早朝、あたしはいつもの日課で、学校へ行く前に道場で練習をしていく。
そこから学校に直行するので、学校に着くとかなり時間があって、そんな時間を使って寝たり宿題したりするのもまた日課。
というわけで、本日も人一人いない朝の廊下を、てくりてくりと歩いていたら。
「………。」
見たことのない男子生徒さんに、物凄い勢いで睨まれました。
【獄寺隼人】
「ねえ、銀っていうか…淡い茶っぽい髪した男子見たことある?うちの学校で。」
「ええ?見たこと無いけど…大体そんな目立つ髪の色なら誰でも知ってるでしょ。」
「…だよねぇ。」
友人達が登校してきたホームルーム前の一時。学校の生徒に詳しい友人に訊ねてみた。
「なになに、気になる人?珍しいじゃん巴が男子のこと気にかけるなんて。」
「そう?」
いや、目が合っていきなり親の仇見るみたいに睨まれたら気になるでしょ、誰だって。
と、好奇心旺盛に訊ねてくる友人に言ってやりたかったけれど、望まない方向に話が膨らみそうだから止めておく。
んー…でもホントに誰だったんだろう…。
あんな早い時間から、教務室の前、お世辞にもあんまりよろしいとは言えない態度で先生の後ろを歩いていた、目つきの悪い男子生徒。
シチュエーション的に、ああ何か先生からお咎めでも受けていたんだろうか、と思ったあたしは、その人と目が合う前に隣を通り過ぎようとした。が、
「…おい、アンタ。」
横から声がかかり、あたしは思わず振り返る。
声の主は、あの男子。ばちりと目が合い、立ち止まって、お互いまじまじと見つめ合えば、その人が普通の生徒とは少し違うことに気付いた。
色素の薄い茶の瞳に、険しく顰められた眉。額の真ん中で分けられた長い前髪は、見たこともない色だった。銀のような、茶のような淡い色は、毛先にいくにつれて濃くなって見える。
─ああ、この人、ハーフなのかな。
ぼんやりそう思う間も、あたしの目は強い視線と絡まったままだ。不思議に思って見つめ続けていると、彼は綺麗な形の唇を開きかけ──
「ああ、沢田か。おはよう。」
たところで、教務室に入ろうとしていた先生が、彼より先に声をかけてきてしまいました。
「あ、おはようございます。」
「相変わらず登校早いなあ、お前は。」
そんな会話をしていた時にはもう、あたしは彼から目線を外してしまっていたので、顔は見えなかったけれど、確かに聞こえた小さな音。
「………チッ…」
舌打ちされました。
えっ…なんかしたっけ、あたし?
じゃあな、と先生に促されれば、疑問もそこそこに歩き出すしかない。……けど、目を反らしても、肌にチクチクするこの視線…これがどうにも無視できず、またまたちらりと横目で見てしまった。
…案の定、まだ変わらずに…いや、更に勢いを増しながら、睨んでらっしゃったわけで…。
「…まあいっか。」
回想までしたというのに、あたしの感想はやっぱりいつもの通りだった。
多分、ジロジロ見過ぎてたのが気に入らなかったんだろう。ちょっと不良っぽかったし、次回から気を付けるということで、反省したらあとは忘れてしまうに限る。
相変わらずの楽天的な思考を優先して、あたしは朝の出来事を頭の隅に追いやり、平常な心で一日を過ごすことにした。
の、ですが。
「ちゃおっス。」
「、っ!!」
一限が終わって、さくさく次の教室に移動しようと、友達より一足早く廊下を歩いていたその時、突然聞こえてきた挨拶。
一体誰、とか言う以前に、こんな挨拶をするのは一人しかいない。そうですそれは、
「…リボーン?」
「ここだ。」
「わあっ!?」
声と共に、真横にあった消火栓の扉が中から開いて、反射的に飛び退く。
なっ…!?ていうか、よくよく見れば中にはリボーンの姿が!ええ!?
