再び、朝。

今日は練習をちょっと長めにしていて、道場を出た時には自転車で学校に向かってギリギリ間に合うか、という時間帯だった。

少し急いで自転車を走らせていると、バッティングセンターが見えてくる。
今日も山本君居るのかな、と思ったけれど、いつも一回家に帰ってるみたいだし、流石にこの時間にはいないでしょう。

そう思って、スーっと建物の脇を通り過ぎようとした、その時。



「巴ー!」

「、っ!」



キキィっと反射的に握ったブレーキが悲鳴を上げる。

う、まずい、そろそろ油注さなきゃ…ってそうじゃなくて。



「巴!おはよっ!」

「山本君。まだバッティング練習してたの?」



後ろを振り返れば、昨日のジャージ姿ではなく、いつもの制服姿の彼がスポーツバックを肩にかけて必死に走ってくる。



「ちょっと長々練習し過ぎちまった!巴も今日遅くないか?」

「うん、ちょっとね。」

「でも巴も遅れてて助かった!二ケツしてくれ!」

「…ええ!?」

「走ってったら間にあわねーよ!俺漕ぐからさ!」



予想していなかった提案に反論する間もなく、山本君はあたしからハンドルを奪い取り、後ろに乗れと急かす。

いや、せめてあたしが漕ぐ方がいいんだけど…。ああでも、こんな所でもたもたしていたら、あたしまで遅刻の道連れにされてしまう。

仕方無く、本当に仕方無く、あたしは大人しく後輪の金具の上に立った。



「おし!行くぞ!」

「っわ…!」



彼がペダルを踏み込んだ途端、グンと勢い良く体が後ろに引っ張られる。
ちょっとスピード出しすぎだよ野球少年!二ケツとか久しぶりだからかなり怖いんですけど!

が、それを言うより先に、断っておかなければならないことがある。大事な大事な大前提。



「ね、山本、君!」

「何だー!?」

「学校の手前で、降ろし、てね!」

「何でー!?」



何でってアナタ。



「山本君ファンのコ達に変な誤解されちゃうでしょーが!」

「俺は別にいいぜー!」



いやあたしがよくないんですよー!!

そんな複雑な女子事情なんぞ気にもせず、山本君は脳天気に笑っていた。くそう、憎めない人だ…けど、これは嫌な予感しかしない…!

しかし後方からブレーキをかけられる筈もなく、暫くハイスピードで進んで行くと、ちらほら並盛生の姿が見えてきた。その中に、馴染みのある後ろ姿が二つ。



「おっ!ツナと獄寺だ。」

「あ、ほんとだ。獄寺君、帰ってきてたんだ。」



兎にも角にもナイスタイミング、お二人さん!ここで降ろしてもらおう。



「山本君、こっからなら間に合うからここで…って、うわっ!?」



止めて、と言葉が続くより早く、グンと再びスピードが上がる。ちょ…山本君!?



「よっ!ツナっ!」

「お、おかえり獄寺君っ!」

「山本!…に巴!?」

「あっ!てめェ何で巴さんと二ケツしてやがる!!」



一瞬のすれ違い様にかけた声、それに対してのツナ達の返事が、あっという間に後ろに流れていく。

きょ、今日も獄寺君機嫌悪かったなあ…!でも今はそれより、この登校中の生徒の間を突っ走る暴走自転車をどうにかしたい!



「山本君!そろそろ降ろしてってば!」

「まあまあ!今降りるとあちぃしよ!」

「そーいう問題じゃ…!」



あああ!とか何とか言ってる間に校門突入ですかおにいさん!

完全に降りるタイミングを逃してしまったあたしの絶望なんて気にもせず、山本君はすれ違う先輩や友達に声をかけていた。



「おはよーございます先輩っ!」

「おっ!山本てめえ!朝からいちゃついてんじゃねーよ!」

「ははっ!すいませーん!」



いや、いちゃついてるとか否定して山本君。



「あー!山本ー誰その子ー!」

「んー内緒内緒ー!」

「怪しいー!」

「はははっ!」



いや、はははっ、じゃなくてただの友人だと言って山本君…!


