「あと、色々、説明して下さったんですよね。ありがとうございます。」

「あー…うん、勝手に話してごめんな。幸村も武田の忍も悪い奴じゃないからさ。誤解、解かなきゃと思って…ほんとごめん!」

「いえいえ、寧ろ凄く助かりました。もしあたし自身が話したとしても、信じてもらえる自信はなかったので。」

「、…っ」

「ほーんと。今日ばかりは前田の風来坊が来てくれて感謝感謝ってね。」



巴殿のさり気ない一言に、じくりと胸の奥が重たくなったその時、それを誤魔化すかのように、佐助が戻ってきた。

相変わらずへらへらとした笑みを浮かべ、人当たりの良さを醸し出してはいるが…巴殿は致命傷こそ受けなかったものの、佐助に痛めつけられたのは事実。怯えてしまわれないだろうかと顔色を窺えば、思いは外れて、彼女は天井から降りてきた佐助をしっかりと見つめていた。



「おはよう、思ったより調子良さそうだね?」

「はい、手当てして下さってありがとうございます。大変お世話になりました。」

「あはー、なーに?その今すぐにでもいなくなっちゃいそうな物言い。」

「ご迷惑をかけたお詫びに何かしていけたらいいんですけど…いなくなるのが一番のお詫びだと思うので。」

「っそんな事…!」

「駄目。」



卑屈にも聞こえる巴殿の意志をきっぱりと否定したのは、佐助だった。その作った笑顔は保ったまま、一際低い声で一刀両断された巴殿は、丸くした目を何度か瞬かせる。



「え、っと…慶次さんから、話は聞きましたよね?」

「聞いたよ。でも駄目。」

「な……あの、敵意はないし、誰かの差し金で命とか情報を貰いに来たわけじゃないってことも」

「解ってるよ一応。でも駄目。」

「でも」

「駄目。」

「まだ全部言ってませ」

「駄目。」

「な、何故…」

「当たり前でしょ、傷も完治してないし、話だって前田の風来坊とかすがから聞いただけで、アンタの口からは何も聞いてないんだぜ?そんな怪しい奴を、はいさようならって爽やかに送り出せると思うの?大体アンタ二日も何も食べてないし行き倒れ必至でしょうが。頬も痩けて血色最悪、女の子にあるまじき顔だよ。不憫な雰囲気で同情されて助けてもらえるかもしれないけどさ、そんな可愛くない性格じゃ無理だね絶対無理。俺様だったら絶対助けたくないわ。陰気だし卑屈だし空気悪いし気分悪過ぎ。その辺で野垂れ死ぬのがオチだね。だからせめて見かけが元に戻るまで居ろって言ってんの。その自分本位な頭でちょっとは理解してくれた?大体、世話になった館の主に挨拶もしてないのに出てくってさあ、連れて来たのは俺だけど、最低限の礼儀としてそれは無いんじゃない?あと色々ごめんね。」





何と失礼なことを言うのだ!と口を挟む間もなく、先程の巴殿に負けず劣らず一息で言い切った佐助の勢いに、巴殿はおろか、某と慶次殿まで気圧されてしまった。

意図的な失言暴言の数々の最後に、無理矢理付け加えたような謝罪が聞こえた気がする。いや、確かに聞こえてはいたのだが、前半の滑らかな罵倒が耳に残り過ぎて…某がそう思うなら、言われた本人である巴殿には尚更伝わっていないのではないか。いやいやその前に、酷く傷付けてしまったのでは…!そう思ったのは無論、某だけではない。



「ちょ、ちょっとさ…いくら照れ隠しでも、言い過ぎじゃない?」

「は?照れ隠しなんかしてないし事実でしょ。それに返事を訊いてるのはアンタじゃなくて、巴ちゃんなんだけど?」

「え、あ、はい。ありがとうございます。というか、かすがさんって、あのかすがさん?え、此処に来てたんですか!?あ!かすがさんが言ってた同郷の鬱陶しい奴って、まさか…!」

「突っ込むのはそっちでござるか!!?」

「…鬱陶しいって…。」

「何かごっちゃになってきた!ま、まあまあちょっと落ち着こうぜ!な!一旦黙って深呼吸!」



慶次殿の早めの制止に、話はそれ以上拗れずに止まる。言われた通り全員で深呼吸をすれば、妙な空気になりつつも、お互い冷静になった。



「…よし、じゃあ話進まなくなるとあれだから、まず巴から。」

「かすがさんが此処に来てたんですか?」

「うん、さっきね。またすぐ来るよ。」

「な、なんでまた…?」

「一応今、甲斐と越後は同盟関係だからね。行き来くらいするよ。」

「以前より、近々上杉殿がこちらに参られる予定となっていたのでござる。」

「………上杉さん?」



突然ぴたりと動きを止めた巴殿が、ぎぎっと音がしそうなぎこちなさで首を回し、慶次殿を見る。何か反応を求められたらしい慶次殿は少し困った笑みを浮かべて、うん、と一つ頷いた。



「もうすぐ、謙信が来るよ。かすがちゃんが今の状況を報告しに行っちゃったから…多分、遅くても明日の朝には。」



先刻、同じく慶次殿より知らされた到着時刻より早まった刻を知らされた瞬間、巴殿の顔からサッと血の気が引いたのを見た。

どうなさったのかと尋ねるより早く、彼女はがばりと片膝を突くと、勢い良く身を起こし、そして、一切の躊躇いもなく、寝着の袷を両側に開い、…て………




「………破廉恥いいいぃいいぃい!!!!!!」




袷の下から露出した、面積の広い肌色。ふわりと柔らかな、曲線、

それを目の前で直視してしまった俺は、脱兎の如く部屋から飛び出した。後ろから佐助の呆れた声色が何か言っていたが、聞き取れる筈もなく、口からは叫び声ばかりが漏れる。

あああああ!!!!ふ、不可抗力だとしてもっ…、お、俺はっ、みっ…みみみみっ、み、見て、見てしまっ…!!!



「おやかたさばああぁああっっ!!!!幸村を叱って下されえぇえっ!!!」

「うむ!!幸村ぁあっっ!!!」







何故巴殿があの様な事をなさったのか、謙信公の名を聞いた時の反応、佐助の罵倒への礼、頑なな謝罪の心、──その理由。

お館様の熱い拳を顔面で受けながらも、この未熟な頭を占めるは彼女の姿。今はそれを追い出したくもあり、決して逃したくはない。




俺はきっと、少しばかり悔しいのだ。

慶次殿は彼女を緩ませることができる、佐助は気持ちを包み隠さずに伝えた。比べて俺は、己の謝罪を繰り返す。




…くだらぬ見栄を張った。俺はそれが──…とても、悔しい。






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