「ベルさんって、バイトしたことありますか。」
「ない。」
「愚問でしたねすみません。」
まあ知ってて聞きましたけど、と胸の内だけで呟いて、手元の某無料求人情報誌に目を戻す。
コンビニに行った時に、何の気なしに手に取ったこれ。勿論、中学生である今のあたしには用事のない物なんだけれど、見ていてなかなか夢が膨らむ。暇潰しにはもってこいだし、何より今、読めないイタリア語に囲まれたこの空間では、もはや唯一の癒やしだ。
いやしかし、何であたしはこんなに拉致されやすいんだ…プリンを餌にされて迷ったとこで浚われてるのは分かってるんだけども…。
「大体、アンタもしたことないだろ。」
「そうですね。でもちょっとしたことならありますよ。色々あってケーキ屋さんのバイトとか、着ぐるみバイトとか。」
「ふーん。」
「興味くらいはないですか?」
「ない。」
「これだからセレブニートは…。」
「うわー心外。ヴァリアーって職場で仕事してんじゃん。」
「そんな物騒な仕事は仕事と認めません。ベルさんの場合ただの趣味の延長戦だし…悪趣味な上にしょっちゅうサボってるし…。」
「俺王子だもん。」
「はあ…まあ、今回の話の流れでその回答は合ってますかね。」
「何様。」
「庶民様ですよ。ベルさんに似合いそうなバイトとか仕事ってなんでしょうねー。」
気のない相槌はこの際無視で、パラパラと求人誌を捲る。日本とイタリアじゃあ職種に違いもあるんだろうけども、少しでも仕事というものに興味を持って頂かないことには、何度リボーンが迎えに来てくれても、このベルさんの気紛れ拉致は止まることを知らない。正直、平日に浚われすぎて内申が心配になってきた。それこそそんな庶民事情は、王子様には解らないところだと解っていても。
「まず求人誌にダントツに多い飲み屋のスタッフはないですね。年齢的にはぽいんですけど。」
「ふーん。」
「でもヴァリアーの皆さんが全員飲み屋スタッフだったらある意味楽しそうです。ベルさんとスクアーロさんとルッスーリアさんが厨房で、ホールがザンザスさんとレヴィさんとマーモン君という完全に来る人を拒む仕様になるでしょうけど。」
「ぷっ、レヴィがホールとか。ぼったくりバーの間違いだろ。」
「それならまだホストクラブの方が様になってますかね。」
「どっちにしろドM向けじゃん。」
「まあ…ヴァリアーの皆さんがまとまればそうなるのが自然でしょう。ということで、ヴァリアーからは離れましょうか。そうですねえ…パチンコの制服は似合いそうです。」
「日本のパチンコ文化だけはさっぱり良さ分かんね。」
「あとは、手先も刃物捌きも器用なので、美容師さんとか。」
「しししっ、じゃあ今切ってやるよ。」
「遠慮しておきます。ていうか首を切られそうで背中を向けたくありません。」
「じゃあそれも向いてなくね。」
「ううん…デスクワークはまず有り得ないし、よく考えなくても接客なんてできる筈ないし……何かもうマグロの解体師とか目指せばいいんじゃないでしょうか。」
「つーか金あるから働く意味ない。」
「すごい発言だ…。」
「女はその点、気が楽なんじゃねーの。永久就職先があるんだし。」
「今の時代、家庭に入っても共働きが普通です。」
「ふーん。」
「とは言え、うちの母は専業主婦ですから、それもいいなとは思いますけど。」
でもあたしはきっと共働きを選びそうだなあ。家にいっぱなしじゃだらけてしまいそうだし、養われるだけじゃ自立する意味がない。ま、こんなのは先に相手ができてから考える話だけれど。いや、その前に就職か。
「そういうわけなので、就職に響くであろう高校にソツなく進学できるように内申は大事なんです。拉致は止めて下さ……何で急ににこにこし始めたんですか?」
「俺、雇う側だから。」
「はい…?まあ、そうでしょうね。」
「共働きとかしなくていいし、」
「はあ。」
「専業主婦で永久就職すんなら、俺にしとけば。」
「え、嫌です。」
共働きならぬ共ニートじゃないですかそれ。語幹も悪いし何処の貴族。いやベルさんは王子様だからいいでしょうが。とりあえず少なくとも、あたしは一般社会での就職経験が薄いもしくは無い人の下に就く気は無い。道場の先輩のお兄さん達のお仕事苦労話を聞き、くれぐれも気を付けろと言われたくらいだし。
「………切る。」
「はっ?なっ…!?ちょっと脈絡なくナイフ投げないで下さい!!え!?何ですか!?」
「しししっ!俺暗殺稼業だもん。人殺すのが仕事だろ?仕事してるんじゃん。」
「だからそれを仕事とは認めませんしあたしを標的にする意味が分かりません!!助けてリボーン!!」
あ、そういえばリボーンもヒットマンだった。
【亭主元気で留守がいい】
「…剛さん、すごいバイトを雇いましたね。」
「おっ、いらっしゃい巴ちゃん!なかなか筋のイイ兄ちゃんなんだぜ!」
「ししっ!これでいいんだろ?」