初夏の風、

ああまったりな午後の空。





【退学クライシス】





「あ〜…風流。」

「年寄りくさいこと言ってんじゃないわよ、巴。」



のんびりと窓辺に佇み、ウトウトしながら空を眺めていると、後ろから誰かにツッコミをいれられた。



「あ、花。」



振り返ってみれば、そこにはツナと同じクラスのあたしの友人・花が立っていて、心底呆れた顔でこちらを見下ろしていた。いきなり手厳しいなあ。



「あんたって本当に呑気よね。自分の兄が退学寸前だってのに。」

「退学?」

「知らないの?ほら、あの理科の根津に楯突いちゃってさあ。ていうか、喧嘩売ったのは獄寺なんだけどね。あ、獄寺知ってる?最近来た転入生なんだけど。」

「あ、うん、知ってる。」



ていうかもはやファミリーっていうかね。微笑ましい方のファミリーじゃなくて、物騒な方の。

しかしあんな出会いだったものの、最近しょっちゅう家に来てくれるし、上下関係意識が強いのを気にしなければ、意外と人懐っこい性格だと知った。

…あれだ、野生味溢れる野良猫が懐いた時の心境です。爪と牙の代わりに煙草とダイナマイトという装備だけど…。



「で、退学免除のために何年か前のタイムカプセルをグラウンドから掘り出さなきゃいけないらしいよ。絶対無理よね、そんなん。」

「…ていうか本気で退学させる気なの?教師連は。」

「やるでしょ。だって根津よ、根津!校長弱いしさ〜。」



うーん…冗談かと思ったけど結構危ういじゃん、ツナってば。それに獄寺君は喧嘩売ったって一体何したの…。

気になってきたし、しょうがない、二人の所に行ってみよう。


と、思うか否かのタイミングだった。


ドーン!
ドーン!!
ドーン!!!



「っ…!?」



聞き覚えのある爆破音に、反射的に窓張り付く。…グラウンドが見えない位に立ちこめているのは、爆煙か砂埃か…。



「え!?なっ何!?」



何って間違いなく獄寺君だよ、花…!
とは言わずに、あたしはとりあえず教室から駆け出した。

…多分、今も続くあの爆破音は、さっき花が言ってたタイムカプセル探しだ。爆破して掘り起こそうなんて、如何にも豪快な獄寺君がやりそうな作戦。

っていうか止めなよツナ!もしカプセルごと爆破しちゃったら元も子もないでしょうが!!

と、心の中で目一杯ツッコんだその瞬間、一際大きく学校が揺れた。


ドォンッ…!!!!



「、っ!」



うわ、何、今の。

さっきまでのダイナマイトとは違う振動に音。慌てて廊下の窓から外を見ようと足を止めて、あたしははた、と動きまで止める。


…いや、だって、ねえ?

校内で堂々と狙撃態勢はどうかな、リボーン…。



「リボーン…また何してるの…。」

「ちゃおっス巴。」



窓辺からグラウンドに向かって銃を構えていたリボーンは、ガチャッとそれを肩にかつぎ上げながらこちらに向き直る。な、ナチュラルにライフル持ってるなあ…!



「いや、ちゃおっスはよくて…銃構えてたってことは…今の揺れって死ぬ気状態のツナ?」

「そーだぞ。メガトンパンチ弾でグラウンドを真っ二つだ。」

「真っ二つって…。いや、もうそれは置いとくけど、退学がどうとか言ってたけど大丈夫なの?あの二人。」

「平気だろ。あとは獄寺がうまくやる。」



うまくって…どうするつもりなんだろ。
気になって窓を覗けば、砂埃の隙間から獄寺君とツナ(勿論パンツ一丁)が見えた。

…まあ、何だかんだで獄寺君、ツナには尽くしてくれてるし、平気か。



「それじゃ、心配しないで戻るね。」

「折角ここまで来たんだ。茶でも飲んでいけ。」



背を向けかけると、意外なことにリボーンに呼び止められた。え、お茶って言われましても…



「あたし、まだ授業あるから…。ていうか何処で?」

「次の授業の担当はあの根津って奴だろ。今、ツナ達とごたごたしてる筈だからな、どうせ自習だ。」



あ、そういえば次って理科だっけ。…って何であたしの時間割知ってるの、リボーン?

…ま、いっか。また教室で、お前の兄貴ってうんたらかんたら〜と質問責めになるだろうし、思い切ってサボってしまおう。
リボーンの言う通り、グラウンド真っ二つとか騒がしい中じゃ授業にもならないもんね。



「じゃあ、お言葉に甘えて。」

「ああ。」



応えてリボーンは近くにあった消火栓の扉を開く。その中は、以前一度だけ見たあの快適空間。あ、お茶ってここでかあ。

…ていうかこれ、消防とか来た時どうするつもりなんだろう。



「入れ。」

「あ、はーい…って意外と中広いんだね。」

「まーな。」



入り口はなかなか狭いけど、入ってしまうと見た目より奥行きがあって、天井も流石に立ち上がれはしないものの、正座程度なら余裕の高さ。

しかも内装がオシャレだ。照明、本棚、ソファーにデスク、どれもリボーンサイズだけれど、調度品は立派にアンティーク的なものが一揃え。こういうところ、流石はリボーンっていうか、イタリアの人っていうか。



