それから暫くの間、彼女は頑なに防御の形を貫き通し、そのまま終了の声が上がって試合は終わった。二人は真剣そのものだった表情を崩して、どちらともなく笑い合う。



「ありがとうございました。」

「腕を上げたな。これなら真剣でも良かったんじゃねえか?」

「勘弁して下さいよ恐すぎます…あ。」

「ん?」

「巴!!!」



と、そこでようやく竜の旦那のおでましだった。てっきり朝餉まで忘れたままかと思っていたけど、存外早く思い出したらしい。

それはそうと、城主がそんなにばたばた慌てて来たら、周りが何事かと思うんじゃないの?…うちの旦那は常にどたばたしてるけどさ。



「政宗様、廊下を走らないで下さい。」

「おはようございます、藤次郎さん。昨日の酔いは大丈夫ですか?」

「Ha!酒なんかに飲まれちゃ竜の名が泣くぜ!ってそうじゃねえ!!」

「その通りです、政宗様。巴と今朝、手合わせの約束をしていというのは本当ですか。」

「い…yes.」

「では何故巴ではなく真田幸村と手合わせをしていたのですか!」

「し、仕方ねえだろ!!大体、真田は先客だ!勝負を挑まれて先送りにするなんてcoolじゃねえしな。」

「優先順位については、小十郎めは何も申し上げません。巴は一介の菓子職人。甲斐の使者と比べるのは不相応というものでしょう。しかし!!それならば兵なり女中なりに言付けて、巴に一言断ることはできましたでしょう!何故そうなさらなかったのです!!」

「Ah〜…そ、それはだな…」

「先客がありながら巴を招いたのは政宗様、貴方です。対等とまでは申し上げませんが、それなりの配慮はなさらねば恥というもの!巴が此処でどれだけ待っていたか…」

「か、片倉さん、あの、もうその辺で…」

「巴は黙ってろ。よろしいですか、政宗様。約束は約束。第一、昨晩も巴に迷惑を…」

「あ!そうだ片倉さん!昨日トマト以外の南蛮の野菜の種お渡しするって言っててまだでしたよね!忘れない内にお渡しします!」

「…それは今の時期から植えられるやつか?」

「植えられるのもありますよ勿論!部屋の荷物にありますんで行きましょう!今行きましょう!片倉さん日中お忙しいでしょうし!」

「すまねえな。遠慮なく貰うぜ。…政宗様、巴に免じてここまでにいたしましょう。」

「…Thanks…巴…。」

「政宗殿!!勝負の途中に如何なされた!?」



巴ちゃんが右目の旦那の背を押すように廊下の角を曲がってからようやく、やっぱりどたばたと旦那もやって来た。

…またここでおっ始められたら困るし、右目の旦那が一緒なら尾けるのも憚られるし…まあいいや、とりあえず旦那達止めとこ。



「はいはい旦那。もうすぐ朝餉だから続きとか言わないでね。」

「む、もうそんな刻か。政宗殿、今朝も手合わせありがとうございまする!しかし急に走って行ってしまわれたので驚きましたぞ。」

「Ah…何でもねえ。うっかり忘れてたことを思い出しただけだ。」

「巴ちゃん、半刻も待ってたよ。」

「巴殿?」

「じゃあてめえは半刻も巴を張ってたのか。」

「まあね。ちなみに巴ちゃん、右目の旦那と手合わせしてたよ。」

「何と!巴殿が!?」

「Shit!小十郎の奴…!」

「忘れてたんならそこで怒るのはお門違いじゃない?」

「それより佐助!巴殿が片倉殿と手合わせしていたというのは真か!?」

「うん、本当。」



武器もなく、防具の手甲だけで、一太刀も浴びなかったこと。見知らぬ体術を使ったこと。よく考えたら終わった後、息も切らしてなかったこと。

旦那が求める通りに見たことを話せば、旦那は目を丸くし、竜の旦那は何故か誇らしげに薄ら笑いを浮かべていた。っていうか笑ってないで、いい加減説明してくんない?



「巴ちゃんって、本当にただの流れ者?」

「本人はただの流れ者だと思ってるがな。」

「では、本当は…。」

「それを調べるのは猿の仕事だろ。」

「言われなくても調べてるけど、まさかどっかの忍とか言わないよね?」

「疑いたきゃ好きなだけ疑ってんだな。そうすりゃ巴はてめえらに近付くことはねえ。害も与えねえし、今後関わりすら作らねえだろうよ。」

「!!?」



今後関わりがない、という意味を、今後一切あの大福を食べられない、という意味として解釈したらしい旦那は、目に見えて動揺していた。

対する俺は言葉の意味を考えていた。忍にそんなことを言ったところで、はいそうですかと納得する筈もない。竜の旦那はあくまでもシラを切りたいようだ。それが余計に猜疑心を煽る。



「それは困るでござる!!某はあのぷりん大福を必ずやもう一度…!!」

「そっちにも店出しに行くと約束しただろ。巴は約束は守る女だ。」

「それならば…!!」



と、旦那が安心したところで、室内に響き渡る腹の虫の一鳴き。疑いようもなく出所である旦那は、流石に他人様の城で盛大に鳴らした腹に、微かに顔を赤らめた。

…あーあ、もういいや。緊張感一気になくなっちゃったよ。



「旦那、さっさと朝餉に呼ばれてきて。」

「う、うむ…。し、失礼したでござる。」

「Ha!obedientな腹じゃねえか。さっさと行くぜ。」



話は終いと背を向ける竜の旦那に旦那が続き、それを見送ってから外に出る。

まあ、いい。とりあえず、彼女に戦闘能力があることは分かった。ただの旅人でもないことも。彼女の素性が知れてしまえば、後は芋づる式に疑問の答えが出てくる筈。



そう考えていたのに、昼間一日調べに出させていた下忍達の収穫は、無しと言って等しかった。言い訳はこう。ぷつりと情報が途絶える、と。彼女が店を間借りしていた甘味処の夫婦達でさえ、彼女がどこから来たのか分からないと言うのだ。

正確には、思い出せないと言っていたらしい。彼女に口止めされていて、隠しているのかと思えば、どうにも本気で忘れている様子だった、と。

あんな珍しい大福を売っているのだから、食べた人間は印象に残るだろう。しかし予想に反して、町の殆どの人々があの大福のことを知らないと答えたらしい。まさか大福に薬でも盛っているのか?しかしそうなら、竜の旦那が黙っていないだろうし…。



そうこう考えている内に、彼女は身支度を整えて城の門に立っていた。もう一日くらいと引き止める竜の旦那、右目の旦那を笑顔でかわし、でかい瓶を担いだまま、奇麗な姿勢で一つお辞儀をする。

そこに立ち会っていた旦那にも、材料が調達でき次第伺います、と改めて約束をして、そして、





「猿飛さん、昨日から一日、ご面倒かけました。甲斐に伺う時は、ご迷惑にならないように気をつけます。」






なんてまた、木陰で気配を消して窺ってた俺様の方を向いて言ってくれるんだから、忍の面目丸潰れってもんだよ、ホント。







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