あたしはルフィの船には乗らない。あたしはあたしのやり方で、後悔しない道を選んで、きっとやりたいようにやる。

生憎、ルフィの夢はあたしの夢ではないんだ。尊敬する海賊は同じであっても、あたしは海賊にも海賊王にもならなくていい。ただ。ただ、あたしは、




「……ルフィの為にか。」




ルフィが笑って、どこまでも海を駆けていく姿を見たい。

何故か子どもの頃から決して消えずに有り続ける願いは、ルフィから離れ、ルフィから忘れ去られ、自分の将来を決める今になっても深く根付いていた。普通の人と比べて、どこか少しばかりおかしいのは自覚はしている。本当に根本にあるこの気持ちが、紛れない本音だということも。

だから、後悔をしないように選んだ。敵側に居ればこそ、やれることはある。異なる視点に立てば、見えるものも沢山ある。


ああ、それにしても。



「本当にルフィのこと、大事にして下さってるんですね。」



素敵な兄に巡り会えて、ルフィは幸せ者です。と、思わず笑みを零して呟けば、薄暗闇で戸惑う気配にまた笑う。これは照れていらっしゃる。



「…当然だろ。ルフィは俺のたった一人の、出来の悪ィ弟だからな。」

「ルフィに頼もしい兄ができて、あたしも安心ですよ。」

「勿論、お前がルフィの妹だって言うなら、それは俺の妹ってことだからな。」

「え?あたしもですか?」

「何だよ、不服か?」

「い、いえそうではないですが…あたし、海兵ですよ。」

「ジジイだって海兵だ。」



さっき自分が言ったことをそのまま返されて、言葉に詰まる。いやでも、肝心のルフィは妹がいること覚えてないし、大体あたしは杯を合わせて兄弟よ!みたいに男同士の絆に立ち入りできないっていうか…と、ぼそぼそ呟けば、突然額に硬い衝撃が。お、おおう!?痛っ…



「って、ええええ…!?」

「オイ、大声出すな!気付かれる!」



いやいや今エースさんの方が結構大声出したと思いましたけども大丈夫ですか!

とは言っても、あたしはさっきまでのように辺りを見渡すことができない。その代わり、さっきまで自由の利かなかった手首は解放されているけれど、それを掴んでいた大きなごつごつした手は、今度はあたしの後ろ頭と背中にがっちり回っていた。とどのつまりが抱き締められている。

ど……えっ、どうしてこうなったんですか!?ムッツリもといシャイなメンズが大多数を占めるワノ国育ちのあたしとしましてはこの状況は大変に辛いんですけども!!ていうか制服を着るならちゃんとちゃんと着て下さい!!首もとから胸にかけてはだけている部分にジャストダイブしちゃってるんですが!!

とりあえず頭の中でだけでもツッコミを入れずにはいられなくなっていると、巻かれた腕の力が僅かに弱まり、密着する体も覆い被さるよう脱力してきているのを感じた。能力者でこんな風に、悪ふざけで抱き付いてくる人を知っているあたしとしては、これがあたしの中の海楼石が原因の脱力であることが分かる。エースさん話聞いてましたか!?そして何故突然に包容なんですか!?もしかしてまだ海楼石の話を信用してもらえてなかったんですか!?



「え、エースさん、だから力抜けちゃうのは分かってもらえましたよね…!?」

「…これは、効くな…マジで力が抜ける…。」

「だから本当ですってば!この状態で気付かれたら色んな意味でまずい…」

「ルフィが、」



……ルフィと言う単語でピタッと黙ってしまう自分が情けないやら恥ずかしいやら…。

顔が熱い理由をそれにするか、逞しいお体に包まれているせいにするか、どっちがマシだろうと、大分ズレたことを考えている内に、エースさんは言葉を続ける。



「…ルフィがお前のことを思い出すか、もう思い出したかは、俺には何とも言えねえよ。」

「それは、そうですねえ…。」

「でも、お前が海楼石入りの人間であろうがなかろうが、アイツが能力者であろうがなかろうが、関係ねェ。お前を覚えてても覚えてなくても、お前らは世界で同じ血を分け合った、兄妹だろ。」