「気に入ったか?」



きょろきょろしているあたしに、リボーンは棚からカップを取り出しつつ訊ねる。



「うん、何かいいね、こういう雰囲気。」

「そーか。」



カチャカチャと慣れた手つきで珈琲を用意しれてくれるリボーン。ちょっとウキウキしながらそれを見ていたあたしは、ふとあることに気がついた。



「…まさかとは思うけど、リボーンって煙草吸う?」

「吸わねーぞ。」

「でもこの部屋、煙草の匂いがする。」



しかも、何か凄く覚えのある匂い。何だっけこれ…



「さっきまで獄寺がきてたからな。」

「あ、成る程。」



うん、確かに言われてみれば、これは獄寺君の煙草の匂いだ。こんな短期間の付き合いでも、匂いって覚えられるもんなんだなあ。



「獄寺君の煙草って、外国の銘柄だから香りが独特なんだよね。そう言えばこの間、ダイナマイトと一緒に煙草もダンボール単位で買い付けに行かなきゃとか言ってたなぁ。」



肺が汚れるから果物食べるといいよと言ったら、そんな事言ってくれたのあたしが初めてだと、可笑しそうに笑ってたっけ。

リボーンから出された珈琲にミルクをたっぷり入れながら、そんな話をするとリボーンは、



「そーか。」



と、相変わらず素っ気なく応えた。

………ん…?あれ、何だろ。今の応えたこの感じ。

何かちょっと、…いやほんとにちょっとの抑揚の差なんだけど、え、リボーン、…機嫌悪い?



「リ…」



コンコンコンコン。

ボーン、と言おうとした瞬間、扉の向こうからのノック音にそれを遮られた。えっ、誰!?



「誰だ。」

「リボーンさん、俺です、獄寺です。さっきここにライター置いてっちまったみたいで。すんません、取ってもいいッスか?」

「ああ。」



あ、獄寺君か…よかった…。まさか本当に消防の方かと…。

ホッと胸を撫で下ろしている間に、リボーンが中から扉を開く。そこには、さっきまでグラウンドにいた筈の獄寺君が、機嫌の良さそうな雰囲気を纏ってしゃがみ込んでいた。



「あ、巴さん!どうも!」

「獄寺君、さっきまでツナと一緒じゃなかった?それに退学の話…」

「ああ、それはすぐ解決しますよ!さっき10代目が割ったグラウンドから、四十年前のタイムカプセルが出てきたんですけど、そっからあの根津の奴のテストが出てきて!あいつ学歴詐称してたみたいで、今校長と話してるんです。解任も時間の問題ですね!当然、俺らの退学話も無しになりますよ。」

「あ、そうなんだ。良かった。ありがとね、ツナのこと手伝ってくれて。」

「そんな!礼言われることじゃないですよ。俺、10代目に命預けてるんスから!」



そうは言うけど、やっぱり獄寺君は嬉しそうに笑う。ああ…これでマフィアとか無しに、普通の友達としてツナといてくれるなら何にも文句無いのになあ…。



「じゃ!俺、10代目をお待たせてるんでこれで!」



と、獄寺君が爽やかに去っていった後、あたしとリボーンは再び小さな部屋に二人きり。



「リボーンが言ってた通り、獄寺君うまくやってくれてたね。」

「そーだな。」



あ、また微妙に機嫌悪そうな声出すし。えー…あたし何かした?



「リボーン、何でそんないきなり機嫌悪いの?あたしのせい?」

「別に、機嫌悪くなんてねーぞ。」

「嘘。さっきまで普通だった。」

「自分の胸に聞いてみろ。」



…やっぱり機嫌悪いんじゃないか。しかもやっぱりあたしのせいだったか…。

とは言っても、身に覚えが…。部屋にお邪魔して、獄寺君の話して、獄寺君が来て、話して…。



「…原因になるとしたら、みんな獄寺君がらみな気が…。」

「そーだな。」

「え、ホントに獄寺君絡みなの?」

「…。」



あ、シカトされた。こんちくしょ。一体なんなんですかカテキョーさん!鈍感なのはツナと同じだから、言ってくれないと分からないんだって…。



「あ、もしかして…獄寺君のことばっかり話してたのが気に入らなかった〜…とか…。」



一向に口を開かないリボーンに対して、冗談でそんなことを言ってみる。

…言ってから気付いたけど、これ下手したら殴られるかもしれない。ツナ相手の肉体的指導が激しいの忘れてた…!

と、嫌な意味でドキドキしながら、ちらりと様子を窺ってみる、と。




「……。」



…あれ、否定が返ってこない。

え、うそ。まさか当たらずとも遠からずってやつですか、リボーンさん。



「巴。」

「え、あ、はい。」

「コーヒー、もう一杯いるか。」

「あ、いただきます。」



リボーンが話を反らすのは、都合が悪い時の常套手段だと、丁度最近ツナと話した記憶が。

それにしたって、思いがけずに見てしまったリボーンの意外な一面は、なかなかどうしてレアかもしれない。



「笑うな。」

「はい。」




外の騒ぎと隔離された秘密の部屋、コーヒーと煙草のにおい。

向かい合うのはこんなに可愛い赤ん坊なのに、変なの。何だかすごく大人っぽい時間だなあ、なんて、子どもっぽいことを考えながら、堪やっぱり顔は笑う。




「…これはこれで、まったりだなぁ。」




灰暗い空間に、くすぐったい気持ちが相俟ったこのアジトは、何とも癖になりそうだった。








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