「巴さーん、一緒にお花見に行きませんかー?」

「モレッティさんが来たら仕事をしに戻るようにと伝えてくれと父から言付かっているのですが。」

「やだなあ、俺の仕事は青空警備員ですよ!」



そう言って警備を自称する青空を背景に、彼は四月の陽気な昼下がりの中やって来た。リボーンがいない時に来るところがまたあざとい。



「いやー巴さんが休みの日にこんなに良いお花見日和になって良かったです。さあ早速行きましょう!」

「もう既に買い出しも行っちゃったんですね…。」

「はい!巴さんとのお花見を冬から楽しみにしてたんで。二月から青空警備を強化していた甲斐がありましたよ。」

「それは二月から仕事放棄してたって解釈でいいんですか。」

「並盛山の桜が綺麗だそうですねー。」



スルーされた…まあ確認しなくても、バジル君経由父さん情報で知ってますけど…。

諦めて、促されるまま適当な荷物を用意し、スニーカーに踵を押し込んで、春の日差しの下へと繰り出す。ああ、何とも眠たくなるこの陽気。確かにお花見日和だなあ。



「こんな陽気に働くなんて馬鹿らしいじゃないですか。」

「だけど働く人がいるからこそ、モレッティさんが今持ってるビールやら日本酒やら焼酎やらおつまみやらおにぎりやらが買えるんですよ。」

「それは言いっこなしですよ。」



それが一番大事な事なんじゃないかなあと、そんな取り留めのない話をしながら向かうは並盛山。バスに乗り、降りて登って暫く行けば、薄い色をした山桜がちらほらと見えてくる。



「やっぱり素敵ですねえ、サクラっていうのは。」

「もうちょっと奥に行きましょう。獣道ですけど、穴場があります。」

「さっすが巴さん!」

「人が大勢いると都合悪いですしね。」

「…やっぱり俺、巴さんと二人だと犯罪に見えます?」

「見えないと断言はできません。」

「…巴さんが早く大人になってくれると助かります…。」

「あたしも早く大人になりたいです。」



通常の花見ポイントから逸れて進んだ先、少し斜面になっている場所に遠足用の小さいシートを敷いて、腰を下ろした。早速隣でお酒を取り出している彼を横目に空を仰ぐと、白に近い桜色が雲のように、青空と相俟って揺れている。

何度見ても、桜は毎年新鮮に思う。目に焼き付けられない魅力というか、何というか。忘れられないような光景なのに、儚くも記憶に鮮明に残ってはくれない。だから毎年、見たくなる。



「早く大人になりたいと思う内は、子どもなんですよ。」

「子どもに戻りたいと思ったら大人ですか。」

「そういうことです。」

「モレッティさんも子どもに戻りたいと思います?」

「あんまり思いませんね。やっぱり子どもじゃ、自分で自分を養えないですから。」

「エセニートをやってる人とは思えない真面目な発言ですね。」

「いやー逆に言えば、自分を養うに事足りるお金がある時に働いたら負けだと思ってます。ははは。」



はははじゃないですよ、と突っ込む前に先手を打たれ、プリンジュースを差し出されて口を閉じる。

うーん…自分を甘やかすのが上手いのは、息抜きの仕方が上手いということだから、それが下手な日本人から見て長所と言えるんだけど…何もわざわざ働かない為に上司から逃げなくてもいいんじゃないだろうか。



「俺はある意味、子どもの夢を叶えた大人なんですよ。自分にしかできない仕事をして、誰かの役には立って、それなりの収入を得て、たっぷり休みを取って、偶にこうして好きな人に会いに来て…充実してます。」

「確かにそう言うと、バランスのとれた社会人なんですけど…強いて申し上げるなら、自分で設けた自分へのご褒美期間がニートと言って過言ではないレベルに長すぎます。もう半年くらい仕事してないですよね?」

「知ってますか?青空警備員の報酬はお金じゃありません。心が満たされるんですよ…。」

「現実逃避の目をしていらっしゃる。」



とは言ってみたものの、はらりはらりと一片二片、桜の花びらの落ちる今この空間は、どちらかと言えば非現実的だ。こんな素敵な空間で、現実的なことを言う方が悪いのかな。いや、これも作戦の内何だろうか。

