「おーい幸村!久し振り!」
「、!前田慶次殿…!」
久々に訪れた武田の躑躅ヶ館には、やっぱり幸村が居た。上田の城主が上田に寄った時より此処での遭遇率の方が高いって不思議だよなあ。
だけど珍しいことに、来ればいつでも外で鍛錬している幸村は、今日は館の中で庭に面する廊下を足早に歩いている。そしてその両手には、二槍の代わりに水の入った桶と手拭いが。
「まさか…アンタの師匠が倒れたのかい?」
「その様な事は!!こ、これは…っ!……慶次殿が気にかける程の事ではござらん…。ご用件はなんでござろう。」
「そんな風に言われると余計気にかかるけどさ、まあ訊かれたくないならいいよ。謙信のお使いで、先に来たんだ。前にかすがちゃんが来て話はしてたと思うけど、明日の昼には謙信達こっちに着くから。」
「そうでございましたな。準備はできておりますゆえ、いつでもお迎えいたしましょうぞ。今、お館様にもお話を。しかし慶次殿…使いであるなら、わざわざ門兵と争って押し入らずとも良いのでは。」
「ははっ、バレてたか!」
「何やら兵達が騒いでおったゆえ。」
「ごめんごめん。最近じっとしてたからさ、ちょっとはしゃいじゃったんだよ。どうだい?一つ、幸村も。」
「…今は遠慮しておくでござる。佐助。」
「はいはいっと。」
いつになく曇りがちな幸村が、流れるように武田の忍の名前を呼ぶと、こちらはいつも通りの身とノリの軽さで、庭にいる俺と廊下の幸村の間に現れた。
んー?こっちは普通だから、特に大事があったわけじゃないんだろうけど…何があったのかねえ。
「お久しぶり、前田の風来坊。来るのはいいけどさあ、俺様の仕事増やさないでくれる?うちの忍まで振り切っちゃってくれて。」
「まあまあ、今幸村にも怒られたばっかだから許してくれよ。」
「佐助、某は慶次殿をお館様の所にご案内する。これを代わりに…」
「ああ、いいよ。先にそっちの用事済ませてからで。わざわざ幸村がそんな物運ぶってことは、アンタには大事な用なんだろ?」
「い、いや、しかし…、」
「お言葉に甘えれば?旦那。巴ちゃんだって、起きた時に俺様がいるよりも、旦那がいた方がいいでしょ。」
「佐助…。」
「へ?巴?」
不意に聞こえた名前を思わず繰り返すと、二人はハッとこちらを振り返る。幸村はしまったとでも言い出しそうな顔で、幸村の忍は意外そうな顔で。
え、巴?今、確かに巴って…言ったよな?
「あのさ、巴って、」
「ご、誤解でござる!!おなごの名が出たとて、決して慶次殿の好むような話では…!!」
「いや、そうじゃなくて…。あのさ、違ったらそれでいいんだけど…巴って、菓子作りながら旅してる女の子…だったり、する?」
「え、」
「!!?」
え、この反応、まさか図星?ちょ、ちょっと待て、じゃあ今この館の中に巴が居るってことになる。しかも話の流れから察するに、それは幸村があの水桶を持っていく相手だ。
ということは、まさか、巴。
「巴に何かあったのか!?俺、知り合いなんだ!」
「!?慶次殿のお知り合いで…!?」
「十三、四の女の子だろ!?背中にでっかい瓶担いだ!ていうかまず何で躑躅ヶ館に…!」
「そ、それは…!」
「ちょっと落ち着いてよ二人とも。」
予想していなかった展開に幸村に詰め寄る俺を、一人だけ冷静な武田の忍がやんわり引き離す。いや、そうは言っても…!もし最悪な予想が当たっちまってたら…!!
「前田の風来坊の言ってる巴って子は、多分今うちにいる巴ちゃんで間違いないと思うよ。ただ、そうだとしたら会わせる前に教えてもらわなきゃいけないことがある。」
「…?何をだ?」
「あの子の素性を。」
素性。その言葉を聞いて、いつかの政宗達を思い出した。そして合点がいく。
どうやら、お人好しで何かと巻き込まれやすい体質のあの子は、また今回も無茶をしたに違いない。
「分かった。俺の知ってることは全部話すよ。だけど先に、巴の無事を確認させてもらえないかな。万が一にも、暴れたりとかはしないって約束するからさ。」
「…俺様は旦那の指示に従うよ。」
「……慶次殿、此方へ。」
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