こうして学校中の生徒に見られる中、自転車小屋に辿り着いたところでようやく、山本君は自転車のブレーキを握った。



「っはー!久々に二ケツしたから足痛いな!」



重かったでしょ、ごめんね、と声をかけたいところだけど、あたしは返事もできずにこめかみに手を当てる。

ああ…今日もまた、あの敵視線浴びなきゃいけないのかー…。気が重い…。



「…巴?」

「あ…重いのにここまで乗っけてくれてありがとね。先行っていいよ。」



いくらさっき色んな人に一緒に登校したのを見られているとは言え、流石に堂々とクラスまで一緒に行くほどあたしは命知らずじゃない。

ちょっと間をおいて行こうかな、何て思っていると、頭一つ分背の高い山本君が、ちょっと腰を屈めてあたしの顔を覗き込んできた。



「…怒ったか?」



何だか自信なさげな声で、呟くようにそう訊ねてきた山本君の顔は、今まで見たことのない表情。

何というか…若干、真剣な。珍しい…と言うほど付き合いはないけど、この人はこういう顔より、さっきみたいに笑ってた方がよく似合う。



「いや、別に怒ってはいないよ。」

「ホントか?」

「うん。」

「…そっか。良かった。」



ほっと息が零れると、彼の顔にまた笑みが戻ってきた。うん、これこれ。

しかしこの人も、あんな不安げな顔するんだなあ。流石自殺まで思い詰めた人なだけある。



「じゃ、行こうぜ。」

「あ、いやあたしは後から行くよ。」

「やっぱ怒ってんじゃん…。」

「違くて。さっきも言ったけどホラ、山本君のファンのコ達が変に勘違いすると困るでしょ?」



主にあたしが、何だけどね。

なのにやっぱり、山本君は山本君で。



「俺もさっき言ったけど、別に構わないぜ?いいから早く行かねーと。」

「ちょ…!」



なんと!今度は手まで繋ぐか!意外とプレイボーイなんですかおにいさん!

あー何か思い切り拒絶するのも悪いし、だからと言ってこのまま行くのはかなりマズい!!

どうしようどうしようと思いながらも、グイグイと手を引かれればついていくしかできなくて。

もう少しで人気のない自転車小屋から校舎側に出てしまう!と、切羽詰まった、その時。



「てめぇ!!巴さんから離れろ!!」

「ご、獄寺君!抑えて抑えて…。おはよう山本。」

「ツナ!獄寺君!」



若干息を切らしながら、またまたタイミング良く現れてくれたのは先程の二人。

ああ!助かった!この二人が一緒なら変な誤解されずに済む!

どさくさに紛れて山本君の手からそうっと逃れると、そそくさとツナの側に寄る。よ、よし、これでオッケィ…。



「巴、なんで山本と一緒にいるんだよ?」

「や、来る途中で会って、遅刻しそうだったから二ケツしたんだ。ね?」

「おう。やっぱツナの妹だな、すーげー軽かったぜ。」

「いやいや重いから。」

「へえー…なんか仲良いね、二人とも。」



うわあ。ツナまでなんてこと言うんだ。

それを他の人の前で言ったら怒るからね、と思いながらツナを見れば、流石は双子、考えていることが伝わったらしく、行こうか、なんてぎこちなく促す。

兎に角、今日も気合いを入れて一日を過ごさなきゃいけないのは確実だ。はー、もう、腹を括って頑張るしかないか…。



「巴!」

「ん?」

「また遅れそうになったらよろしくな!」



勘弁して下さい、おにいさん。

でもやっぱり、山本君の笑顔は憎めなくて。…ああ、もう。




「ぜ、善処します…。」




肩身の狭い思いは、いつまで続くことやら。








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