「……の、………ん。」

「んー…。」

「…あの、…ま…せん。」

「……ん…?」

「あの…すみません。」



耳元ではっきり聞こえた女の子の声で、俺はばっちり目が覚めた。そのまま勢いで、がばっと身を起こして声の先を見る。と、



「お、起こしてしまってすみません。」



謙信に借りた客間を背景に、布団に座ったまま半身を起こしてこちらを窺う女の子が──浜で助けた、彼女がいた。



「よかった!目が覚めたんだな!急いで連れて来たのはよかったんだけど、もう二日も目ェ覚まさなかったからさ!心配してたんだよ!って言っても、横でうたた寝してちゃ嘘臭いか、なあ夢吉。」

「キッ!」

「わ、可愛い小猿…じゃなくて、ええと、助けて頂いて、本当にありがとうございます。あの…此処は、あなたのお屋敷ですか?何日もお邪魔してたみたいで…すみません。」

「いやいや、ここは友達の城なんだ。元々アンタを連れて来いって言ったのもそいつだし、邪魔とかそんなこと気にしなくていいって!」

「し、城!?え、それに、連れて来いって…!?」

「けいじ、じゅんをおってはなさなければ、このふびんなむすめをますますこんわくさせてしまいますよ。」

「ああそっか!ごめんごめん。」

「な……、」



でも俺は、起き抜けに美の権化みたいな美人二人が現れた方が困惑すると思うけどなあ。ほら、実際に固まっちゃってるし。かすがちゃんは敵意満々だし。



「からだのぐあいは、いかがですか。」

「は……あ、は、はい!大丈夫です!お陰様、で…?」

「れいなら、こちらのものに。そなたをみつけ、ここにはこび、かいほうをしていたのは、かれなのですから。」

「慶次っていうんだ。よろしく!こっちは相棒の夢吉。コイツが君を起こしてくれたんだ。」

「あ、ありがとうございます。えっと…あたしは、巴といいます。」

「巴ちゃんか!いい名前だねえ。」

「わたくしは、このえちごをおさめる、うえすぎけんしん。こちらは、わたくしのつるぎ、かすが。」

「…貴様、まず謙信様に礼を言え。この方の夢の御託宣が無ければ、慶次が貴様を見つけることも無かったのだぞ!」

「す、すみませんありがとうございます!あと、このお部屋も…!というか…ゆ、夢…?」

「おちつきなさい、かすが。あたたかいかゆをもつよう、じょちゅうにつたえてもらえますね…?」

「は、はいっ、謙信様…!」



うーん、流石は謙信。かすがちゃんの使い方を熟知してるなあ。今日も見つめ合う二人には華が咲き乱れてるね!

そんな二人の、普通の指示をしてるだけなのに妙な色気が溢れる様をぽかんと見ている巴ちゃんは、この上無く困惑してるだろうねえ。こりゃあ先に、俺が色々説明しといてあげるべきだったかな。



「どうか、かすがをおそれないでください。わたくしへのちゅうぎゆえに、つれないたいどをとってしまうのです。」

「だ、大丈夫です。びっくりしただけで、全然、怖いとは思いませんでしたから、はい。こちらこそすみません。まだ状況が掴めなくて…」

「むりもありません。ひとつひとつ、わたくしたちとたどっていきましょう。まずここは、えちごのかすがやまにある、うえすぎがしろ、かすがやまじょう。そなたがふつかまえ、はまにうちあげれたそのひのあさ、わたくしはゆめのなかで、びしゃもんてんのみちびきをもって、そなたをみつけたのです。」

「…夢の中で…。」

「それで、俺が探しにいったんだ。あ、そこに置いといたけど、あの荷物も巴ちゃんのだろ?」

「あっ…はい、そうです!ありがとうございます…!」

「ぶれいをしょうちで、そなたのにを、かすがにしらべさせました。ひのもとではつかわれない、めずらしいしなじながあったとききます。そなたは…どこからながれついたのですか。」

「……あたしは、」



謙信の穏やかな問いかけに、巴ちゃんはふと視線を落とした。何か、沢山の記憶を思い出すように一瞬黙り込み、再び俺達に顔を向ける。

それから、彼女は自身の数奇な人生を話し始めた。日ノ本で生まれて、幼い頃人浚いに捕まったこと。船に乗せられて売られかけたその時、双子の兄を浅瀬に突き落とし、自分は波に浚われてしまったこと。運良く流れ着いた清の国で良い家族に拾われたこと。その家族と世界中を旅したこと。

