視界の端に黒髪が映った気がして、一瞬、どきりとした。

「では、プライベートではどのようなご生活を?」
「別に、普通ですよ。皆さんと変わらない日常生活を送っています。事件が起こらなければ、ですけどね」
「またまた〜普通なわけないじゃないですか!皆さんも気になりますよねえ?キングオブヒーローのプライベート!」
「はは、困りましたね… 」

まさか彼女が此処に居るはずがない。そう思いながらも確かめずにはいられず、インタビュアーに笑顔で応えながら、会場の反応を見る素振りで辺りを見渡した。広場を埋め尽くす人、人、人。大半は若い女性で、ステージ前には子供達。皆一様にインタビュアーの言葉に頷いて、その視線はカメラのピントの如く僕に絞られている。
あまり身長のない彼女の事だ、人垣に埋れているかも知れないが。そう思いながら、後方へと目を移して… 見付けた。見間違えるはずの無い黒髪。あ、と、思わず声を出しかけて、飲み込んだ。
今、確かに目が合った。いや、彼女がステージを見ていたのであれば、目が合ってもおかしくはないのだが。
…逸らされた…?
じわり、染みていく、不穏。

「例えば… お付き合いしている女性がいるかどうか、とか!どうです?!」
「…え、」

インタビュアーの興奮した声にハッと我に返る。応えるタイミングを逃したせいで、会場はスキャンダルの期待にざわめいていた。慌てて笑顔を取り繕う。

「アー、残念ですが、今のところは」

失望と安堵にどよめく群衆。曖昧な笑みを浮かべたまま、先程の辺りをもう一度見やるが、既に彼女の姿はなかった。
あの時、もう殆どステージに背を向けていた彼女の、俯いた表情だけが目に焼き付いていた。


      


『ハロー…?』
「なんで疑問形なんですか… 」

十数回のコール音の後ようやく聞こえた声は何処か所在無さ気で、思わず息を吐いた。およそ3日ぶりの会話だ。仕事に夢中になると寝食すら疎かになる彼女は、文明の利器とも言うべき携帯電話すら上手く活用してくれないのだから困り者である。『電話っていつまで経っても慣れなくて』そんな、現代人らしからぬことを言っては微笑う。

「今日、僕のトークショー見に来てくれてましたよね?」
『きっ、気付いてたんですか?!』
「ええ」

ガラスウインドウ越しに広がるシュテルンビルトの夜景。視線は自然と彼女のアパートメントがあるシルバーステージの方へ向かう。「僕が気付いた時には、あなたはもう帰るところだったみたいですけど」

『あー… 仕事帰りで。ちょっと覗いてみただけだったんです。それにしても人が多くてビックリしました。流石バニーさん、大人気ですねえ』

いつもは心地良い間延びした呑気なアルトが、今日は少しだけ、耳障りだ。

「どうしてあんな顔を?」
『え?…あんな、顔?』
「言い方を変えましょう。なぜあんな泣きそうな顔を?」

息を呑む小さな音が耳を掠め、その後、沈黙が落ちる。静寂はほんの1分のようにも、それ以上のようにも思えた。やがて、頑なに答えを待つ僕に、観念したように彼女が呟く。『…なんだか、』

『バニーさん、住む世界の違う人なんだなって、思っちゃって… 』

か細い呟きの最後は、電波の向こうに消え入ってしまった。何だって? 思いも寄らない言葉に、今度は僕が声を失う番だった。理解しようとする。いや、出来ない。出来るわけがない。

「…今、何処です?」
『え?』
「何処に居るんですか。迎えに行きます」
『えっと、家ですけど… どうして』
「あなたの馬鹿な考えを払拭するためには直接会って話すのが一番でしょう」
『ば、馬鹿ってそんな』
「馬鹿ですよ。世界が違うなんて、あまりに馬鹿げてる」

世界が違ったら、僕はどうしたら良いんだ。そんなこと、認められるわけがない。
1日でも会えなければ何をしているか気になって仕方なくて。けれどしつこく電話やメールをして嫌われたくもなくて。呆れたように嗜めるのも、上手く素直になれないのも、大勢の中に居たって見つけられるのも、あなただからなのに。あなたにもっと、僕を見て欲しいからなのに。

「どうして自分が特別だって、思ってくれないんです? 」

僕はもう、あなたのひとみのはしっこなんかでは、満足できないのに。








『つ、つまり特別仲の良いお友達…ということですね…!そっか!なるほど!』
「……(いい加減わざとじゃないのかコイツ…)」
『え、あれ? ち、違いました…?』
「…今日のところは、それで良いです… 」

(110730/マボロシ/母星様に提出)
(ご拝読ありがとうございました!)


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