなー。



「巴さん、貴女いつもこんな風に絡まれているんですか。」

「いやいや絡まれるって。人聞き悪いですよ。補佐官さんと同じで、白澤さんとか気の良い方だと世間話して下さるんです。」

「これと一緒にしないで下さい。また首根っこを持ち上げられたいですか。」

「えええ?あの、やっぱり怒ってます?」

「怒ってません。怒ってる様に見えますか。」

「正直いつも怒ってるというか機嫌悪そうに見えます。」

「…そんなつもりは毛頭ありませんが。寧ろ貴女が来る時は機嫌が良い方ですよ。」

「MAX機嫌が悪い時が非常に気になると同時に、絶対に配達時に当たらないことを祈ります…!」

「…はぁ。」

「あ、すみません、わざわざ天国側まで来てもらって疲れましたか?」

「いえ、鬼の体力を舐めると酷い目に合いますよ。」

「うん!?何か恐ろしげなこと言いましたね!?裁判終わってからの話ですよね!?」

「…へェ〜、ふーん、成る程ねえ。」



暫く凸凹な二人のやり取りを眺めていると、珍しく鬼灯さんの悪口に反応しなかった白澤様が、近くの作業台に寄りかかってニヤニヤと呟いた。

二日酔いがぶり返して黙っていたのかと思いきや、その表情は余裕満面。…って言うか、そこはかとなく人を小馬鹿にした表情で、鬼灯さんは再び眉間の皺を険しく寄せる。しかしやっぱり、白澤様が怯むわけもなく。






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