「……。」

「それに、あのノーテンキな馬鹿は、お前が海兵でも海楼石入りでも、気にしやしねェよ。」

「……そうですかね。」

「お前らの兄貴が言ってんだから信じろ。」



弱っている筈なのに、流石は白ひげ海賊団のクルーなのか、それでも力強く籠められた力に、胸の中の何かが抜け出ていく気がした。

まいった。おじいちゃんからもマキノさんからも、ダタンさんからも聞いていたけれど、こんなに真っ直ぐで優しい人だとは。全部気付かれてしまうとは。


ルフィ、本当にお兄さんには──あたし達二人には、勿体無いくらいのお兄ちゃんだよ。




「ありがとう、ございます。」

まさかこの体で抱き締め返すわけにはいかないので、両拳を自分の膝の上できつく握って、熱い瞼を堪えつつ何とかお礼を絞り出す。声が震えたのが伝わってしまったのか、はっとしたように覗き込まれて、何だかバツが悪くて顔が上げられない。



「な、泣くなよ!兄妹揃ってすぐ泣く!俺は泣き虫は嫌いだ!」

「泣いてません。」

「…お前、本当にルフィと同じ顔してる癖に、何つーか…ポーカーフェイスが巧いな。」

「だから、ルフィとはお互いの無いところを分け合ったんですってば。」

「まあ…なんだ。別に女は、あー…泣いても、いいんじゃねェか。」



こちらもまたバツが悪そうに、目線を反らしながらフォローを入れてくれるエースさんを改めてまじまじと見つめて、嫌なものが抜けた胸に、今度は何とも言えず温かいものが込み上げる。

それを隠す必要も無いので、あたしはその気持ちに逆らわずに、口の端を引き上げた。



「エースさんに嫌われたくないので、泣きません。」

「…あぁ?」

「海賊に言う言葉じゃないですけど、本当に無茶しないで下さいよ。エースさんが死んじゃったら、流石に泣きますからね。」

「……。」

「エースさん?」



あれ、何で急に静かに…あ、今の内にそろそろ離れておこうかな…。いくらむさ苦しい男所帯の職場でも、好青年に抱き締められるなんてのは慣れてないから、気にしないようにしていたけど正直かなり苦しい。というわけで、嫌がってると思わせない程度にそろりそろりと離れていくと、



「なっ…何やってんだお前ェエ!!?」



少し離れた斜め後ろから容赦ないツッコミが飛ぶ。しまった。



「てめえ!!暗闇に乗じて巴に何してんだ!!羨ましい!!!」

「え!?どうしたんだ!?」

「巴が痴漢にあってるぞおぉ!!!」

「何だってー!!?」

「代われ!!今すぐ代わって下さいお願いします!!!」

「頼むとこじゃねえだろ!!巴も固まってないで今すぐそいつから離れてこっちに来い!!この腕に飛び込んで来い!!」

『お前もおかしいだろ!!!』

「…巴、お前やっぱ海兵辞めてうちの船に来ねェか。うちの奴らの方が多少マシだ。」

「い、いやほら…今実習中ですから…みんな女の子に飢えてるんですよ…。人間、切羽詰まると有り得ないくらい妥協できるもんですから…。」

『兎に角捕まえろオォオ!!!』

「おっと。」



同期達のズレた騒ぎっぷりに、思わず二人で呆れていたのも束の間。今度こそエースさんはあたしから体を離し、一目散に逃げの体勢に。周りに気付かれてしまってはもう声もかけられないので、あたしは黙って翻るその目を見つめる。

