「この首輪を外して下さい。」
オークション終了後、競り落とした買い手達が商品を受け取る為に、店の裏へと案内される。支払いを済ませる中で、少女は初めて言葉を発した。
紹介料と言う名の商品代金、手続きと言う名の店の保身の為のサイン。面倒なそれらに淡々と付き合ってやっていたその時、少女はおもむろにそう言ったのだ。俺に向かって。
「─お客様、こういった風に懇願されることもありますでしょうが、勿論首輪は決してお外しになりませんよう」
「貴方はあたしを買いました。金額分はきちんと働きます。」
「オイ黙っていろ…申し訳御座いません、紹介通り元気な娘でしょう?貴方ほどの方なら首輪を外したくらいでは逃がしはしないのでしょうが…折角高額をお支払い頂いてご購入頂いたのです。大事に飼われるのがご賢明かと…なっ、お、お客様!?」
男を無視して、首にかけた小さな十字のナイフを抜けば、周りのざわめきがこちらを向いた。気に留めるものでもない。構わず細い首を囲むそれを斬り払う。
斬撃で吹き飛ばされた首輪は、天井で爆破した。そこかしこで上がる悲鳴、動く傭兵。そんなものは一切眼中に置かず、真っ直ぐ一人に向かって走り出していたのは他でもない。今さっきまで爆弾付きの首輪をしていた、少女だった。
「オイ!!止めろ!傭兵!!あのガキ…っぐあっ!!!」
次の瞬間、一人の男の顔面に少女の足の裏がめりこんだ。それは誰かと思えば、オークションで散々場を盛り上げていたDJである。男の命令に集まりかけていた傭兵を、見事な体捌きですり抜けた少女は、そのまま男の体を壁に吹き飛ばした。丁度、一寸前の首輪さながらに。
「奴隷が逃げたぞ!!」
「今すぐ捕まえろ!!暴れるぞ!!」
いよいよ騒ぎ始めた室内とは対照的に、少女は構えた腕を静かに下ろす。その表情は複雑そうに張り詰めていたが、やりたい事は済んだと自分に言い聞かせるように、そっと目を伏せた。
その姿が、少女を囲む傭兵達に隠される。今まで周りのざわめきなど気にも留めていなかったが、それは何故か癇にさわった。少女の方へと歩み出ることでそれらを退かせば、傭兵達の様子が変わったことに気付き、俯いていた少女は顔を上げる。
「気は済んだか。」
「…はい。」
答えた少女の目の中には、確かな力強さがあった。覚悟を決めた目だ。これからの己の行く末に対してか。それとも。
「来い。」
片手を広げて促せば、少女は一瞬目をしばたかせ、驚いたような顔のまま一歩進む。手をとる。
その手の小ささに、改めてこの場に不釣り合いだと思った。まったく、馬鹿らしいオークションに参加する気も、売られた少女に手を貸すつもりも、この右手を差し出す気もなかったというのに、今日はつくづく思考の通りに動かない日のようである。お陰で良い働き手を手に入れたが。
「あの、」
「何だ。」
「首輪外して頂いて、ありがとうございました。」
背中から聞こえる声に、相槌を打つ前に思い付く。ああ、首輪…首輪か。
「わっ!?たっ、……え?」
突然止まったことで前につんのめる少女の頭を押さえて、その首に紐をかけた。先刻、首輪を斬った、あのナイフの首飾り。少女が着ている変哲の無い白いブラウスには似合わないが、爆弾付きの首輪よりはマシだろう。
「俺のものでいる限り、付けていろ。」
言わば雇用契約の証、そう言うつもりだったというのに、やはり今日は思考と行動が違う。
そういう日もあるということにして、今日のところは急ぎ城に戻ろう。一、二着、少女の服を見繕って。
:高い体温は確かに現実だった