「何でそんなとこに居るの、リボーン…!」
「俺のアジトだ。学校中にあるぞ。」
まじですか…ていうか中、すっごい快適そうな部屋です。リボーンがうちに据え置いたコーヒーを作るあれがここにもあるし…いい薫りだね…。
「それより本題だ、巴。イタリアからファミリーを一人、日本に呼んだぞ。」
「え、ファミリー…って、マフィア?その…ボンゴレの?」
「そうだ。ツナに興味がある奴がいてな。今日もう来てるぞ。」
「何処に?」
「学校にだ。」
「嘘。」
早っ!ていうかそういうのは呼ぶ時に教えてリボーン。
「兎に角、今から顔合わせに行くぞ。そいつの方はもう中庭に呼んであるからな。」
「え、ちょ…」
もう次の授業まであんまり時間が…って言ってもどうせリボーンのことだ、聞き入れてはもらえないだろう。
仕方なくあたしはリボーンについて中庭へと向かう。
「ていうかさ、リボーン。」
「何だ?」
「そんなマフィアの人が学校に入り込んでるとか目立たない?」
「平気だ。この学校の転入生として来たからな。」
あー転入生ねぇ。それなら学校にいても全然平気か。
…って、え?
「まさか…同い年?」
「そのまさかだ。」
何の気無しにリボーンはそう言うと、突然、中庭に面する窓を開け、ひょいとサッシに座り込んだ。
「?リボーン、中庭ならあっちから…」
入れるけど、と言おうとして、口より目が強く働き、言葉が止まる。
目に飛び込んできた光景、それは、リボーンが呼んだのかツナの姿と、それに対峙する一人の男子生徒─なんと、朝睨まれた、あの彼だった。
「あの人…!」
まさかこんな所で見つけるなんて、と驚くより速く、ズボンに突っ込まれていた彼の両手が持ち上げられる。
─素人目で見ても判る、ダイナマイトらしき物体を二つ、両手に握り締めて。
「え…!?」
嘘。冗談でしょ?
………あ、花火?
何て考えているあたしの存在に気付くことなく、彼はくわえていた煙草(堂々と校内喫煙!?)の火をダイナマイトの短い導火線に当てがい、おもむろにツナに向かってそれを投げた。
え、ちょっと待って花火だとしてもそれは危ない!!
つっこむより早く窓から身を乗り出したとほぼ同時に、隣でチャキン、と音がした。間もなく発砲音が一度響くと、ツナに向かって空中を落下していたダイナマイトが僅かにブレる。
「あ…、」
ポトン…と爆発せずに地面に落ちたダイナマイトに目を凝らせば、導火線の火が消えている──いや、火の点いていた部分の導火線だけが、奇麗に打ち落とされていたのだ。
うっわ…どんな狙撃の腕ですよ、この赤ん坊さん。
…って、それはそうと!何でツナはダイナマイトなんか投げられてるの!?
「ちゃおっス。」
窓のサッシに腰を掛けたままのリボーンの挨拶に、二人がこちらを振り返った。あ、また目が合った。
「リボーン!巴!?」
「思ったより早かったな、獄寺隼人。」
地面にへたりこんだツナの呼びかけを無視し、リボーンは続ける。
獄寺隼人…それがこの人の名前か。
「ええ!?知り合いなの?」
「ああ、オレがイタリアから呼んだファミリーの一員だ。」
「じゃあこいつマフィアなのか!?」
「オレも会うのは初めてだけどな。」
ダイナマイト出したところで薄々そうかなーと思ってたけど…やっぱりそうだったんだ。と、納得すると同時に、落ちゲーの連鎖みたいに、朝からの疑問も一緒に消える。
成る程…ツナに興味を持って来るってくらいだから、あたしのことも知っていたんだろう。だからあの時、面識のないあたしに声をかけてきたんだ。
こんな状況にも関わらず、すっきりさっぱりしているあたしに対して、獄寺隼人君の眉間の皺は深い。彼はそのままあたしからリボーンへと視線を移し、口を開いた。
「あんたが9代目が最も信頼する殺し屋、リボーンか。」
へえ〜…リボーンってそんなに凄い人なん…
「沢田を殺ればオレが10代目内定だというのは本当だろうな。」
『はぁ!?』
突拍子のない…っていうかあまりに物騒な発言に、あたしとツナは思いっきりハモる。
10代目云々はどうでもいいとしても、いきなり殺しの話!?しかもツナを!?ファミリーって仲間って意味じゃないんですか!?