絡む視線はただの一瞬。黒髪の奥に見えた口元は、如何にも問題無いと言いたげに、不敵ににやりと笑んでいた。




「またな。」





また会う時は、是非ルフィと三人で。


なんて、叶いそうもない返答は、頭の中でだけ。











「──で、捕まらずに逃げて頂いたのはいいんですが、お陰様でエースさんが服やらIDやらを奪った海兵さんに痴漢容疑がかかってしまい。」

「悪ガキの悪戯かよ。」

「まあ何とか疑いを晴らしはしたんですけど、次の日には何かおじいちゃんにまで話が届いてしまっていて。」

「こんな時に海兵の伝達力発揮されてもな…。」

「おじいちゃんにだけは、ちゃんとエースさんに会ったことを伝えたんですが、今度はエースさんが痴漢していったと勘違いして単独でエースさんを狩りに行ってしまいました。」

「ぶっははははっ!!!火拳が痴漢紛いで海軍の英雄が捕まえに行くって!!オイ!!どんな笑い話だよ!!」

「ヤソップさんのおっしゃる通りです。過ぎてしまえばスケールのでっかい笑い話ですよ。」



そういう勘違いからの一騒動は家庭内でやれってね。センゴクさんとオツルさんに呆れられましたとも。でも仕方ない、あたし達家族は海そのものが団欒と言いますか。まさか一つの部屋でみんなで食事、なんてこれから先有り得ないだろう。

…でも、今目の前でかの四皇率いる赤髪海賊団の名だたる幹部と、名もない三等海兵が小さな部屋で夕食を共にしてるんだから、無いとも言い切れないのか…。

一度話しているとは言え、改めて伝えようとするとなかなか長くなり、結局夕飯を作り終えるどころか食べ終わってしまった。今はもう食後の一服を終えて、梅酒を振る舞っているところである。



「ん、美味い!」

「こりゃイケるぜ!」

「それはよかったです。」

「これってお前のじーさんの酒だろ?怒られないのか?」

「三瓶分も漬けてるので問題無いです。それに、貰った玉子も牛乳も、おじいちゃん行きですからね。ご遠慮無く。」


無邪気に梅酒を煽るシャンクスさん、ヤソップさんに比べて、意外にも赤髪海賊団一の大食らいであるラッキーさんは意外にもそういうところに気を配って下さる人だ。

さてさて、おじいちゃん御自慢の梅酒を味わってもらっている内に、お皿を洗って仮眠室を広げておかなくちゃ。ちゃんとこまめに布団干してた甲斐があった。



「──巴。」

「あ、はい?おかわりですか?」

「……。」

「ベンさん?」



キッチンに立つあたしの真後ろに、音もなく現れたベンさんの手にグラスは無し。あれ、結構甘いから辛口のベンさんにはイマイチだっただろうか。生憎これ以外のお酒は、海軍支給の保存用アルコール類しか…。

と、ちょっと不安になりながら至近距離で見上げれば、察しの良い彼は安心させるように表情を緩めて、あたしの頭に手を置く。わあ、相変わらず手が大きい。



「俺達は船に戻って寝る。寝室のことは気にするな。」

「え、あ、はい。あ、そっか!船の存在忘れてました。」

「おいおい…。」

「でもいいんですか?」

「何がだ。」

「…言いたいこと分かってますよね。」

「どうだかな。」


頭に手を置かれたままでは顔も見えないけど、ベンさんが意地悪そうににやりとしてるのは分かる。同じく、あたしが微妙な顔をしているのも、ベンさんには分かっているんだろう。

あたしも成長した筈なのに、いつまでも昔と変わらず大きく感じる掌と同じく、これも変わらない。頭の良いベンさんと、勘だけは良いあたしが、二人で話す時にのみ在る、この独特の暗黙の会話。挟む沈黙。

ベンさんは、色々と分かっている。人の動きをよく読んでいる。昔、あたしがルフィと喧嘩をしたなりなんなりで落ち込み、一人森に籠もっていれば、一番に探し出すのはベンさん。今、やたらと忙しない動きをするあたしに気付いて声をかけてくれたのもベンさん。


あたしの疑問の意図に気付いて、気付かない振りをしてくれたのも、ベンさん。



「もう子どもじゃないんですから、あんまり甘やかしちゃ駄目ですよ。」

「俺達からすれば、ずっと子どもだ。」




それでも、追い付かなければ置いていかれる一方だって、あたし達子どもは、子どもなりによく知っているんですよ。







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