─多分、作戦の内だろうな。この人は、あたしが言いづらい言葉を、いつも持ち前の明るさで、口にさせないような人だから。


でも、だからこそ、言ってしまおうか。



「モレッティさん、待ってて下さいね。あたし早く大人になって、モレッティさんが危険な仕事をしなくてもいいように、きっと何とかしますから。」

「……。」

「……。」

「……………何とか、って、具体的には…?」

「できればボンゴレを何とかします。」

「あー…そっちかぁ…。」

「できなければ、拝謁ながら養わせて頂きます。」

「できなくていいですよ!!」

「子どもの大きな夢を後押しするのが大人ってもんですよ。」

「…巴さん早く大人になって!」

「ニートはどうかと思いますけど、やっぱりモレッティさんのは仕事が仕事ですから、複雑ですよ。でも、モレッティさんの仕事はモレッティさんにしかできない仕事ですから。」

「……。」

「仕事に苦労は付き物ってことも、子どものあたしだって知ってます。だから、尊敬してるんです。子どもの頃の夢を叶えた貴方を。モレッティさんは、そのままでいて下さい。」

「……ああ、もう…反則技ですよ。…こんな駄目な奴を肯定しちゃうなんて。」

「どっちにしろモレッティさんポジティブなんですから、あんまり変わらないでしょう。」

「いやいや、調子に乗ってもう半年くらいニート生活してしまう餌でしたよ!」

「そうならないようにバランスを取ってみました。」

「へ?」



心底不思議そうな声を出されたということは、どうやらしっかりバレていなかったらしい。よかったよかった。

そんな安堵半分、申し訳無さ半分で小さく息を吐いたその時、何とも重い気配が真後ろに出現する。

うおう、すごい殺気。まあ、仕方がないよなあ…だって半年も連続無断欠勤プラス逃亡していたんだから。



「モレッティイッ!!!今日こそはお縄を頂戴しろ!!!」

「ごふっ!!?こ、この日本的な決め台詞はっ…」

「父から間違った現代日本文化を教え込まれたターメリックさんです。こんにちは、遠い所から遥々お疲れ様です。」

「ご協力有難うございました、巴御前。モレッティは責任を持って親方様の元に引っ立てていきますので。」

「ま、まさかの彼ですか…。」

「流石に女子中学生と成人且つ外国人男性が花見をしている所に、更にがたいの良い外国人男性が乱入してきて羽交い締めとか、花見客の人達に一部始終見られたら都合悪いでしょう。」



というかわけが分からないと思う。正直、関係者のあたしが見てもちょっと微妙な光景だ。

いい歳をした細身の男性を逃がすものかと、これまたいい歳をした一際大きな外人さん─多分モレッティさんが無断欠勤して一番苦労している為、何としてでも捕まえると、何と日本までやってきてしまったターメリックさん─が、背後からがっちり掴んでいるんだもんなあ…満開の桜の木の下で。

兎にも角にも、あたしは先に父さん側に知らせることは言っていたし、嘘は吐いていない。モレッティさんに危険な仕事をさせたくないのは本音だけど、ご本人が誇りを持ってその仕事に従事する気があるというなら、最低限のけじめはつけて臨んで頂かなくては。



「そういうわけで、お仕事頑張って下さい。」

「そんな…!せめてもう少しお花見だけでも…!!」

「その内に上手いこと逃げるでしょうから駄目です。」

「往生際が悪いぞ。今が年貢の納め時だ。」

「うう…は、働きたくない…。」

「子どもの前で情けない本音を漏らすんじゃない。」



完全に引け腰になってしまっている彼の両手首を手際良く結ぶターメリックさんはそう言うけれど、別に気にはしないですよ。

楽を望むのは人として当然。まずうちの兄がそうですし。そんなことを軽蔑したりしませんから、ねえ、




「今はもうちょっとお仕事して、待ってて下さい。約束は守りますよ。」




強い春風に吹かれ、桜の花びらが一斉に舞い上がるこの幻想的な空間に力を借りて、どうかモレッティさんがこの約束を忘れないよう祈ります。

記憶に鮮明に残らなくてもいい、掠れてはぼんやり思い出して欲しい、暖かくも冷たい春の風を感じて、またこの奇麗な桜を見たいと思ったら、せめてその時だけでも。





「─前言撤回します。ゆっくり大人になって下さい、巴さん。俺はまだ、今の、奇麗な魅力でいっぱいの巴さんを、記憶に焼き付けきれてないんですよ。」





また来ます!と、力強い声とは裏腹に、ターメリックさんに引きずられていく姿はなかなかコメントし辛いものがあるなあ。


けど何だかんだ、子どものあたしに見せたその笑顔は、立派な社会人に他ならない。…っていうのは、ちゃんと自覚してるんでしょうか、モレッティさん。





「……でもやっぱりもう一杯だけ一緒に…!!」

「いい加減に観念しろ!!!」

「だめだこりゃ。」





【明日から本気出す】




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