自分と、自分の周りを一言で言うのなら、‘平凡’─この言葉に尽きる。
父が一人、母が一人、兄が一人。変哲もない一軒家に住み、義務教育の中でこれといった問題も起こさず、成績もまあ並くらいをキープしながら、中学に進学したのはつい最近のこと。
唯一、周りとちょっと違うところと言えば、あたしと兄が双子の兄妹っていうことくらいだろうか。
あとは、少林寺拳法を習っているくらいだけど、取り立てて言うことなんてそれくらいで、至って平凡、至って平和。それがあたし、沢田巴。
そんな普通の中学生─だった筈のあたしは、何故か今日から、マフィア見習いになりました。
【イタリアからきたアイツ】
「ちゃおっス。」
「…初めまして。」
向けられた挨拶に、とりあえず無難に一礼してみる。
習っている少林寺の練習を終えて家に帰ってくると、食卓には見知らぬ姿があった。しかもその人物は、スーツをこの上なくビシリと着こなした赤ん坊。…赤ん坊?
「お帰りなさい、巴。今日からね、ツナに家庭教師つけたのよ。こちら家庭教師のリボーンちゃん。住み込みになるからよろしくね。」
「え?あ、うん。」
あー、遂に我が双子の兄・沢田綱吉ことツナにも、家庭教師がつくまでになったかあ…成績、結構ヤバいもんね。今から真面目にやれば受験の時に楽だろうし、頑張ってもらいたいところ………って、ん?
え、今、『こちら家庭教師のリボーンちゃん』って言った?
「…えっと…貴方が、リボーンさん?」
紹介される人なんて、今この場に一人しかいないことは解っているけど、念の為、目が合ったままだった赤ん坊さんに訊ねてみる。すると、
「そうだぞ。よろしくな。」
と、あっさり返された。
ってことは……ツナ、赤ん坊が家庭教師?
いやー…世の中には不思議な事が多い…。理解できない事なんていくらでもあるこの世の中、まさかこんな感じで不思議体験が追加されるなんてなあ…。
……まあいいか。その辺の怪しい悪徳商社に騙されたなら兎も角、こんな赤ん坊だし。衝撃の事実を聞いたところで、あんまり危機感を感じなかったから…多分、大丈夫でしょう。
うーん、我ながら楽観的だなあ。しょっちゅう友達に呑気呑気と言われるわけだよ…と、他人事みたいに考えていると、ふと疑問が口から零れた。
「ところで母さん、ツナは?」
「何だかふてくされて部屋に籠もってるわよ?母さん、お風呂掃除するから、先に二人でご飯食べててね〜。」
そう言って母さんは、初対面のあたしと…リボーンさん、を置いてさっさと行ってしまう。あの、気まずいんですが…。
取りあえず席に着き、微妙な空気を振り払う為に目の前のパスタにいただきます、と一言。合わせた手の向こう、正面の椅子にちょこんと座るリボーンさんにちらりと目を走らせれば、まだ食べようとしないので、一応声をかけてみた。
「あの、リボーンさんもどうぞ。」
「リボーンでいいぞ。」
「あ…はい。」
思いがけない返事に、ちょっと遅れて応えると、リボーンさん…リボーンは、慣れた手つきでパスタを食べ始めた。…フォークの使い方が凄く綺麗です。
小さい手で器用にフォークを回す指に、その異様なまでにはっきりとした喋り方…何か、見かけは完全に赤ちゃんなのに、雰囲気が何故か年上っぽいから対応に困る。というか、根本的に何かおかしいよね…。いや、それは気にしたらだめなのか…。
「お前がツナの双子の妹の巴か。」
「え、はい、一応。」
あ、話しかけてくれた。と、内心ホッとしながら応えると、リボーンはもちゃもちゃとパスタを食べながら(可愛い)言葉を続ける。
「お前、少林寺拳法習ってるんだってな。」
「母から聞いたんですか?」
「敬語はいらねーぞ。これから長い付き合いになるんだからな。」
「えーと、じゃあ…母さんから聞いたの?」
「いや、調査済みだからだ。」
「ちょ、調査?」
思わず、パスタを巻き取る手が止まった。リボーンは一切表情を変えず、更に続ける。
「そうだぞ。俺はイタリアの一流マフィア・ボンゴレファミリーのボス、ボンゴレ九世に頼まれて、九世に次ぐボンゴレ十代目─つまりお前の兄のツナを、立派なボスにするために日本に来たんだ。」
「………へー…。」
わあすごい。あたしマフィア事情なんて初めて聞きましたよー。ああ、だからリボーンさんスーツ似合うんだなあ。勝手なイメージだけど………って、いやいやいや。
「…ちょっと待って。何でツナが十代目に選ばれてるの?」
かなり間を空けてからようやく、あたしは辻褄の合わない話の内容に気付く。いやいや突拍子無さ過ぎでしょう。何でマフィアとツナに関係が?
「候補の後継ぎがみんな死んだからな。今のボンゴレのボスの血筋で、生き残ってるのがツナだけだったんだ。」
うわあ、みんな死んだとかなんて物騒な…ってそこじゃなくて!
何?そうすると沢田の家は先祖がマフィアだってこと?えええ、ないないない。有り得ない。
「…マフィアの血筋だなんて初耳ですが。」
「そうだろうな。これから嫌でも分かるだろうから、心配無用だ。」
「寧ろ心配しかないんですけども!」
「そういうことで、お前もツナと一緒にマフィアとして生きていくために勉強してもらうからな。」
「どういうことで!?っていうか、仮にマフィアの話を信じたとしてもあたしまで!?」
「あたりめーだ。ボスの妹となれば、他の敵対するマフィアから狙われる対象になる。」
流石にこれには、楽観的なあたしも眉を顰める。じゃあ何、兄妹揃ってマフィアになれってこと?それ以前に、ツナをボスにするとかいう時点で完全に間違ってるような…。
冒頭で言った通り、あたしは─あたし達は、全くもって平凡な中学生。ましてやツナ─あたしの双子の兄が、何だかんだと劣等感に満ち溢れ、同級生からダメツナとはやし立てられる彼が、マフィアなんていうもののボスになるとか、エイプリルフールにしても大事過ぎる。
これだけマフィアマフィア言っといてからでなんだけど、マフィアってあれだよね?裏の犯罪組織的なやつだよね?イメージでしか知らないけど。しかもそれの有名どころって言ってたよね?まさかそんな…
と思いつつも、正面にある真っ黒な二つの眼を見ていると、こんなに嘘臭い内容なのに、どうにも嘘を言われている気がしない。嘘をつくメリットも思い付かないし、何より不思議なこの感覚。
…ただの、気のせいかもしれないけれど。
「──…そっか。」
何だろう、あたし、この人を知っている気がする。
「そういうことたから、覚悟しとけよ。」
さらっと重大な話を終わらせて、再び上品にパスタを頬張るリボーンに、はあ…、と力無く相槌を打つ。
……あれ?あたしこれ、マフィアになること承諾しちゃったってことになってる?
「…えー…。」
そういうわけで、何が何だかよくわからないまま、
沢田巴、というか沢田双子、本日よりマフィア見習い決定のようです。