「どういうことでござるか…!?知り合った者が、初めに彼女を救った慶次殿やかすが殿まで、悉く巴殿を忘れるとは…!?」

「謙信様が仰る様に、御仏が与えた試練としか思えない…!!巴にとって最も辛い苦しみだ!出会った誰もが巴を忘れ、故郷の心当たりすら砕かれるなど…!!」

「ちょっと待ってよ。じゃあ何で今、かすがや前田の風来坊は巴ちゃんの事を覚えてるのさ。」

「あれ以来、私は巴を思い出さない日は一日たりともない!!二度とあんな思いを、巴にさせられるわけが!!ない!!!」

「そういうわけなんだ。…って言っても、簡単には信じられないだろうけど、今のが俺達が知ってる全部だよ。だから、巴はアンタに自分を忘れさせる薬を盛ったわけでも、幻術をかけたわけでもないんだ。」



信じてくれたら嬉しいんだけどな。と、慶次は言うが、この忍が─佐助が、そう簡単にこの事実を飲み込むわけがない。疑うことは忍の性。故に、コイツが巴を疑いに疑い、この様な目に合わせたのも理解はできる。…できるがっ!!!



「やはりお前は一発殴らなければ私の気が収まらないっっ!!!よくも巴を傷物にしてくれたなあぁあッッ!!!!」

「ちょっ、かすがちゃんそれ完全に誤解を呼ぶ…」

「破廉恥でござるううぅう!!!!」

「何なのこの騒ぎ…。」

「元はと言えばお前の勘違いが引き起こしたのだろう!!!」




武田信玄との会合の為、越後を発った謙信様が、間も無く甲斐の領地に入る事を知らせに先発した先で、思いがけない事態に遭遇した。

何と、以前まで武田には関わりのなかった筈の巴が、躑躅ヶ館の一室で真田幸村と佐助に囲まれ、負傷した体を横たえ眠っていたのだ。

先に送っていた慶次が既にその場にいなければ、激昂した私を止められる者はいなかっただろう。慶次が捨て身で私を抑える中、佐助は事の次第を説明し、私に疑問を投げつけてきた。巴の周りで起こる、あの理不尽な現象についてである。私は全てを話したが、当然佐助が素直に鵜呑みするわけがない。



「…納得はいかないけど、辻褄は合うな。」

「た、確かに…佐助やかすが殿のような忍の者が、揃って忘れてしまうなど、とても常識では考えられぬ。」

「俺達も、“なんで”かは判らないけどさ…でも、巴が此処に居ちゃいけないからなんて、思いたくない。巴は確かに、此処で生きてるんだから。」

「……。」

「…離せ、慶次。もう暴れない。私は謙信様の元に戻って、この事を知らせなければ。」

「あはー、まさかこれのせいで会合が戦になったりしないよね?」

「これとは何だ!私は今回のこの事を許してはいない!!…だが、私も謙信様も、お前達を憎むことはないだろう。…巴がそれを望まない。」

「かすが殿…。」



慶次の腕を振り切り、窓辺へと向かう。沸騰した頭の中を無理矢理に冷やし、任務に思考を切り替える。巴には、慶次が付いている。大丈夫だ。



「…佐助。」

「…なーに。」

「同郷の誼というものがお前にあるのなら、一つだけ私の言葉を信じて欲しい。…巴は、誰よりも諍いを好まない、強いように見えて弱い、少し間の悪いだけの、只の娘だ。」



肩越しにそう言って、無表情の佐助の返事を僅かに待つ。誼など、私を甘いと思うか、佐助。

だが、口にした私に恥は無い。こんな私を、同情からではなく肯定する人間が、此処に居るのだから。




「…しょうがないなぁ。」





否定も肯定もせず、呆れた声色で紡いだ一言に、私は微笑む。

私は知っている。こいつがこういう風に呆れるのは、向き合う相手に対してではなく、誰でもない、相手を受け入れてしまっている、自分自身に呆れているのだということを。




「…巴、安心して休んでいろ。すぐに謙信様をお連れして、戻ってくる。」





早くまた、お前の声が聞きたい。







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