食料が底を突く頃になったので、買い出しに出かけることにする。自分も行きたいと珍しく希望を述べたので、少女も連れて行くことにした。言うに、食材の揃え方に偏りがあって料理のバリエーションに困るという。その割には、今までかなり豊富なメニューを作ってきたように思うが。
「そりゃあ頑張って工夫しますよ。仕事ですから。」
言いながら、少女は目の前に広がる豊富な魚を吟味する。食材が偏っていると言う割に、いちいち俺の好みを聞いてくるので矛盾している。そう零せば、また“仕事ですから”の返事が返った。
「退屈でしたら、お酒見てますか?決まったら呼びに行きますよ。」
「…面倒事になりたくなければ、俺の傍から離れんことだな。」
「え。どういう事ですか?」
買い出しに訪れたこの島は比較的のどかな方ではあったが、当然ならず者がいないわけではない。俺の連れに手を出すほど命知らずな奴はいないとは思うが、どんな場所にも馬鹿はいるものだ。
しかし少女は不思議そうに首を傾げるだけに留まる。暫く一緒に過ごしてきて分かったが、少女は世論に疎いのか何なのか、俺が七武海であることを未だに知らないようだ。まあ、そんなことは取るに足らない事柄だが。
結局、俺が付き添う形で食料の買い出しは終わり、酒も買い込み、目的は達成される。後は帰るだけだが、ふと衣料品店に目が止まった。
「おい。」
「はい?」
「何か要るものはあるか。」
立ち止まった俺に合わせて、斜め後ろで同じく足を止めた少女は、俺の目線の先に気付く。
今日でこそ出かけるからと、初めに買ってやった服を着させたが、少女は相変わらず城ではあの古めかしい服を着ていた。いくら奴隷のように買った娘とは言え、こちらとしては雇用のつもりなのだ。その真面目な働きぶり見合う、何かしらの対価を与えるべきと思わないことはない。少女の基準で言う、動きやすいまともな服でも、と思ったのだ。
少女は、目で促す俺と衣料品店を交互に見比べて、何故か言いにくそうに口ごもる。しかしどうしても言わないわけにはいかなかったようで、何とか聞き取れる程度の小さな声で、呟くように答えた。
「……替えの下着を買っていいなら、ありがたいんですけど…。」
流石にこればかりは同伴を拒否され、俺は一人、近くのオープンカフェで待つことになった。
言われてみれば服は買ってやったものの、そこまで揃えてはやっていなかったな…などと考えながらも落ち着かないのは、周りの好奇の視線のせいか。いや、こんなものは慣れている上に、どうとも思わない。ならば一体何なのかと言われればやはり、あの少女が気にかかっているのだろう。証拠に、ここからはあの店の入り口が直視できるのだ。己で己に呆れそうだった。
俺は恐らく、あの少女を試している。下着や服を買っても充分残る金を握らせ、俺から離し、他人が溢れるこの町で、彼女が逃げ出すかどうかを。
望んで売られる娘などいない。捕まる前まで少女には少女の生活があった筈だ。仕事仕事と口にして、毎日何かを振り払うように働く最中、不意にその目が陰るのを、俺は何度も目にしている。
そんなことを思い返しつつ、グラスのワインを飲み干すより早く、店からヒョイと少女が現れた。小さな紙袋を胸に抱いて、キョロキョロと辺りを見渡す。
早い。──が、妙に人に気を遣うあの少女なら、待たせぬよう急いだ結果か。同じように考えると、辺りを見渡しているのは俺が具体的な店を指さずに、カフェにいるとだけ言ったからか。それとも、俺が近くにいないことを確認しているのか。何にせよ、あちらからは此処が見えにくいらしい。
少女が暫く店の前から動かずに辺りを窺っていると、店の脇から男が二人、少女に近付いてきた。どうやら馬鹿がいたようである。へらへらと話しかけてくる男達から引け腰になることもなく、少女は二、三、何かを話して、そして。
「ぐあっ!!」
男の一人に手首を掴まれた瞬間、鮮やかな手さばきでその体を投げ払った。もう一人がナイフを握り向かってくれば、これも落ち着いた動きで避け、当て身をする。
オークションの時に既に分かっていたことだったが、少女はそれなりの体術を身に付けてた。あんな雑魚共では軽く去なされてしまう程度に。しかし、地面に転がる二人を見ながらオロオロとする様子からするに、やはり何故自分が絡まれたのかは分かっていないのだろう。
と、その時、少女の目線がようやくこちらを向いた。目が合う──そう思った次の瞬間には、迷うことなく自分に向かって駆け出してきたのだから、些か虚を突かれた。気がした。
「じゅ、ジュラキュールさん…!すみません、ちょっと面倒起こしてしまったんですけど、もう少し待っててもらえますか!?」
何を言うかと思えば、本当に呑気な…否、無知な…否、生真面目な。自分に非はないというのに、後始末はつけてこようと言う気か。言うだけ言って、すぐまた身を翻そうとする体を、片腕を腹に回すことで止める。驚いたように振り返る少女は、そのまま立ち上がった俺の顔を、密着したままでは不自由ながらも見上げた。
「ちょ、え?ジュラキュールさん?」
「面倒事になりたくなければ離れるなと言っただろう。」
「え…じゃああの人達、お知り合いですか?」
「知るわけがない。帰るぞ。」
「いやいやいや!あの人達あのまんまにしていけませんって!ちょっと!聞いてます!?」
わあわあと喚く少女をそのまま抱え上げ、片手に荷物の袋を持って船着き場に向かう。街中を抜けた頃には諦めたらしく、重いでしょう下ろして下さい、と力無く言ったので、念の為、手首を掴んだまま地面に下ろした。
「もう戻りませんってば。大丈夫です。」
「早かったな。」
「え?何が…ああ、買い物ですか?待たせるのも悪いので、ささっと買ってきましたよ。お金、ありがとうございます。これ残りです。」
「取っておけ。」
「いや結構な額みたいですし、帰ったら使うことないのでいいです。……正直、ここの通貨をよく理解もしてないですし…。」
「……。」
ならお前は、ベリー通貨を使わない国から来たのか。そう訊ねかけて止める。訊く必要の無い話であるし、聞きたくもなかった。無言を聞き流されたととったのか、向こうからもそれ以上付け加えることなく終わる。
「お金は要らないので、また連れてきて下さい。楽しかったです。」
そう言うお前が笑ったところを、俺はまだ一度も見たことがない。
:気紛れな沈黙