【山本の証言:六月某日、住宅地にて】



「お、巴。」

「あ、山本君。おはよう、朝練帰り?」

「おう、巴は?こっち家、逆方向だろ?」

「うん。ついでにコンビニ寄って行こうと思って。」

「はは、また新作プリンか?」

「そういうことです。コンビニって次から次へと新作出すから、入れ替わり激しくてさ…。」

「ツナもプリンじゃねーけど、お菓子の限定品に目がないよな。」

「そうだねぇ…兄妹揃ってお菓子企業に踊らされてるよ…。山本君も来る?コンビニ。」

「ん、行く行く。」



そんなわけで、休日の朝八時、巴に会った。天気は生憎梅雨らしく曇っていたけど、気分はいい。

コンビニまではすぐそこで、巴はいつものように散々迷ってから、一個だけプリンを買った。
もう一つ買っていた袋菓子はランボ達用らしく、コンビニを出たとこですぐに封を開け、個包装のそれを一つ分けてくれる。飴だ。塩分入りの飴ってところが、流石巴って感じだな。



「サンキュ。明日練習の時に舐めるな。」

「うん、そうして。もう汗だくの時期だもんね。」

「また試合の時に何か差し入れしてくれよ。」

「いいよ。何がいい?」

「そうだなー…ん?」



あれにこれにと候補が上がって、無意識に目線を動かしたその時、道路に何か見つけた。あ、これ。



「あー…蛙が潰れちゃってるね。」



俺の視線に気付いた巴が、少し眉を顰めて呟く通り、足下には車にひかれまくってぺらぺらな蛙の死骸があった。

田んぼとか周りに少なくなった今でも、割とよく見る光景だ。雨が降って躍り出て、それでひかれるんだろうなあ。見ていい気持ちはしないけど、見慣れすぎて大して何も思わないとこもある。だからそのまま、足も止めずに俺達は通り過ぎた。いつものことだなって、気にもせず。

でも、



「あ…また。」

「ほんとだ。」



数歩歩いたその先に、また同じような蛙の死骸が。

蛙大量発生中なのか?今、時期だしなあ。近くに田んぼは無い筈だけど、どっかでかい庭辺りからワラワラ出てきたのかな。…って、



「げ、まただ。」

「…うん。」



考える間もなく、また数歩先に見えたのは、紛れもなく。

と、ここで俺はようやく気付く。


──行きと帰り、全く同じ道を歩いて来てんのに、何で帰りにだけこんなに死骸があるんだ。



「、…っ」



気付いた途端に、この蒸し暑い中、半端無く鳥肌が立った。すげぇ、嫌な感じで。

いや…待った待った。ただ単に、行きは巴と朝から会えてラッキーって浮かれてたから気付かなかっただけで、本当は行きもあったんじゃないか?っていうか、それが多分正解だろう。行きに下見た覚えがないし、うん。そうだ。きっとそうだ。…多分、そうだ。

歩き進む度に見つける、いやに等間隔で現れるそれに、正解の筈の答えに自信がなくなってくる。自然と目は地面を追って、次の死骸を探している。


──どこまで、続くんだろう…。


そう思った瞬間、これ以上、規則正しく現れる蛙の死骸を見続けることに堪えられなくなって、足を止めた。道、変えた方がいいんじゃないか。いや、絶対、変えた方がいい。

思うが早いか、殆ど焦って巴の腕を掴む。それで、とりあえず回れ右をしようとしたその時、逆の腕を捕まれて止められていた。勿論、巴に。



「山本君。」



呼ばれた自分の名前が、呪文みたいに聞こえる。早口でも、ゆっくりでもないスピードで、でも噛み締めるように呼ばれたら、きっと誰だって思わず止まる。しかも、




「絶対に後ろ、振り返らないで。」




しまいに、こんな事を言われれりゃ、もう。



その後の巴の行動は、流れるように素早かった。腕に下げてたコンビニのビニール袋に手を突っ込んだかと思うと、一度瞬きする間にその手を後ろに大きく振るう。まるでバスケのバックパスみたいに、後ろも見ずに。

勿論、俺も振り返ってはいない。視界の端に何か青い物が幾つもの散らばったのは見えたから、巴が何かを投げたのは分かった。と同時に、強く腕を引かれて走り出す。そのまま進行方向に向かって、下を見る余裕もなく、俺達は走った。走って走って走りまくって、それで、気付けばうちの前で。



「っ…はぁっ…はぁ…!」

「巴…っだいじょぶ、かっ…?」

「っ…うん、…もう、大丈夫…っ。」



肩で荒い息をしながら、巴は少し口の端を上げて言う。訊いたのはそっちじゃねーけど…まあ、安心には、違いなさそうだ…。



「巴…さ。さっき、何、投げた、んだ…?」

「飴だよ、…あめ。」

「飴?」

「あめ、ふれば…蛙は、喜ぶから、ね…。」

「ああ、そっか…。」



いや、全然分かんねえけど。飴関係あるか?飴と雨って。シャレか?シャレなのか?

とか思いつつ、今はあの嫌な悪寒がないから、巴のやり方が正しかったのは納得だ。

で、あれは何だったんだ?ってのが、一番訊きたかったことなのに、変に気が抜けた口は、質問の順番を間違える。



「じゃあ、何で、後ろ…駄目だったん、だ?前に、続いてた、だろ?」

「うん…でも、あれさ…、まるで、道しるべみたいに落ちてたからね…。あたし達が、歩いてきた所に。で…行きは、なかったって、ことは、」

「、」


「在たとしたら、真後ろ。」





吹き出した汗が一気に引く、あの感じときたら。

今でもそれが忘れられなくて、俺は次の日もその次の日も、果ては未だに、‘後ろにいたのが何だったのか’訊けずにいる。

大体、何でそんなのがいたのか、何で俺達に着いてきたのか、その答えを巴が知ってる可能性は低いし、…知ってたとしても、やっぱり訊けない。多分これからも、ずっと。


ちなみに、あれが起きる前に貰った飴──巴が投げた飴と、全く同じあれはというと、今も俺の鞄の中で、お守り代わりに眠ってたりする。


情けないなんて、言わないでくれよな。

人間、意味が分からない出来事に遭遇したら、マジでパニックになるんだぜ?








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