そして、生き別れた双子の兄に再会する為に、たった一人で日ノ本へと船を出し、嵐に見舞われ、気が付いた時には俺に助けられていたこと。



「なんという、はらんばんじょうなうんめいでしょうか…。」

「本当にすげぇよ…巴ちゃん。だからあの時、此処は日ノ本か、なんて訊いてきたんだなあ…。生きて帰って来れて、本当によかったよ!」

「あたしも、よく今生きてるなあと思います。それに、こんな親切な人に助けられて。不運なのか幸運なのか、よく分からないですね。」

「そなたのともしびはかくもつよく、みほとけのかごにより、まもられているのですね…。」

「そうかもしれません。我ながら、九死に一生を何度も体験してしまうと、運命を感じます。」



話しながら、巴ちゃんの顔には徐々に表情が戻ってきたようだ。弱々しいながらもへらりと笑った顔にホッとしていると、襖の向こうから女中が声をかけてくる。



「謙信様、粥をお持ちしました。」

「はいりなさい。かたがいのむすめ…いえ、ともえといいましたね。」

「…はい。」

「そなたのからだがいえるまで、どうかきがねなく、ここにたいざいを。あいえんきえん─そなたとわたくしのめぐりあわせは、けしてぐうぜんではなく…これもうんめい。わたくしにできることがあれば、てだすけをしましょう。」

「え…。」

「うんうん!俺も日ノ本中を歩き回ってるからさ、兄さん探しなら手伝えることがあると思うぜ!」

「で、でもそんな…今お部屋お借りしてるだけで、ありがたさと申し訳無さでいっぱいなので…!」

「そのようなくしんは、むようです。うしろめたくおもうのならば、たいざいのあいだ、わたくしにいこくのはなしをしてくれませんか。」

「う、え、で、でも、」

「そなたのてだすけをのぞむわたくしきもちに、うそいつわりはありません。」

「そ、それは、ありがたい、ですがっ…!というか何故顎に手を…!!」

「ともえ…わたくしをしんじて、いまはそのみをゆだねてくれますね。」

「ええええその言い方語弊が生じそうですよあとすみませんが顔が近いです!!あ、顎…!け、慶次さん…っ!!」

「ははっ!謙信は美人だろ?」

「貴様ッ!!謙信様に触れるなァッ!!!」



…ってな感じで一悶着してから、巴ちゃんは粥を食べて、眠って、粥を食べて、を二日繰り返して、漸く衰弱状態から抜け出した。

元気になってからは、俺や謙信に地理を教わったり、異国の話を聞かせてくれたり、旅に向けての準備をしたりと、彼女は目的の為にきびきびと動き回る。

かすがちゃんとはこれまた一騒動あったみたいだけど、いつの間にやら城の人間と変わらないくらい仲良くなっていて、最終的にはどこか抜けているところがある巴ちゃんを、かすがちゃんが親鳥みたいに世話焼いてたっけ。

そんなこんなで一カ月が経って、巴ちゃんは準備万端、あの大きな瓶を背中に背負い、名残惜しむ謙信達に手を振って城から経った。勿論、俺と一緒に。病み上がりだし、まだ土地勘もないしね。



「道案内ありがとうございます、慶次さん。」

「いいって!俺もそろそろ知り合いの所に顔出しに行きたかったからさ。」

「慶次さんのお知り合いって、どの辺りにいらっしゃるんですか?」

「西に東に、何処にでもいるよ!でも今は、一回京に戻って、遊び仲間達に会いたいかな。」

「じゃあ、京に行きましょう。行く途中に、慶次さんの叔父さん夫婦のいらっしゃる国も通りますよね?」

「うーん…久々に顔出すから、まつ姉ちゃんには怒られそうな気がするけどね…。」



ちょっと気が重いなあ…なんて身構えていたんだけれど、流石異国を渡り歩いていただけある巴ちゃんとの旅は順調そのもの。しかも利とまつ姉ちゃんは、彼女の希有な身の上を聞いて、心配するやら協力を約束するやらで俺のことはうやむやになったんだから、政宗風に言うと、らっきぃってやつだね!

頼もしい協力者も増えて、俺も京に顔を出し終えたことだし、病み上がりの巴ちゃんを心配してた謙信との約束通り、一度越後へ戻ることにする。行きの道中、彼女の故郷は見つからなかったから、今度は別の道を通って。



「なかなかすぐには見つかんないもんだね。」

「子どもの頃の曖昧な記憶しか頼りがありませんからねえ。でも大丈夫ですよ、どちらにしろ路銀も稼がなきゃいけないし、気長に探します。今踏みしめてる大地と同じ所に、必ず兄が居るんですから。」



それは、今まで探しに行きたくても行けないような遠い国で生きてきたからこその、希望に溢れた言葉だった。それを口にする巴ちゃんはとても頼もしかったし、彼女ならきっと再会できるだろうと思った。

越後に戻って、謙信に利達が協力してくれる旨を伝えてから、巴ちゃんと俺は別れて動くことにした。巴ちゃんは東に、俺は再び西に。かすがちゃんに巴ちゃんそっくりの姿絵も用意してもらったし、効率良く手分けして探すことにしたんだ。謙信達は渋ってたけどさ、巴ちゃんが護身術以上のものを身に付けていたのは越後滞在中に知ってたから、俺は結構安心して送り出したんだけど…







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