「うわっ、ちょっ、巴!!前!前隠して!!さらし巻いてないんだから流石にヤバいって!眼福だけど!」

「ちょっと…何、急に。」

「見苦しいものを目の前ですみません!すぐ着替えて出て行きますから!あっ、着物みんな洗濯して頂いてありがとうございます!」

「は?だから今すぐには此処から出さないって言って」

「駄目です!上杉さんが来るならそれは別問題です!!何なら、上杉さんが帰ってからまた来ますから!」



前田の風来坊が軍神の名前を出した途端に、巴ちゃんは制止も聞かずに焦りだした。

焦った挙げ句、男である俺達の前で寝着の両肩を抜いて、枕元に畳んでおいた着物に手を伸ばすという恥じらい皆無なことをするときた。えぇー…いや、かすがほどとは言わないけど、見せても問題無い体だけどさぁ…。
まあ、この際目の前の肌色は気にしないことにするとして。



「軍神が来たら、何かまずいわけ?」

「とりあえず絶対怒られます…!!怒られなくても、色々問題が…!いやあたしが悪いんですけど…!そういうわけで慶次さん!後はよろしく頼みました!」

「いや駄目だろ!もうかすがちゃんが事細かに説明しちゃってるだろうし、いなかったらいなかったで謙信すっげー心配するぜ?」

「でも今のあたしの体の状態を見せたらこの辺り一帯の作物に影響が出そうな気がしますよ…!!」

「う、うーん…それは否定できないけど…。いやいや流石に謙信は余所様の領地で周りに八つ当たりはしない…筈。」

「たとえそれをしなくても、またあたし半年くらい越後に留められますよね!?」

「あー…かもなぁ。」



成る程、どうやらこの子は、随分と軍神の寵愛を受けているらしい。それでよくかすがと仲良くなれたなあ。いや、だからこそ仲良くなれたのかな。



「猿飛さん、急ですけど、武田さんにご挨拶させてもらえますか?」

「えー多分今、旦那と殴り愛してるから無理。」

「なっ殴り合い!?」

「幸村には刺激が強がったねえ。」



はぁ…と曖昧な相槌を打ちながらも、彼女はさっさとさらしを巻き終える。この子、女の子としての自覚無いなぁ…無視して部屋から出てかない俺達も大概だけど。

とか思っていたけど、彼女が上を羽織るその前に、突然風来坊が細い手首を掴んで止めた。そして有無を言わさず腰にぶら下がっていた寝着を直すと、そのまま抱き締め……えっ。



「わ!?ちょっ、慶次さん!?何ですか!?」

「ここは幸村達に甘えてさ、体ゆっくり休めた方がいいと思う。ここから出て倒れたら、それこそ謙信も倒れるよ。何より先に俺が成敗されそうだし。」

「いやいやいや慶次さんは逃げ足速いっていうか速すぎますから大丈夫ですよ!」

「怒り狂ったあの二人から逃げられる気はしないねぇ…。大丈夫だって、怒られるなら俺も一緒に怒られるからさ。それに、ちょっと疲れただろ?」

「……、」

「美人二人を見てさ、ちょっと癒されてもバチは当たんないよ。少なくとも、毘沙門天からは当たんないね。巴はいつも頑張ってる。だから俺達、心配したり怒ったりするんだ。今回も、大変だったな。お疲れ様。」



さっきまで半裸だった女の子を抱き締めるとか何なの?恋仲なの?

……と思ったけど、全然違った。

抱きしめたまま諭す風来坊の姿に、元々小柄な巴ちゃんが益々小さく見える。それがまるで、本当に小さな子どものようだったから。

口から下が全部埋まってしまっている、彼女の睫が震えてる。そのまま瞼が伏せられると、強張った肩の力も思い切り抜け落ちた。



「…慶次さん。」

「ん?」

「本当に逃げません?」

「大丈夫だって。何なら巴担いで逃げるさ。」

「一応逃げることも考えてるんですね。」

「まあまあ!一応一応!」

「…慶次さん。」

「ん?」

「慶次さん。」

「うん。」

「……慶次さん、ありがとう。」




ああ、この子、こんなに普通に礼を言えるんじゃないか。

人の厚意を受け取れるんじゃないか。


……何だよ。




「…ん、寝たかな。」

「…は!?ちょっとまた寝たの!?いい加減ご飯食べさせないとって思ってたのに!」

「悪い悪い。巴は寝るのが一番体力回復するからさ。このまま起きてたら、いつ逃げられるか分かんないし、もうちょっとだけ寝かせてやってくれよ。」

「もう充分寝かせたつもりなんだけどね…!二日だよ?二日。うちの旦那なら空腹でとっくに目覚ましてるぜ。」

「うん、ごめん。俺とかかすがちゃんの言葉だけじゃ、すっきりしないよな。」



そんな意味の言葉は、今は一度も言っていないだろ。

それを口にすれば不利な気がして、わざと白けた目で前田の風来坊を見る。



「でも巴、さっきのアンタの罵倒と謝罪に、ありがとうって言っただろ?呆気にとられながら。あれが巴の素だからさ、安心しなよ。」



風来坊は、珍しく若干声を潜めてそう言うと、それっきり何も突っ込んでこなかった。相も変わらずお人好しだね、こいつも、かすがも。

そんな奴らに好かれる彼女も、ただのお人好し。多分、それが全てなんだ。…多分ね。

やっぱり今のところは疑いの晴れない結論だけど、それでも胸は少し軽い。次に彼女が目覚めたら、さっきよりほんのちょっとは優しくしてあげられるだろう。その頬のやつれを、素直に心配してあげられる。──少しは彼女が怯えないように振る舞える。そう思えるだけで、今は充分だ。



……まあ、俺様的にはこの時点で、この問題は大体解決、ってとこだったんだけど…。






「かいのとら、こたびのあなたさまのおまねき…いちじつせんしゅう、たのしみにしていました。おいては、はやるこころにあらたなかぜをうけ、このようなこくにたずねまいるはこびとなったことを、まずはわびねばなりません。」

「構わん、此方も軍神の到着、心待ちにしていたぞ!迎える準備はできている、心置きなく泊まっていかれい。」

「あなたさまのひろきこころづかい、まことうれしきこと。」

「この刻だ、歓迎の宴は明日、改めてさせてもらおう。まずはヌシの不安の種を取り除かなくてはな。佐助!あの娘の部屋へと案内せよ!」

「は、はい…。えーっと…もうかすがが部屋知ってるとは思うけど、案内させて頂きます、よ…っと…。」

「………。」

「ええ、たのみます、とらのしのび……ともえが、せわになりましたね。」

「いや〜……ははは…、」





やっべえ、背中凍るかも。いや、物の喩えじゃなくて。








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