「ああ本当だぞ。んじゃ、殺し再開な。」
「おい!待てよ!!オレを殺るって…何言ってんだよ!冗談だろ!?」
「本気だぞ。」
慌てふためくツナと対照的に、さらりと応えるリボーン。えっ、待ってちゃんと説明して!
「オレを裏切るのか!?リボーン!!今までのは全部ウソだったのかよ!!?」
「ちがうぞ。戦えって言ってんだ。」
えええ、ちょっとリボーン、ツナに準備もなしに戦わさせるとか結構無理あるよ!?準備しても無理なのに!なに、これも家庭教師の一環!?
とか何とか思ってる内に、ツナはしっかり逃げ出していた。うん、今回ばかりは逃げていいと思う!
「まちな。」
逃げ出すツナを真正面から遮った獄寺隼人君は、なんと、口いっぱいに煙草をくわえるというパフォーマンスをやってのけていた。
ああっ…学生の内からそんなえげつない吸い方したら肺がっ…!!ってそんなこと言ってる場合じゃない!
どこから取り出したのか、今度はさっきの倍の数のダイナマイトを両手にわし掴み、先程と同じ要領で煙草から導火線に着火。
ええええそれは流石にヤバいって!!TPO的にも!!
「獄寺隼人は、体のいたる所にダイナマイトを隠し持った人間爆撃機だって話だぞ。又の名をスモーキン・ボム隼人。」
「そ!そんなのなおさら冗談じゃないよ!!」
「果てろ!」
無我夢中で走り出すツナに、遠慮なくダイナマイトを放り投げるスモーキン・ボム隼人君。全く容赦ないね!
「どひゃああ!!」
かなりの勢いで爆発するダイナマイト達の爆煙の隙間から、何とか避け切れたらしいツナの姿をちらりと発見。
それを確認してから、あたしは窓から中庭に降り立つ。
「邪魔すんじゃねーぞ、巴。」
「実の兄が殺されるの黙って見てろって言うの?それに…」
引き留めるリボーンを振り返り、あたしははっきりと宣言する。ええ、大事なことだから、今の内に言っておきますが、
「ツナが死んだら、また何かあった時に、あたしにボスの座が回ってくるかもしれないでしょ。それだけは、絶対にごめんだからね。」
あそこの獄寺隼人君がなりたいなら、なりたい人になってもらえばいいと思います!
学級委員を決めるような雰囲気でそう言い捨てて、あたしは走り出した。
「終わりだ。」
行き止まりにツナを追いつめた獄寺隼人が、再びダイナマイトに着火する寸前、あたしは彼に声をかける。
「獄寺隼人、君。」
「巴!」
「…てめェか。邪魔するな。」
改めて向かい合うと、やっぱり鋭い眼の光。何て言うか…こんな時に思うことじゃないけど、女子に大変おモテになりそうだ。イタリアの血が混ざっているのか、同い年にして迫力のある美人です。
でも悪いけど、あたしはこのくらいで怯むほどツナ似じゃあない。
「貴方がツナを殺しても、まだツナの双子のあたしが生きていれば、10代目内定は難しいと思うよ。いくらリボーンが言ったとしてもね。」
当てずっぽうな挑発だけど、案外うまくいったようだ。彼はゆらり、とツナに向けていた体をこちらに移す。
怖くないと言ったら嘘だけど、ツナが殺されるよりはマシだ。
「死ぬ覚悟はできてるんだろうな…。」
「さあ…。」
曖昧な返事が勘に障ったのか、彼はぴくりと眉間を寄せて、ダイナマイトに火を点けた。
「巴!にっ逃げてぇっ!!」
さあ、頑張りどころだね。
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